本当に自分が信じられない。
せつなさんを求めてだけじゃなくて、大学まで休んでしまった。
心配して、連絡をしてくれたせつなさんに調子が悪いから休むなんて嘘をついてまで。
「………死にたい」
本当は体調が悪いわけじゃないのに少しでも嘘をほんとにしたくて自分の布団を敷いて、そこに横たわる。
何もする気が起きずにかと言って寝るわけこともなくいた私は。
「………そろそろご飯の準備しなきゃ」
ケータイで時間を確認すると小さく呟く。
何にも出来る気はしないけれど、今日は当番の日だし、強制的にでも体を動かせば少しは気が晴れるかもしれない。
重い体を起こし、どうにか布団から抜け出た私。
食材を確認して台所に立つと、カチャっとドアが開く音がし、続いて「ただいま」という声がした。
「っ!?」
確認するまでもなくそれはせつなさんで。私が驚いていると、台所へとやってきたせつなさんが厳しい声をあげた。
「渚、何をしているの」
「せ、つなさん、こそ、今日はまだ授業のはずじゃ」
「渚が調子悪いっていうから休んできたのよ。それより、体調崩してるのなら寝てなきゃだめでしょ」
「…………っ」
泣きたくなった。
せつなさんが心配してくれたことじゃなくて、せつなさんを心配させてしまったことに。
仮病、なのに。違う、仮病どころかせつなさんを侮辱するようなことをしてしまったというのに。
「ほら、ご飯は私が用意するから渚は寝ていなさい」
「…………はい」
あまりに自分が情けなかったけれど、それでも本当のことをいうなんて出来るわけもなくてせつなさんの言う通りに布団へと戻っていく。
「…………っ」
布団の上で横になった私だけれど、瞬間に瞳の奥が熱くなった。
泣いてしまいたい。泣けば少しは心が楽になる。後で泣いてしまったことへの罪の意識を感じるとしても、それでも今のこの言葉にすらできない気持ちを抱えるよりは楽な気がするから。
でも、そんなことをしたらせつなさんに余計に心配させてしまうなんてわかりきっている。
そんなことになればますます自分が許せなくなる悪循環を抱えることは決まっていて私に出来るのは朝のコトへの後悔をしながらせつなさんの優しさを痛みに変えて受け取る自分を心の底から軽蔑することだけ。
「…………」
そうしてしばらくすると、夕食の準備を終えたせつなさんがやってきてしまう。
「軽いものの方がいいと思ってうどんにしたけど、自分で食べられる?」
「………はい」
極力感情を抑え、小さく頷いて体を起こす。
(本当は調子悪くないんだから大丈夫に決まってるじゃないですか)
心の声は自分への嫌味。
感情を表にしてしまうとすぐ泣いてしまいそうで無心に食事をしてしまった私は。
「よかった。食欲はあるのね」
再び迂闊なことをしていたのを気づかされる。
……私の方が気にしすぎだなんてわかっているけれど。
「でも、渚? 調子悪いのならちゃんと言わなきゃダメよ。ただでさえ渚は抱え込みがちなんだから」
どこまでの優しく響くせつなさんの声。
心を抉るようですらあるけれど。
「……はい。すみません」
これ以上にこの件について会話なんてしたくなくて、ただ言われるがままに頷く。
その後もなんとか心を殺しながら食事を終え、安心したところで。
「そうだわ、今日は私のベッドの方を使っていいわよ。そっちの方が寝心地いいはずだから」
「っ!」
今の私には到底受け入れられるはずもない提案に顔を真っ赤にした。
それが頑なに閉じようとしていた心の隙になる。
「ぁっ……」
せつなさんに対し理不尽な怒りを抱えて、でもそれを音にするわけには行かなかった。
心の振れ幅に耐え切れなくなった私は
「渚?」
「あ………」
涙を流してしまう。
「ど、どうしたの? どこか痛い?」
「………………っ」
何でもないなんていう言葉は意味を持たないことを知っている。
だからと言ってここで続くべき言葉を持たない私はそのまま涙を流すしかできなかった。
それがせつなさんを余計に心配させ、かつ何を思うかということにまで気を回すことが出来ずに。
◆
「……すぅ……すぅ」
渚が穏やかに眠っている。
いきなり泣き出した時にはこの世の終わりかというくらいに絶望的な様子だったのに。
「こうやって貴女の寝顔を見るのは何度目かしらね」
それは単純に寝ているところを見るということではなくて、渚が悩んでいる時にその様子を見るということ。
ベッドの縁に座った私は渚を見下ろし、その心に想いを馳せる。
「この子はほんと抱え込みがちね。……人のこと言えないかもしれないけれど」
昔涼香にいわれったっけ。渚は前の私に似ていると。
私は涼香のおかげで変われたけれど、渚のこういうところは変わらなかったわね。
もちろんそれは生き方の問題でもあるから絶対にダメだというわけではないのだけれど。
今の私が頼りないから渚が話してくれないかなとは思わない。
本当に悩んで助けを必要としているのなら話してくれるだろうし、もしかりに私に話せないとしても陽菜(苗字なんだっけ)やや絵梨子さん、お姉ちゃんなど渚が頼れる人はいるはず。
だから私としては渚が私を求めないのなら無理に手を差し伸べるべきじゃないのかもしれないわね。
(……寂しいけれど)
まだ様子が変わってそれほど経ってはいないのだし、もう少し様子を見てみるべきかしら。
と、私は一応の結論を見て自分も体を横にする。
「にしても、何を悩んでるのかしらね」
眠ろうとする前にもう一度小さな恋人の姿を見る。
「……そういえば」
以前にはあれを疑いはしたけれど。
そう、いつだったか渚がコーヒーをこぼしてシーツを替えたと言った日。
渚がベッドで「した」んじゃないかしらとは一瞬疑った。
けれど、渚がそんなことをするなんていうのはやっぱり考えられなくてその可能性を打ち消した。
(……まさか、ね)
思い出したことで再びその可能性を感じはしたけれど、何か特別なことがあったわけでもないのに「お子様の渚」がそんなことを考えてはいないだろうと、渚の気持ちに気づけず能天気に思ってしまうのだった。