次の日も、その次の日も神坂さんはあのよくわからない一緒の下校をして陽がくれるまで家の前で私のことを待った。

 私はあたりまえのように文庫本を読む神坂さんを神坂さんからは見えないようにして窓からその姿を見つめる。

 何がしたいんだかさっぱりわかんないよ。そんなことされたって家になんかいれないんだから。理由を聞いてみたくはあるけど、教えてくれなさそうというより……その理由をはっきりさせちゃうのがなんか怖い。

 やってることなんてほとんどストーカーだよね。直接的に迷惑がかかってるわけじゃないけど、精神的に負担はかかってるから警察に言えばつかまるのかも。

さすがにそんなことはしないけど。

 私は最後に一目神坂さんのことを確認すると、窓から離れていった。

 

 

 次の日、私は授業が終ると清掃をサボって真っ直ぐと家に帰ることにした。清掃に真面目に出ていると必ず神坂さんより遅くなってしまうみたいだから、今日は一緒に帰ろうなんて言わせないように早くしてみた。

 思ったとおり下駄箱に神坂さんの姿はなくて私は早足に帰路をいって何事もなく家に着くといつものように家のことを軽くこなすと、部屋に戻って窓の外を眺めた。

「いない、か……」

 私に会えなかったから、今日は諦めたのかな。それともまだ学校で私を待ってるとか。あ、でも靴があるかどうか見ればわかるんだからそれはないか。じゃあ、普通に飽きちゃったとか? でも、今までのことを考えるとそんなに簡単にあきらめるなんておかしい、よね。

 無意識に神坂さんが来ない理由をいい訳する自分がいて、どこかそれがひどく変な感じ。まるでこないことを嬉しいとも寂しいとも思ってるみたい。

 こなきゃ、こないでせいせいするはずなのに。

 ボフン、とベッドに体を投げ出して、ゆっくり目を閉じた。

 私の中に変な気持ちが渦巻いてる。それは薄く朝靄がかかってようになっているけど、その正体もぼんやりと見通せる。でもそれはまだ私の中にあるだけ、この靄を晴らさなければ表に出てくることなんてない。

 出すわけにはいかない。

 ズサ……

 外で、何か音がしたような気がした。

「っ!

 その音に反応するようにベッドから飛び起きて外を見つめた。

「気のせい……」

 私は、大きくため息を……!!? 違う! ため息なんかじゃない。呼吸しただけ。落胆したんじゃない。ただ、大きく息を吐いただけ。

 なに、考えてるの私?

 誰に言うのでもなく、声にも出さないで自分に言い訳して。来て欲しいとでも思ってるわけ?

 そんなわけない。あっていいはずない。

 私は神坂さんに好きになられる資格なんてないし、信じてなんかない。私のことを好きだなんてどうせすぐに変わるに決まってるんだから。

一時の気の迷いなんだから。

「……洗濯物、たたも」

 じっとしてると変なことばっかり考えちゃう。少しでも別のことに集中しなきゃ。

 ピンポーン。

 無感情に洗濯物をたたんでいると、来客を告げるチャイムの音がなった。面倒ではあるけど、新聞の集金とかだといけないし。

 私は居間にあるインターホンカメラで来客を確認する。

 そこにいたのは、空もとい、私の部屋の方面を見つめる女の子。

「……神坂、さん」

 心のどこかで予想していたのか、それほど驚かない。

 来たんだ、学校で私に会えなくても。

……私は、神坂さんの気持ち信じてなんてない。

なのに、足が勝手に……玄関に向かってドアを開けていた。

「なんだ、いたのね菜柚」

「私の、家だもん」

「ひどいじゃない、一人で先に帰っちゃうなんて。ずっと待ってたのよ?」

「……一緒に帰る約束なんてしてないけど」

「私は毎日でも、菜柚と一緒に帰るつもりよ」

 相変わらず何言ってるんだかわかんない。わかるのは神坂さんの気持ちが真っ直ぐに私に向かってくること。

 私は外に踏み出して、ドアを閉めるとそこに背中を預けた。顔は地面を見つめて、神坂さんを見ない。

見れない。

「どうして、こんなことするの? いくら待ったって私の気は変わんないよ。こんなことしてても無駄なんだよ? 私なんかに気を取られるだけ時間の無駄、だよ。別の人相手にしたほうが、神坂さんにだって全然早いし、そっちのほうが絶対にいいよ。……だから、……だから……」

 あれ? 言葉が出ない。

 胸が少し苦しい。声を通すところが次の言葉を拒否するように閉じてしまってるような感じ。

「もう、やめて……」

 それでも、なんとか搾り出した。

 最初の告白をしたときの神坂さんならこれで泣き出すくらいだったかもしれない。でも今の神坂さんは、少し寂しそうにでもどこか力強く首を振るだけだった。

「私の心配してくれてるの菜柚?」

「そ、そんなわけっ」

「ありがとう。でも、やめない。私はあなたが好きだから。あなたが私のこと信じてくれるようになるまで私のやり方で待つ、って決めたのよ」

「だ、だから、そんなこと、ありえな……」

「なら、いつまででも待つわ」

 やめて、やめて、やめてッ!

