「遠野さーん?」
幸い? 先輩はまだ保健室にいてやってきた私を嬉しそうに迎えた。お昼のこととか変なことのこととか注意したいことはたくさんあるけど、会っていきなりそれをいうと先輩もいい気分じゃないだろうから、テストも近いことだし問題集を広げてちょっと考え事。
(……どんな風に注意したらいいのかな?)
あ、でもさっき惟から聞いたことはともかく、お昼のことは早めにいってもいいのかな?
にしても、やっぱり思ってたけど先輩って私以外にも変なことしてた……っていうか、いってたんだ。
「とおのさーん?」
別にそうだって思ってたけど改めて話聞かされると……なんだか……なんだか? なんだろ。
(どうせ、好きっていったりして。嫌がられてるんだろうなぁ)
うん、だから今こうしてるんだもんね。
「遠野さんってばー」
まったく先輩に合わせてあげられるのなんて私くらい。
なんで会いにいってるの?
不意に惟から言われた一言が気になった。
「………遠野さん」
なんで、って友達、だし。友達に会いに行くのに理由なんていらないでしょ? それに先輩とこうしてるの、いろいろ困らせられたりもするけど楽しくないわけじゃないし。あ、でも別にもっと仲のいい友達はいるけど最近は先輩といることが多いかも?
あ、違う違う先輩が友達なのは本当だけど、先輩といるのは先輩を真人間に戻して、クラスになじめるようにしてあげること。だから先輩のところに来てあげてるの。
「……遠野さーん? あんまり無視してるとちゅーしちゃいますよー?」
でも先輩ってどこかいいところあるのかな? 私以外の人とちゃんとコミュニケーションとれるようにするには先輩のいいところをわかってもらうっていうのが楽だと思うけど……
「いいんですかー、しちゃいますよー?」
えーと先輩のいいところ……可愛いとは思う、かな? 同じ女の子の私から見ても外見は可愛いって思う。ちょっと子供っぽいけど、たまに見えるちょっととがった八重歯とかなんだかお気に入り。って見た目って個人的嗜好がでちゃうから、もっと他の……他……一応優しい、のかな? でも、調子悪い人がいたら普通介抱くらいするよね。
じゃあ……先輩のいいところって……うーんと。
「あー、もう我慢できないです」
あー、でもやっぱり先輩の八重歯って可愛いって思うなぁ。
こんな風に目の前で見るとよくわからないけど……
(……目の前?)
なんで先輩の口が目の前にあるの?
「わっ! ひゃ!」
私はやっと先輩が目の前に迫っているのに気づいて先輩の体を押さえつけて、先輩を制した。
「な、ななな、なにしてるんですか!!?」
「え〜、せっかく一緒に遠野さんが私を無視するからちょっといじわるしたくなっちゃいまして」
先輩は私に押さえつけられたまま特に悪びれる様子もなくいった。
あんなに顔を近づけてきた割に普通の顔。赤くなったりしてるわけでもない。私は多分真っ赤になってるっていうのに。
……なんだかちょっとムカってくる。悪気がないのは罪じゃないかもしれないけど、こっちだけが意識させられるのは面白くない。
噂のこともあるしやっぱりこのことはちゃんと注意しなきゃ!
「先輩!」
私は立ち上がると上から座ってる先輩を強い目線で見下ろした。
「は、はい!? な、なんですか遠野さん」
「いいですか!? そろそろはっきり言いますけどね。こういうことしちゃいけないんです!」
「こ、こういうこと?」
「き、キスとかです! 私はまだ先輩のことほかの人よりはわかってるからいいですけど、でも、ちょっと聞いたけどほかの人にも変なことしてるって話じゃないですか」
「え、えっと……遠野さん以外に実際にしたことは、ない、ですよ?」
先輩は珍しく剣幕を激しくする私に目を白黒させてたじたじになってる。
「そういうことじゃないんです! いいですか、先輩、本当に仲良かったりするんならともかくほとんど見ず知らずの人に変なこと言ったりしたりなんてダメなんです。だから……」
だから……あれ、なんだか考えもしないでとにかくダメってことだけを伝えたかったけど最終的になにをいえばいいかわからない。
(関係ないけど、先輩がこうやっておびえてるのちょっと面白いなぁ。ぞくぞくってしちゃう)
私が話しの出口を探していると先輩は一人で何かを考え出した。
「……えーと、つまり、ほかの人にすると遠野さんがやきもち妬いちゃうから遠野さんだけを見て、ってことですか?」
「……………」
なんでそうなるの?
