プルルルと、最近ではあまり耳にしなくなった電子音が響く。

 電話をかける機会なんていうのはあまり経験がなく、この相手が出るまでの呼び出し音を聞いている間はなんとも言えない緊張だ。

「はい」

 何度目の呼び出し音の後、聞こえてきたなじみある声にびくっとした。

「………………」

 電話をかけておいて情けない話だけれど、なんで電話をかけてしまったのかもわからないし……よくよく考えれば話せることじゃないのに。

「渚でしょ? どうしたの?」

 電話の向こうの、渚にとって「姉」ともいえる相手は電話をかけてきておいて、何も言おうとしない私に不思議そうに問いかけて来た。

「あ……えと……」

 声は出せたけど、頭の中には話せることがまとまっていなくて何も言い出すことができない。

「何か悩み? せつなと何かあった?」

 私のことを敏感に察してくれるのはさすが先生と言えばいいのか、絵梨子さんは優し気な声色で寄り添うように声をかけてくれた。

「……え、っと……」

 せつなさんで自慰をしてしまって恥ずかしさや罪悪感で死にたくなりそうですけど、どうすればいいですか?

 なんて口にできるわけなく、しどろもどろになるしかない私。

 やっぱり、電話なんてするべきじゃなかった。

 初めての時から数日経ったけど、いまだにあの事が頭を離れなくて自分一人じゃ耐えられなくなりそうだからって、勢いで電話をかけちゃったけど、よくかんがえたら誰かに相談できるようなことじゃない。

 確かに絵梨子さんには旅行の時にそれっぽい話はしたけれど、実際に「その行為」の一端でも知ってしまったらあの時みたいに純粋には聞けなくて

「……渚」

「っは、はい」

 失礼なことをしてしまってる自覚のある私は怒られてしまうかと、震えたけれど

「渚が何を悩んでいるのかはわからないわ」

「は、はい……すみま」

 せんと、謝罪を言い終える前に

「ただ貴女が私を頼ってくれるのなら、私は全力で渚に応えるわ。今すぐに話してくれなくてもいい。ただ、それだけは覚えておいて」

「………はい、ありがとうございます」

 やっぱり私の好きな人の姉が好きになった人だなと感心して私は通話を切る。

 絵梨子さんがいい人だというのは改めて知れたけど……結局はなにもきっかけもつかめずに私は悶々とした心は悩みを深めていくことになる。

 

 ◆

 

 初めてしてしまってから、せつなさんとはたまに気まずくなってしまうこともあるけれど、それでも表面上はどうにか普段通りに戻ることはできた。

 絵梨子さんに相談をしようとはしたけれど、せつなさんの前では何とか平静を保てているはず。

 でも、私はいつも通りでいられるぎりぎりのラインでしかないということに自覚はあり何か些細なきっかけさえあれば崩れてしまうという予感……いや、確信を持っていた。

 そして、その懊悩を深めるきっかけは思わぬところで出くわすことになる。

 その日はせつなさんにしては珍しく寝坊をしていて、起き抜けから慌ただしくしていた。

 私はこの日はせつなさんと授業の予定が合わずに、昨日遅くまで本を読んでいたこともあってせわしなくしているせつなさんのことを布団の上で微睡みながらなんとなく見ていた。

 あまり意識のないまま私はようやくせつなさんが家を出る頃に布団から起き、玄関に見送りに行く。

「それじゃあ、行ってくるわ。渚が出る時はちゃんと戸締りお願いね」

 そんな生活感の溢れる言葉を受けながら私は、のそのそと寝室へと戻っていく。

(……まだちょっと寝ていたい、けど)

 一度起きてしまったこともあるし、私も着替えようとパジャマを脱いだところで

「あ………」

 視界の端に今はみるべきものじゃないものを見てしまう。

 それはベッドの上。

 脱ぎ散らかされたせつなさんのパジャマ。

「……ん、く」

 いつもならせつなさんはきちんとたたんでいくのだけれど、今朝は急いでいたせいか脱いだままの状態でベッドにあった。

 ……本来ならこれもまた気にするようなことじゃないはず。

 いつもならたたまれているとはいえ、別にせつなさんのパジャマどころか下着すら見慣れているのに。

 私は下着姿のままふらふらとベッドへと近づいていくと、そのパジャマを取ってしまった。

「……せつな、さんの」

 ついさっきまでせつなさんが身に着けていた衣類。

 触れていると自然と胸が高鳴り、私はベッドに横たわってしまった。

 それもパジャマを手にしたまま。

「………ん」

 自分のしていることに気づかず手にしたパジャマを鼻先に持っていった私は

「……いい、匂い」

 その甘い香りをかいでしまった。

 せつなさんの香り。同じシャンプーを使っているし、洗濯をしている洗剤も同じだし外的要因は私とそう大差ないはずなのに。

 私とは全然違う。

 甘いと評したけどそれだけじゃなくて、芳醇というのかせつなさんにしかない香りがしてそれは私の理性を溶かすような香りで

「………っ!」

 もう一度と顔を近づけた私はようやく何をしているのかを気づく。

 同時に

「……うそ、でしょ」

 無意識にせつなさんのパジャマを嗅いでしまったことにショックを受けた。

 全然意識なんてしてなかった。

 ただ、本当に自然にそうしてしまったの。

 まるでハチが蜜に吸い寄せられるみたいに当たり前にせつなさんを求めていた。

 本当にショックだし、自分のことが信じられない。

 何時から自分はこんな風になってしまったのかという、自分に対する不信と侮蔑。

 でも、何よりそれ以上に。

「…………っ……ごめん、なさい」

 自分が信じられないのに。情けなくて死にたくなるほど自分が嫌になるのに。

 以前も私の体を襲った熱が再び体を襲っていて、

「っ……せつなさん……せつな、さん……」

 涙を流しながら私は自分の体に手を伸ばしていった。

 

 

 

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