太陽の光が月の光へと変わった時間。天窓からその光が差し込むベッドで私は携帯電話を耳にあてて愛しい人の声を聞きます。

「あはは、もうはるかさんってば何いってるんですかー」

 私とはるかさんは恋人同士なんですから、こうして家に帰ってからや、休みの日なんかにはよく電話をします。

 遠くにいるのにこうして声を聞いて、愛しい人を近くに感じることが出来る。まったく便利な時代になったものです。もっとも、電話自体は何十年も前に出来てますけど。

「……うん、はい。ふふ、大丈夫ですよ」

 でも私たちがするのはそこまでです。ほとんどメールと電話で済ませてしまいます。それには理由がありますけど……それをはるかさんは知りません。

「次のテストもまかせてくださいってば。手取り足取り色々教えちゃいますから」

「……手はともかく、足は必要ないんじゃないですか」

「いえいえ、必要ですよ。手も、足も……腰とか、口とか……」

「……………」

 うわ、引かれちゃってますね。電話越しにもはるかさんが今どんな顔してるのか手に取るようにわかります。

「はぁ、まぁとにかく頼りにしてますからよろしくお願いします」

「はい。了解です。あ、それじゃそろそろお風呂入りますので失礼しますね」

「あ、はい」

 最初は中々こっちから電話を切るのって勇気が必要だったですけど今はそんなに気にすることなくこういえるようになりました。

 もっとも、言葉と理由が合わないときもありますが。

「それじゃ、【お礼】のほう期待してますね」

 今日はこのまま電話を切って平穏に終わらすこともできたのに私は余計なことを言ってしまいます。

「な、何言ってるんですか……おやすみなさい」

 今度は少し恥ずかしそうにそういってはるかさんは電話を切りました。

「っ……はぁ」

 そのままベッドに倒れこんで月と星を見つめます。しかし、それに目を奪われている暇すらありませんでした。

「っ…!!

 はるかさんとの会話が終わって気が緩んだ瞬間、電話をしていたときから感じていた体の中の痛みが覚醒します。

「かっ、は……こふ……ぁ、っく……はぁ、はぁ」

 短時間だけれど鈍くて、鋭くて、不快にさせてくれる痛み。

「は、ぁ……はぁ…あ、ふ、はぁあ……」

 痛みが過ぎ去ると私はベッドに完全に体を預けて目をつぶりました。

 疲労感と脱力感を感じながらこうしていると時々気が遠くなるような気がして、前なら涙を流していました。

 今も少しそういう気分はありますけど涙がでるまでは

 コンコン。

「っ、はい?」

「麻理子さん、入るわよ」

「はい、どうぞ」

 ノックをして部屋に入ってきたのは、以前はるかさんにお姉さんのような人と紹介した人、私専門の看護士、優衣さんです。実際は看護師の資格を持って、今は大学の院生なのですが、細かいプロフィールは置いておきます。

 優衣さんは部屋に入ってくるなり私のところにまっすぐ向かってきて心配そうにベッドに横になる私を見つめてきました。

「大丈夫?」

「平気、ですよ。もう慣れっこなわけですし」

「そう……でも、あんまり我慢するのもよくないわよ。はるかさんと電話してたい気持ちはわからないでもないけど、我慢してたって後がつらいだけでしょ?」

「あらら、あんなせきくらいで我慢してたかどうかわかるんですか」

「一応ね、そういうことくらいわかってあげられなきゃ麻理子さんの側にいる意味がないから」

「そんなことないですよ。優衣さんがいてくれるのだけでも結構安心ですから」

「……まぁ、私じゃそういう助けくらいしかできないものね」

 そういう優衣さんは少し悔しそうです。私の体について力になれないのは優衣さんが悪いわけではないのに。

「それはともかく話を戻すけど、あんまり我慢しすぎちゃだめよ。はるかさんにだってもう隠してるわけじゃないんでしょう?」

「あぁ、ええと……」

「まさか、隠してるの?」

「隠してるっていうわけじゃないんですけど、ね」

 いえ、隠してるっていうことになるんでしょうか。

 優衣さんを目の前にしながら私ははるかさんの姿を思い浮かべます。

 はるかさんに言っていない理由はいろいろありますけど、あえて伝えていないというのは隠してるってことになるのかもしれません。

「そう……ここにつれてくるくらいだからてっきり……でも、隠してたっていうのがわかればはるかさんが悲しむんじゃない? 余計なことかもしれないけれど」

 耳に痛い言葉です。

 隠してることははるかさんへの裏切りというか、背信と思う気持ちがないわけではないですけど……いえ、でも……やっぱり…言えません。

 言いません。そんな強さがあれば、きっとはるかさんと出会ってすらいなかったでしょうから。

(その意味じゃ……感謝してもいいのかもしれませんね。この苦しみにも)

「麻理子さん? どうかした?」

 って、優衣さんが目の前にいるっていうのに自分の思考に入っちゃうなんてこれじゃまるではるかさんですね。

「いえ、ありがとうございます。彩葉さんにも同じようなこと言われちゃいましたよ」

 彩葉さんにはあんな風に言ってしまいましたけど、正しいことを言われているのはわかっていて私はここしばらくこの二種類の胸の痛みに耐えての夜を過ごすのでした。

 

9-1/9-3

ノベル/はるか TOP