もぐもぐ。

 パクパクパク。

 ゴクゴク。

(…………なんなのあの人?)

 教室に戻った私は周りがご飯を食べ終わって自由に過ごす中一人ムスっとしてお弁当を食べる。

 初めてあったときから、おかしかった。初対面の相手におでこつけて熱みたりなんかして、ベッドで寝てる私の髪触ってきて。とにかく行動が読めない上にしてくることが意味わからない。完全に変な人かと思ったら、ハンカチで冷やしてくれたりしてちょっとはいい人かとも思ったのに……

 次あったときは、いきなりキス、されて……一応、お願い聞くとは言っちゃったけど……目を瞑るのはともかくキスしていいなんていってないのに。

 しかも、今度は告白されて……っていうかどうして先輩の胸なんか触っちゃったの!? いくら先輩の雰囲気に飲まれてたとはいえ……もう自己嫌悪になりそう……。

 嫌いっていってるのに、何が気にしてるってことだからいいだなんてそんなことあるわけないのに。ただ嫌いってだけ全然気にしてなんかないのに。

(……今、先輩のこと考えちゃってるけど……)

 い、いや、これはただあまりに変な人だから少し思い返してるだけで気にしてるわけじゃないから!

 き、嫌いは嫌いなんだし。

(……嫌いなはず、だよね?)

 でも、なんだか顔も見たくないとか嫌悪感というよりうまくはいえないけど、とにかく【嫌い】の範疇がよくわからなくなってる。

 考え事をしながら無意識にお弁当を食べ終えて、片付けると頬杖をついてまた先輩のことを思い浮かべる、

 でも、ほんとなんなんだろ、あの人。

 私にしたり、いってきたことは置いといてとにかく謎。

 今のところわかってるのは、保健室登校で、変な性格……というかふざけた性格、おちゃらけてて何言っても真面目に聞こえなくて、あとは……ゲームや漫画が好きみたい。そのくらい。

 ……まぁ、調子悪かった私への対応はおかしくはあったけど誠意があったというかハンカチをしてくれたこととか考えても本質は優しい人なのかもしれないけど。

 って、それはどうでもいい。

 保健室登校ということは、何か理由があるんだろうけど。

(……理由、か)

 保健室登校のイメージといえば、いじめとかクラスで孤立してるとか、勉強についていけないとか。パッと思いつくのはそのくらい。

 先輩が該当しそうなのは……いじめはないだろうけど、クラスで孤立しててもおかしくはない気がする。明るい性格だけど、あれじゃ友だちと合わないことも多いだろうし、ゲームなんて持ち込んでるようじゃ勉強もあまりできないかもしれない。

 でも、保健室登校なんて普通じゃないことをしてる割には悲壮感みたいなのはまったく感じられない。それどころかいつも楽しそうだ。

(……でも、もしかしたら虚勢なのかもしれない)

 うん、ありえる。クラスで孤立してて、友だちもいなくて苦しいのにそれをごまかすためにあんな虚勢を張って、大丈夫な振りをしているのかもしれない。

「…るか? はるか?」

 そう考えると、少しだけ……

「はるかー?」

「ッ!!?

 気付くと、友達の顔が目の前にあった。

「な、なな、なに?」

 先輩にいきなりキスされたことが一瞬だけ頭をよぎって大げさに驚いた。

「何っていうか、もう授業始まるのにぼけっとしてるからさ。なに、また何か考え事? だめだよ、はるかすぐ変な風に考え込むんだから」

「そ、そんなことないってば」

「ふーん。ま、いいけど。次体育だよ? 着替えなくていいの?」

「あ、うん。ありが、と」

 私は結局先輩のことが頭から離れないまま体育着に着替えることにした。

 

 

 ザッザッザザ。

 土を蹴る音。

「っは、っは、っは」

 弾む息。

(……むぅ〜)

 痛む肺。

 揺れる景色。

(……うー、つらい)

 今は体育の長距離走中。トラックじゃなくて、学校の敷地内を大回りに回っている。自転車置き場の側や木々の植えられている郊外トラックと違い、土が固かったり柔らかったり、障害物が落ちてたりで大変。

 周りからを見れば私と同じ半そでにクォーターパンツのクラスメイトだらだらと半ば歩きながら人と話したりしてる。私もそうしたい気持ちはあってもそうできるほど不真面目にはなれない。

 ザッザッザ。

 かと、いって無心に走っていても辛いだけ。

 私はこういうとき、気を紛らわせるため何かを考えながら走ることが多い。そして、教考えてることは……

(……先輩は体育とかしないのかな?)

