【今私は菜柚が世界で一番好きなの】

　神坂さん、そういってた。

　あんなにひどいことされたのに、好きだなんて頭のおかしなこと、言ってきた。言ってくれ…た？　

　好きになる理由なんて別にどうだってよかったのかな？　神坂さんは散々された、あんなことよりも今自分が私のこと好きだっていう気持ちのほうが大切なの？　ううん、神坂さんにとってはもうあれは嫌なことじゃないんだよね。

【甘えてるんじゃないわよ!!　好き嫌いが変わるなんて当たり前じゃない。自分だけがずっと特別でいられるわけないじゃないの!】

　こうも言ってた。あの日言われた中で一番心に残った言葉。

　わかってる、わかってるもん……

【特別】なんかじゃいられなかったもん。いつだって、いつだって!　……でもそう思って何が悪いの？　大好きな人がずっと私のことを想ってくれるなんて簡単なことじゃいかもしれないけど……特別な人に特別だって想ってもらおうとするのが悪いの？　

　それが甘えなの？　悪いことなの？

　誰だって好きな人にずっと好きだって想ってもらいたいに決まってるじゃない。

…………でも、私にはそんなの無理なんだよね？　私のことをずっと好きで、大切に想ってくれる人なんていないんだよね。もしかして変わっちゃうのが普通だとしても、私はその普通に耐えらない。

だから、好きだなんて言われるのが怖い。好きになられるのが怖い。だって信じたってどうせ裏切られるんだよ？　傷つくだけなんだよ？　一人になっちゃうだけなんだよ？

　神坂さんだって……今はあんなこといっても……どうせ、どうせ……

　……否定はしなかったよね。【私は違うとか。私は菜柚のことずっと好きとか】そういうことは言わなかった。

　【今、私のことが好き】としかいわなかった。

　気持ちが刹那的だからあんなふうに言ったんじゃないって思うよ。変化していく好きの中で、今私のことを本気で好きでいてくれるんだって思えは、する……けど、信じられる根拠なんてあるわけないし……それに、気持ちが嘘じゃなくても……散々勝手なことしちゃったのに素直に受け取れるわけないよ。

　好きだなんていってもらえる資格、私に、あるわけないのに……。

　例え、神坂さんがそう思わないとしても……私は神坂さんにだけは好きだなんて言われる資格はない。

　……でも、それでも神坂さんは私のこと好きって言ってくれる、けど私は……？

　私は神坂さんのこと、本当はどう思ってるんだろう……？

　いつもの喧騒の朝、私は教室に入っていく。

「菜柚、おはよう」

　席につくとすぐに神坂さんが寄ってきて、挨拶された。前みたいに私の顔色を窺うようなおっかなびっくりでもなく、私にされる前の高飛車というか、高圧的な感じでもない。魅力的な笑顔をしている。

　二回目の告白をしてきてから神坂さんは変わった。私に想いを向けてくるのは変わらないけど、それがより素直に、自然体で私に向かってくるようになった。

　それが、今の私には眩しい。

　眩しすぎる……よ。

「おは、よう……」

　鞄の中の教科書なんかを取り出しながら、神坂さんの顔は見ないで声だけを返す。

　私もあの二回目の告白のときから無視はしなくなったけどまるで私にされてるときの神坂さんみたいに顔も見れなければ自分の言葉を伝えられることもない。

　まるっきり立場が反対になっちゃった。

　挨拶だけしてくると神坂さんは自分の友達のところへ戻っていった。そこですぐに談笑に加わるけど、時たま私のことを伺ってくる。

（……っ）

　それに気づくってことは……私が神坂さんのこと見てるってこと。

　神坂さんのこと……気にしてるの？　私が？　嘘、なんで？　気にする理由、なんて、なくは…ないけど目で追ったりなんてするつもりないのに。気づいたら、神坂さんのこと見てた。

「……っ!?」

　そして、目が合う。

　思わず顔を背けたけど、余計なことだったと後悔する。

　こんなことしたら気にしてますっていってるようなものなのに。

　私はできるだけ誰にもかまわれないように机の上に突っ伏して寝てる振りをする。見てたからって神坂さんに寄ってこられちゃたまったもんじゃない。

それに、できるだけ今は誰とも話したくないし。

　神坂さんのこと、気にするってことは何か私が神坂さんに思うことがあるから？　

　神坂さんのことは、嫌い、だった。何かと私に突っかかってくることが多かったし、なんとなく見た目とか態度が気に食わなかった。神坂さんだって私のことが嫌いだったって思う。嫌いじゃなかったら、お姉ちゃんのことで私を挑発するようなこと言えるわけがない。他の友達は、軽く探りを入れるくらいでそれ以降はまったく話題にあげようともしなかったのに。

　私だって、嫌いじゃなかったらあんなことできてない。最初のキスは、もしかしたら他の友達にでもしたかもしれないけど、それより後のことは嫌いだからできてた。多分、クラスの他の誰にもあんなひどいことはできなかったと思う。