ほんともうー先輩ってばー。
「違います……とにかくダメですからね」
あぁーあ。やっぱり先輩と話すのって疲れる。話しがうまく通じないんだもん。
私は意気消沈して椅子に座り込む。
「うーんと、そうですね。遠野さんがダメっていうのなら気をつけます」
あれ? わかってくれたんだ。
「代わりに私のお願い一つ聞いてくれますか?」
「え……おね、がい?」
【お願い】その単語に私はドキっとする。
だって……
「ふふ、心配しなくてキスなんてしませんよ」
「そう、ですか」
その言葉にどうにか安心をしたけど、この先輩のお願いがただで済むはずもなかった。
先輩はにやにやと心底楽しそうな笑いを浮かべていた。それを不安に感じる暇もなくじゃあと明るく始める先輩。
「こう、人差し指をたててですね。【先輩、そんなことしちゃ、めっ! ですよ】っていってくれたらやめます」
「え?」
先輩は左手を腰に当てて、人差し指を私に向けてなんだかポーズみたいなものをとった。
「ほーら、やってくれないんですか? じゃないとこれからもほかの人に言っちゃいますよー」
「え、えと……」
こ、こんな恥ずかしいこと……でき、なくはないけど……でも。恥ずかしい。け、けどこれで先輩がわかってくれるなら、私ならともかくほかの人に変なことしたらまた余計に噂がひろがっちゃうし。
それに言われた人がもし、言われたとおり先輩をうけいれてキスなんかしちゃった日には……
(…………)
私はすぅっと深く息を吸い込んで左手を腰に当てた。
そして、先輩がやったように少し前かがみになって先輩に向けて指を突き立てた。
「せ、先輩……えっと……もう、そんなことしちゃ……め、め、め〜……」
や、やっぱり恥ずかしいよ。なんで私がこんなこと……でもやんなきゃ先輩が……
「すぅ……先輩、めっ! ですよ」
はぁ、いえた……なんだか先輩にうまく操られたような気もするけどこれで先輩が約束どおりおとなしくしてくれるなら……
「っ〜、遠野さん!」
「!!??」
私がちゃんと言えて安堵したのもつかの間先輩がいきなり抱きついてきた。
「せ、先輩!! ぜ、ぜんぜん約束まもってないじゃないですか!」
約束した直後にやぶるなんて、ひどいっていうか、いくらなんでもふざけすぎ。
(にしても、ちょっといいにおい、かも)
って、違うの! 先輩に文句言わなきゃ。
「はっ! すみません、あんまり遠野さんが可愛すぎたものでちょっと抑えが聞かなくなってしまいました」
先輩にしては珍しくちょっと罪悪感を感じたようにそそくさと私から離れた。
「で、でもちゃんとほかの人には気をつけるようにしますから安心してくださいね」
「……だから、そういうことじゃ……まぁ、いいです」
私がほかの人にいったりしなければとりあえずは話しが広まることはないんだから。まぁ、ここは一歩前進ってことでいい、かな。
放課後先輩のところにいくと、大抵帰りが一緒になる。まぁ、帰り先輩とはどうも家が逆方向みたいだからせいぜい校門までだけど。
でも、先輩はそんな間にも数少ない人と話しをできる時間を大事にしたいのか先輩の口が止まることはない。
「そういえば、遠野さん」
「はい、なんですか?」
「結局さっきはなにを考えてたんですか?」
「さっき?」
「めっ! ってしてくれたときですよ」
「………」
わざわざ思い出させないでください。でも、どうしよう。あんまり先輩にいえることじゃない。どうして、先輩に会いに来てるのか、とか。先輩のいいところ探そうと思ったけど結局ぜんぜん思いつかなかったりとか。
下駄箱から校門までの約百メートルの道を歩きながら私はどうすればいいか、考える。
「えーと……テストも近いし、勉強どうしようかなぁって」
そこで出たのはなんとも無難な話題だった。
「あー、そういえばそんな時期ですねぇ」
先輩は私に言われるまで気づいてなかったのか、かみ締めるように何度かうなづいた。
(……先輩ってテスト受けてるのかな?)
保健室でみんなと同じテストうけるわけにはいかないだろうし、受けてないのかも。どうせ勉強なんてできないんだろうし。うーん、先輩も勉強くらい普通にできれば、少しはクラスに戻って授業受けてみようかなって思えるのかもしれないけど、自分のでいっぱいいっぱいなのに二年生のなんて教えられるわけないし。
「テストで困ってるなら教えますよ?」
「え?」
私がどうやって先輩に勉強に興味もってもらうか考えていると、先輩のイメージからは絶対に出てこないような言葉が飛び出してきた。
「だから、勉強教えてあげますって」
「…………」
先輩、なに言ってるの?
先輩って勉強できないでしょ? できないよね? できない、はず。うーん、でもできないって直接聞いたことはない、かな。でも、できるわけないって思えるけど。
「どーしたんですか? 遠野さん。そんなまた私のこと探るように見ちゃって。もしかして私が勉強できるはずないって思ってます?」
「え、違うん、ですか?」
「……はっきり言われるとは思いませんでした。ちょっと傷ついちゃいます」
「勉強、できるんですか?」
どう聞いてもそういう口ぶりだけど……
「まぁ、学年で十番以内を逃したことはないですよ」
「えっと……上から、ですよね」
「あはは、当たり前じゃないですか。そんなに信じられませんか?」
コクン。
悪いかなって思ったけど、考える前に頭を揺らしていた。
「……うぅ、遠野さんにそんな風に思われてたなんて、今日の遠野さんはちょっときついです」
「え、だって、冗談ですよね?」
「って、まだ信じてないんですか?」
先輩はいぶかしむ私を嘆くようにため息をついた。
「じゃあ証明してあげますから明日また保健室来てください。遠野さんの勉強見るくらいわけないですから」
「は、はぁ……」
ちょうどそこで校門のところについた。
「さて、お別れですね。じゃあ、約束ですよ。では、また明日」
「あ、えっと……はい。さようなら」
自信満々に去っていく先輩を見ても私はまだ半信半疑でうなづくだけだった。