 先輩のこと。丁度、授業の前に考えてたし、その続き。

 体育とかは参加してないと思う。クラスに居場所がなくて保健室なんかにいるんならチームでやることもある体育なんかできるわけない。

(先輩は自分のしてることがおかしいって思ってない風だった、けど……)

 それもみんな強がってるだけなのかもしれない。ううん、もしかしたら本当に先輩はアレが自然体なのかもしれない。それが、クラスの人たちに受け入れられなくてどんどん孤立していって……

(そうだ、教科書)

 今日ベッドの上に教科書がおいてあった、ゲームとか漫画と一緒だったけどきっと勉強したいっていう気持ちはあるんだ。でも、先輩性格があんなだからきっと勉強もついていけなくなってそれもクラスにいられなくなった理由かもしれない。

 だからきっと友だちなんていなくて、そうだ、私に……キスした日。久しぶりに楽しい時間を過ごせたお礼にハンカチをあげるつもりだったって言ってた。

(久しぶり……やっぱり、友だちなんか全然いないんだ……)

 保健室の先生とは話すのかもしれないけど、同世代と話せなきゃどこか息が詰まる思いをしちゃうと思う。

(なら……私のこと好きっていうのも……)

 もしかしたらあの好きっていうのは付き合いたいとかそういうのじゃなくて友だちになって欲しいって意味なのかもしれない。

 女の子に好きっていうのも友達としてなら全然おかしくない。

そうだ好きって伝えることで先輩にとって私が大切だって示して……つまり、かまって欲しいってこと? 

 そう考えると今までのことも説明つくわよね? 調子がわるくてたずねた私を、普段なら先生が対応するんだろうけどたまたまいなくて私と話すきっかけになって、先輩は久しぶりに同年代の人と話せた。きっと先輩はそれが嬉しかったんだ。だから、色々私にお世話を焼いてくれて、ハンカチをしてくれたのだって本当はもう一回会う理由が欲しかっただけなのかもしれない。そうだ、普通なら保健室にあるタオル使えばいいんだから。うん、だからきっと好きだなんていったのは友だちになって欲しいって意味。捨てられた子犬がより寄ってくるみたいに。

 うん、おかしくない全部つじつまあうよね?

(……友だち、なら……)

 先輩は困ってるんだ。あんなふうに大丈夫そうな振りをして、心じゃ泣いてるんだ。孤独に震えて、助けを求めてる。

 うん、なら助けてあげなきゃ。困ってる人を放ってはおけないわよ。

 【きっと】って私の予想ばっかりだけど、そうなんだよきっと。じゃないとあんなの説明できない。うん。そうだ。

 なら、今度一回くらいお昼を一緒にしてあげてもいいかもしれない。学校のほとんどの人が当たり前にそうしてるようにおしゃべりをしながらお昼を食べるというのに憧れてるのかもしれないんだから。

(……あれ? でも、キス……は?)

 キス……は……? 

 ずっと、先輩の色々な理由を考えていたけどそれに思い至ったらなんだか今まで考えてたことに淀みが混じった。

 キス、も友情の表現? 特別なことして、自分のことを見てもらいたかったから、とか……?

 いや、でもまって。キスよ? キス。それも先輩だってファーストキスだって言ってた。それをいくら友だちが欲しいからってあって三日の相手にする? いや、でもうーん。それくらいしてでも、友だちが欲しかったの? 

(えーっと、先輩は友だちが欲しくて、好きっていうのは友情の表現で……でも、ファーストキスまで、してきてて……それも、友だちが欲しい、から?)

 頭がこんがらがってきちゃった。さすがに先輩だって女の子なんだからファーストキスを友情の表現になんかしたりは……? 

(じゃあ、やっぱり……ッ!!?

 ガッ!

「ひゃっ!!?

 考え事をしながら走っていた私は、地面にあった大きな石に躓いて……

 ズサーー!!

「っーーー!!

 思いっきり前につんのめった。

「いっつーー……」

「はるか!? 大丈夫?」

 周りを走っていた友達が転んだ私を心配してワラワラと寄ってくる。

「はるか、膝すごい血でてるよ」

「っ、あ、ほんとだ……」

 へたり込んだまま擦った右ひざを見てみると膝小僧の辺りから痛々しく真っ赤な血が溢れていた。じゅくじゅくと血の池といったら大げさかもしれないけどかなりの量が出てきている。

「保健室行ったほうがいいんじゃない?」

「そうだね、肩貸してあげるよ」

「ほけん、室……?」

 丁度さっきまで考えていた場所。

 先輩がいるところ。

「だ、大丈夫よ! これくらい」

 キスのことを思い浮かべると先輩への不審が半分くらい混じってきてすぐに会いに行く気にはなれなかった。

 私は痛む足を庇うようにしながら立ち上がった。

 けど、

「っ!

 やっぱり痛みでその場にうずくまる。

「ほーら、そんなんじゃしょうがないじゃんいこ?」

「……うん」

 おそらくごねても無駄と悟った私は友だち二人に肩を貸してもらうと先輩のいる保健室に向かっていった。

(……まぁ、今度こそ先生がいるよね?)

 

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