（嫌い、だった……けど……今は？）

　今は……嫌いじゃない、よね。も、もちろん好きでもないけど。いつからかはわかんないけど、嫌いって思えてない。

　いつからだろう？　してるときに可愛いとか思ったりするようになってから？　でも、最初に泣き顔みたりとか恥ずかしそうにしてるところから可愛いとは思ってたよね？

　リボンで縛ったときに同情を誘われたとき？　確かに少しは可哀想に思ったけど、でも、やっぱり嫌いなのは変わんなかった……と思う。

　なら、答えは……？

　告白、されたとき？

（かも、ね。あんなに真っ直ぐな思いを向けられて嫌いだなんて、私には思えないよ……）

　好きって言われるのは……怖い、けど。

　私、神坂さんのこと……

「あ……」

　気がついたら、また神坂さんのこと目で追ってる自分がいた。

　憂鬱ともなんともいえない複雑な気持ちを抱きながら一日を終えた私は帰るために下駄箱に向かっていた。

　そこに後ろで手を組みながら待ち人顔をしている女の子を見て心がざわつく。

「菜柚、一緒に帰りましょ？」

　待ち伏せされることにも少しなれてきた。でも、神坂さんが自分を私にさらけ出してくれるようになってからは勝手が違う。今までは無視すればいいって思ってたのに、無視しおうって思えない。

「家、反対だよ」

「私が菜柚の家までいくわ」

　な、なにいってるの？　そんな面倒なことするなんて、相変わらず神坂さんの思考は計り知れないよね。

……私のこと好きだからだなんて思わない、から。

「勝手に、すれば……」

　どうせ、くるなっていってもついてくるんだよね。

「えぇ、そうさせてもらう」

　そうして校門を出て行く。

　歩いていくのは変哲のない普通の町並み。ほとんどの道はまっすぐに通っていて先は見渡せるし、家まではそんなに交差点も三叉路もなくて曲がることもない。ただ道に沿って歩いていき、必要なところでは曲がるだけ。どこにつながってるんだろうってドキドキしちゃうような裏道みたいなものも何にもない。

　そんな変哲のない町並みが神坂さんと一緒に歩くだけで、いつもより細かく見えた。

　風にゆらめく木々の葉や枝。塀の上を歩く猫、電線の上に止まるはとや名前のわからない鳥たち。人の家の庭先にある名前はわからないけど、ピンクっぽい綺麗な花。

　景色見る以外にすることがない。

「…………」

　色々話しかけてくるかと思ったのに何にも言ってこないんだ。なら、一緒に帰るなんていわないでよ。何がしたいの？

　話したり、手を繋いだりもしないなら一緒に帰る必要ないじゃない。そもそも並んで歩いてるだけなんて一緒に帰ってるって言うの。前提がどうとかいうのなら、神坂さんは家に向かってないんだから一緒に帰ってるって言わないかもしないけど。

「菜柚」

　そろそろ家という所で、やっと神坂さんが口を開いた。

　話しかけられなかったのは、ちょっと退屈だったけど、いざ話かけられると何言っていいのかわからなくて……

「菜柚ってば!」

「!!?」

　私が気づいてないとでも思ったのか、腕を取ってきた。

「な、なに」

　ビクついたようにその手から逃れた。

　そんなことしなくても聞こえてるってば。

「今日、菜柚の家行っていいかしら？」

「今、向かってる途中じゃない」

「違くて、菜柚の部屋に行ってもいいって聞いているのよ」

「は、はぁ!?　わけわからないこと言わないでよ。どうしてそんな話になるの？」

「見てみたいのよ、菜柚の部屋。それと、もっと一緒にいたいし。っていっても菜柚は信じれくれないんでしょうけど」

「あ、当たり前じゃない!　変なこと言わないで。も、もうそこだから、それじゃ、さよなら!」

　門の前まで来た私はこの奇妙な時間に別れを告げて敷地の中に入っていった。

「私、少し家の前で待ってるわね。その気になったら呼んで」

　背中に意味深な言葉を受けながら。

　家に入った私は、部屋に荷物を置くとベッドに座りこんで少し逸ってしまった胸の鼓動が収まるのを待った。それからベランダに干してある洗濯物を取り込む。次に空気の入れ替えに必要な窓を開けて家の中を換気する。

　その後、取り込んだ洗濯物をたたみ終えるとまた自分の部屋に戻ってきた。

　もしかしてと思って窓の外を見てみると……

（…………いる）

　神坂さんは塀に寄りかかって文庫本を手にしていた。

　どういうつもりなの？　待ってれば私の気が変わるだなんて思ってるの？　そんなことあるわけないんだから早く帰ってよ。

「ッ!!」

　私の視線に気づいたのか神坂さんが視線を上げてきた。私は朝そうしたみたいに咄嗟に後ろを向いて、見てなかった素振りをした。

　なんだか妙に胸がドキドキしてる。

　私はカーテンをしめて外から見えないようしたけど、見えないと今度は逆に気になって結局開けたままにした。