「あ、あの本当に、するんですか?」
すべてから解放されたかのような、独特の開放感を持つテスト明けのお休みの日。休みだというのに珍しく先輩に呼ばれた私は嬉々として先輩の部屋(寝室じゃないほう)に来てたんだけど……
「あれ? はるかさんは嫌なんですか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「お礼、してくれるっていったじゃないですか」
「そう、ですけど」
私は相変わらず先輩に困らされていた。
今日ここに来たのはテスト勉強のお礼のため。結果はまだ出てないけど、自分でも手ごたえがあって、約束してたお礼を申し出た。
前のジュースみたいに変なことなら断るつもりでいたけど、先輩に言われたのは今日ショートケーキを買ってきてというだけだから、それくらいならって安心してケーキを持って来たんだけど……
困ったのはその後、
「はい、あーん」
この言葉だって、ただ食べさせてくれるのなら喜んで食いついちゃうところだけど……
「ぁ……ぅ……」
目の前に差し出されているのは先輩の指。……生クリームたっぷりの。
ケーキを買って来いっていったのはこのためだったみたい。もちろん、お礼の本当の用件も。
「あーあ」
私があまりの恥ずかしさに躊躇している先輩は一度手を引いて大げさにがっかりして見せた。
「お礼してくれるっていったのにあれは嘘だったんですね。所詮私は利用されるだけで、用がすんだらポイというわけですか」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか」
これを否定する危険性はわかってはいたけど、
「じゃあ、してください」
ほら。
(うぅぅ……)
「わ、わかりましたよ」
私は恐る恐る先輩の腕を取って生クリームのついた先輩の指を目の前に持って来た。
「お、お礼だからするだけですよ!? 勘違いしないでくださいね」
なんだかジュースのときにも同じようなこと言ったような気がするよ……
口の前にある先輩の指から甘い匂いが漂ってくる。
先輩の指……短くてほっそりとして、そこに白いクリームがたっぷりについていておいしそうで……で、でもこれをほんとに……たべ、るの? 口に挟んで舐めたりするの?
嫌かって聞かれればそんなことないって答えるけど、したいって聞かれたら……
「ふふふ、どうしたんですかはるかさん? 早くしてくださいよ」
「わ、わかってますよ」
あぁ、でもしたいかって聞かれたら答えに困るけど興味がないって言えば嘘にもなる。
(先輩の指……)
「……ごく」
なんだか先輩の指を食べるって思ったらどきどきしてきた。
先輩の指……どんな味がするんだろ。あ、甘いのは当然だろうけど、柔らかさとか、食感とか、なんだかすごく気になって……
「……はむ」
私はいつの間にか吸い寄せられるように先輩の指を口に含んでいた。
(甘い……)
クリームがついてるんだから当たり前だけど、先輩の指を一緒に食べてるって思うと余計に甘く感じる。
「ん…、んん……」
「あむ、ちゅる……」
「ふ、ふふ……そう、ちゃんと隅々まで、綺麗にしてくださいね……んっ…」
先輩がくすぐったそうな声でそういうけど、私はそれを耳には入れても先輩の指を食べるのに夢中になっていた。
第二間接くらいまでを口に入れて、優しく噛んで先輩の指を余すところなく舐めあげていく。指の先も、爪も、時には吸い付いたりもした。
「はむ、ちゅぷ……じゅぷ…んっ」
(先輩の指、おいしい……もっと)
「んっ……はるかさん、はげしいんですね……そんなに私の指おいしいですか? ……んっ」
「っ!?」
もうほとんどクリームなんてなくなっていた先輩の指を熱心に食べていた私は先輩の楽しそうな声に我に返った。
「ちゅ、ぱ……」
すぐに先輩の指から口を離す。
「あれ? もういいんですか? もっと食べてくれてよかったんですよ? なんならこのまま指といわず……あむ」
「って!! そんなの舐めないでください!!」
いつものように軽口を叩いていた先輩は当然のように私の唾液まみれになっている指を口に含んだ。
「んちゅ……ふふ、何でですか、とってもおいしいですよ?」
「は、恥ずかしいからに決まってるじゃないですか!」
「えー、それじゃ理由になりませんよー……あむ」
「だ、だからやめてください!!」
再度指をくわえた先輩の腕を引っ張って無理矢理やめさせた。
「あらら、はるかさんってば何がそんなに気に食わないんですか?」
「いいから! だめって言ったら駄目です」
「それじゃ、理由にならないと思うんですけどね。まぁ、でも愛しのはるかさんのお願いですからむげにはできませんね。一つお願いを聞いてくださればやめますよ?」
「……お願い、ですか」
いやな予感じゃないけど、微妙に私を不安にさせてくれる一言。なんていったってこのお願いっていう形式で私はファーストキスを奪われちゃったんだから。今でこそ、いい思い出だけど冷静になるととんでもない。出るところに出れば賠償金だって取れちゃいそうなくらいに。
「私に、できること、なら」
歯切れ悪く答える私。
「大丈夫、簡単ですよ」
「目を閉じてとかはなしですよ」
「あら、残念」
(残念って何ですか!)
