「好きです、遠野さん」

 

 あの、私のファーストキスのわずか二日後。

私はあのことを悪い夢といいわけして、誰にも話せるわけのないキスをどうにか忘れようとしていた。絶対に、保健室や二年の教室に近づかないようにして藤宮先輩と顔を合わせないようにしていたのに、今日の昼休みが始まると同時に先輩が私の教室にやってきた。

「少し、お話したいことがあるんです」

 そんなことを言ってきた。

 当然、無視したかったけど教室で何か変なこと……もし、キスのことなんていわれたら溜まったものじゃないので渋々先輩についていった。

 一応、文句を言いたいという気持ちもあったし。

 連れて行かれた場所はもちろん保健室。

「……また先生いないんですね」

「今日は私が言って少しの間出て行ってもらいました。二人きりでお話したかったので」

 二人きりということに若干警戒をしながら先輩の生活区? のベッドまでくると先輩はカーテンを閉めてより【二人きり】を強調させる。

 私は先輩のベッドの前にたって、居心地悪そうに手を前で組んで手を擦り合わせる。あのことが頭をよぎって自然と不安が体に出てくる。

 先輩はカーテンの前で、私から半歩の近い距離に立って

「好きです、遠野さん」

 冒頭に戻る。

「…………………………………は?」

 何を言われているのかわからなかった。

 ……すき? 好き? 隙?

 なるほど、私は隙だらけということか。そうかもしれない。よく知らない人に目を閉じてなどといわれて言われるがまま目を閉じてしまったのは確かに隙を見せてしまったということだろう。

(……じゃなくて)

 好き……ライク? ラブ?

 …………ラブ!?

「遠野さ〜ん?」

「ッ!!?

 状況に脳がついていけていない私に先輩が迫ってきた。

(ま、まさか、またいきなりキスしてくるなんてないだろうけど……)

 いや、この人ならやりかねない。この人は何をしてくるかまるでわからないのだ。

 私よりも体は小さいくせに顔には常に余裕というか、どこか含みを持つ笑顔がある。そんな先輩は笑顔のまま首をかしげている。

「遠野さん、どうしたんですか?」

「ど、どうしたって……ふ、ふざけないでください!!

「……? 何がですか?」

 思わず飛び出た私の怒号にも先輩は本気で何を言われているのかわからないという顔をした。

「い、いきなり好きだなんて……っていうか、私は女の子なんですよ!?

「えぇ、そうですね。どこからどう見ても女の子ですよ。それも、とても魅力的です」

「せ、先輩だって女の子じゃないですか」

「そうですね。確かめてみますか?」

 先輩は愉快そうに私の手を取ると、自分の胸に導いていった。

「ほら、まぁ多少小ぶりなのは認めますが」

 そこは私のよりも若干固めではあるけど、しっかりとした弾力もあって……??

「っ!!? な、何させるんですか!!

 だ、だめだ、気付くと先輩に呑まれてしまう。何で先輩の中学生みたいな胸になんて沢なきゃいけないんだ。

「もう、遠野さんは何が気に食わないんですか?」

「な、何がっていうか、お、女の子同士で好きだなんておかしいじゃないですか」

「? そうですか? そんなことないと思うのですが」

「だ、だって……」

「性別なんて関係なく私は遠野さんのことが好きなんです。私は【遠野さん】という存在に惹かれているんですよ」

 好きって連想させる言葉を何度も言ってくる。先輩が真面目に何かをいう人には思えないけど、今はふざけているようには聞こえない。

「で、でもまだ私たち会って一週間もたってないんですよ!?

「愛に時間は関係あるかも知れませんが、好きになるのに明確な理由は必要ないですよ」

「……一目惚れとか……信じてませんから」

「いえ、一目惚れしたのとは違いますよ。ただあなたとのわずかな時間で惹かれてしまったというのは事実ですが」

「だ、大体私のどこが、好きだって言うんですか……」

「……どこ、でしょうね?」

 口元に手を当てて、何かを探るような瞳をする先輩。舐めまわすわけではないけどこの先輩にこんな目でじっと見つめられるのはなんだか不安。

 っていうか、どこか好きかも言えないんじゃやっぱりからかってるだけなんじゃ。

「よくわかりませんね。でも、それもこれから遠野さんと一緒に知っていけばいいことですから」

「な、何言ってるんですか!? っ〜〜もうー」

 駄目だ。この人とまともに話してても疲れるだけ……

「話それだけですか?」

「まぁ、告白したかったのが一番の目的ですね。できたらこれからお昼をご一緒したいですけど」

「遠慮します! 用が済んだのならもう失礼します!

 私は荒々しくそういった。

 キスのことで文句を言いたくもあったけど、もういいや。これ以上この人と話してるとどうかしてしまいそう。まともに付き合ってもこっちが苦労するだけ。

「……………」

 私を見つめる先輩の澄んだ瞳。

「もしかして、私」

 首をかしげて小さな子供が母親にでも尋ねるかのような純粋な顔をしている。

「遠野さんに、嫌われているんでしょうか?」

(……っ〜〜〜)

 なんなのこの人は……普通そういうことを好きだっている人間に正面から聞いてくる?!

「あ、当たり前じゃないですか!? いきなりファーストキス奪われて、わけわからない告白されて……き、嫌いにだってなります!

 実際は何故か【嫌い】というほど先輩のことを憎らしく思ったりはしていないのだが、先輩の態度というか、うまくはいえない先輩の何かが私に思った以上のことを言わせた。

「そうですか……ちょっと悲しいです……」

「……ちょっと、なんですか?」

 好きって言ってる人に嫌いだなんていわれているのに。

 つまり、やはり本気ではない、ということかもしれない。

「いや、やっぱりすごく悲しいですよ。でも、【嫌い】ということはある意味私のこと意識してくれているということですから」

 屁理屈にも聞こえる、けど。先輩に悲壮感はない。

「と、とにかく、もう私行きますから」

 もうこれ以上先輩と会話を続けられる気がしない。

 私はズカズカと少し大きな音を立てて先輩の横を通り過ぎていった。

 もしかしたら引き止められるような気もしたけど先輩は引き止めることもなく私はドアの前まで来た。

「遠野さん」

「…………」

 無視し出ていってもよかったけど、最後の一言くらいは聞いてあげようかと思って背中を向けたまま立ち止まる。

「今度はお昼ご一緒しましょうね」

 明るく言い放つ先輩。

(……………)

「お断りします!

 

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