 信じない、信じない、信じない! 

 いくら甘い言葉に誘われても、痛いほどに真っ直ぐな想いを向けられても……信じない、信じたりしない。

 私のこと好きだっていう事実は認めても、その気持ちを、神坂さんのことを信じてなんていない。

信じていいはずがない。

 それに、信じたってどうせ裏切られる。

その時に傷つくのは私。いや、もう嫌。

(…………………………………………でも、この神坂さんがそんなこと、する?)

 私の中にいる私から問い掛けられた。

「ッ!

 私は素早くドアを開けて家の中に駆け込むと、

ガチャ!

神坂さんを拒絶するように、私の中の開いてしまいそうな扉に錠をするようにドアの鍵を閉めた。

「やめてよ…もう…」

 そうして、ドアにと寄りかかったまま小さく呟いた。

 

 

 いる。

 今日も、平然とそこにたっている。

 家中のカーテンを閉め切って、少しでも神坂さんを拒絶するようにしても何の意味もないみたい。カーテンの隙間から見える神坂さんの様子は、本当に心からこうするのが当たり前みたいな様子でつらそうとか嫌そうとかいう雰囲気が見受けられない。

 神坂さんのこと気にしちゃう自分に嫌気が差す。毎日こんなことされれば気になるのが普通だろうけど、気にしてるのはそういう意味だからじゃないって、理解はしたくなくてもわかってる。

 空はどんよりと曇っているのに、神坂さんだけは光に照らされているみたいに見える。

「どうして、こんなことできるんだろ?」

 誰に届けるわけでもないのに声を出してしまう。まるで、もう一人の自分に問いかけるみたいに。

 私のことがそんなに好きだから? 

「……応えない、っていってるのに?」

 そんなの関係ないの?

 ……見返りが欲しいから私を想ってるわけじゃないんだよね……もちろん、私が想いを返してくれるんならそれに越したことはないとは思うけど、気持ちを返して欲しいから、見返りが欲しいから私のことを想ってるわけじゃない。

 じゃあ……?

「ううん、例えどんなに想ったって、私は…応えない、もん。信じたり……しない、もん。絶対。あんなの……どうせ……」

 どうせ……

 どうせ、どうせ、

【どうせ】

 私は神坂さんの気持ちにそれしか考えられてないんだよね。

 仕方ないよね。そう考えるしか、ないもん。

「……やめた」

 私は神坂さんのことを一瞥して呟いた。

 これ以上、考えてても気が沈むだけだもん。何か別のこと考えよ。

 例えば毎日あんなことして、疲れないのかな? それともそんな疲れなんてどうでもいいくらいに……

 ……また同じこと考えようとしてるな。

 ポツ……ポツ……

 急に雫の滴る音がして、神坂さんの周りに黒い粒が広がっていく。

「雨、だ」

 ポツ、ポツ、と最初は散発的だった雨音はすぐに断続的になってコンクリートを真っ黒にしていった。

「…………なに、してるのよ」

 神坂さんは、呆けたように空を見上げたあと困ったような表情になって立ち尽くす。雨をよけるようなこともしなければ鞄の中から折りたたみ傘を出したりもしない。ただ、いつも読んでる文庫本をしまって困りながら立ち尽くすだけ。

「風邪、ひいたらどうするのよ」

 そんなことになったらまるで私のせいみたいで後味悪いんだからやめてよ。大体、傘も持ってないなんて抜けてるんじゃないの?

「早く、かえってよ」

 ……私のせいじゃないからね。神坂さんがこのまま風邪ひいたって、こじらせて肺炎になって死んじゃうとしても、神坂さんが勝手にしてるんだからね。

 だから、そんなことなる前に早く帰って。

 私のせいだ、なんていっても責任とったりするわけないんだから。

 ザー。

 雨は強いって程じゃないけど、決して無視できるような量じゃないし、遮るものもないような場所にいればすぐびしょ濡れになっちゃう。

なっちゃうんだよ?

「あ……」

 すると、私の心の声が届いたのか神坂さんは一度私の部屋を見上げたあと、小走りに去っていった。

「よかった……」

 そのせつなそうな背中に、安堵と寂しさを感じた私は

「傘くらい、貸してあげればよかった、かな」

 と、ひとり後悔をした。

 

 

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