「まぁ、冗談はともかく。今度ははるかさんがしてください」
「え?」
「だから、あーんってケーキ食べさせてくださいよ」
そ、それってつまり……さっきのを今度は私からしろってこと、よね?
そ、そんなことするくらいなら先輩の止めなくても……でも、なんだかこれも先輩のお礼に入っていてここで断っても何か理由付けさせてされる気が……そうだったらここではいって言っておいたほうがいいのかな。
(それに……)
ちょっと、本当にちょっと、だけ……興味ある、かも。先輩に食べ、られる、の。
あ、べ、別に変な意味じゃなくて、えーと先輩にだけさせたんじゃ不公平だし。
「わ、わかりました」
私は観念……そう、観念すると私の分のケーキの生クリームを指につけて先輩の口元へと持っていった。
「あれ? 指でしてくれるんですか?」
「え……? だって……っ!!」
た、確かにあーんしてとは言われたけど、指でなんて言われてない。
(うぅぅ、私ってば何してるんだろ……)
私が勝手に落ち込んでいると
「ふふ、冗談ですよ。いただきまーす。あむ」
いたずらっぽく笑って私の指を……
「っ!! ……ん」
「あむ、ひゃむ……」
先輩の舌が私の指を舐めてる……
「ちゃぷ、……ぺろ、ちゅぅう、ぺちゃ」
「ふぅ、ん……んっ……」
私がしたみたいに丹念に舐めたり時折吸ったり
(へ、んな、感じ……)
先輩が舐めてるって思うとなんだか胸が高まって心がふわふわと漂っちゃいそうな……
「んむ、ちゅぷ……おいひい、ですよ。ひゃるかさん……ん、んちゅ」
「ふぁ、……ん、ん……せん、ぱい」
(なんかこのままもっとしてもらってもいい、か、な……っ!!?)
って、私ってばなに考えてるの!! 私が隙なんて見せたら先輩のことだもん。調子に乗ってなにするかわからない。あ、でも…ここで強く嫌がったりなんてして先輩にこういうことされるのが嫌って思われたら……あ、そのこれは恥ずかしくてちょっとやだけど、こういうこと全般っていう意味で……えと……私は
「……かさーん? はるかさーん」
「は、はい!? あ、れ?」
先輩がいつのまにか私の指を解放していて私はそれに気づかなかったみたい。
「どうしたんですかぼーっとしちゃって。まぁ、はるかさんがそうなるのは珍しいことじゃないですけど、私としてはちょっと悲しいんですよ?」
「は、ぁ?」
? 何言ってるんだろ先輩は。まぁ、先輩こそ変なこというのは珍しいことじゃないけど。ってこんなこと毎回思ってるようなきも……
「はるかさんのそういうところも面白くて好きなところなんですけどね……っ」
「? 先輩?」
楽しそうに話していた先輩はいきなり私に背中を向けた。
(……………)
背中がチリチリと燃えるような不安が一瞬湧き上がる。
「ふふ、なんでもありませんよ。あ、紅茶冷めちゃったから新しいのとって来ますね」
「あ、先輩……」
すぐに笑顔になった先輩はそう言って部屋から出て行ったけど、部屋に残された私はうまく言葉にできない不安を覚えるのだった。