せつなさんが返ってきたのは電話からしばらくたったお昼過ぎ。
気を使ってなのかケーキを買ってきてくれたりなんかして、おすすめだっていう少し渋めの紅茶と合わせて午後のティータイムを楽しんだ。
その間昨日のことについての会話はない。
天気のことやお互いに何をしていたのかっていうことを話し合って、穏やかな時間を過ごしそろそろケーキも紅茶もなくなりそうというところで、
「あ、渚」
いきなりせつなさんが私の顔へと手を伸ばしてきた。
「っ!?」
指が頬を撫でくすぐったく感じていると
「クリームついてたわよ」
なんて私の頬についていたクリームを指で掬うとそのままその指を口に含んだ。
(あ………)
それが少しいやらしく見えて思わず目を奪われる私。
少しだけ昨日のことを思い出してしまってかぁっと顔が熱くなり、思わずうつむいてしまう。
そのまま会話なくお茶会を終了させると、軽く片づけを行ったところで
「ねぇ、渚。少しお話ししましょうか」
「っ」
せつなさんがそう言って、私をベッドへと呼んだ。
「はい……」
ベッドの縁に座りながらポンポンと叩き隣に座るように促してくる。
わざわざ改まってこんな風に言ってくるくらいだ。
せつなさんも一人の間昨日のことを考えて、私と何かしらの話をしようと思っているに違いない。
(やっぱり緊張はするな)
絵梨子さんに勇気をもらって話をしようということは決めているけれど、それでも不安があるのは変わらない。
(でも)
と私は思いなおす。
せつなさんだって私と同じはず。緊張していないはずはないんだから。
私は意を決してせつなさんの隣に腰を下ろす。
普段もこうしたりはするけれど、それよりは少しだけ遠い位置に。
「私もせつなさんとお話ししたいことがあります」
「そう」
私を一瞥し、頷くとせつなさんは私が離した距離を詰めてほとんど密着っていい距離まで近づいた。
「渚」
「せつなさん」
体には触れないまま、お互いに横を向いて相手を見つめ
『昨日はごめんなさい』
と声を重ねた。
『え?』
続けての反応も同じ。
「渚がなんで謝るの?」
「せ、せつなさんこそどうして謝っているんですか」
「だ、だってそれは、昨日のことで」
「私だって、昨日……」
『……………』
私たちはそこで止まってしまう。だってわけがわからない。
私は自分こそが悪いと思っている。せつなさんが怒っていたり、私に幻滅したりはしていないだろうって絵梨子さんのおかげで思えはしたけれどそれでも私が悪かったっていう意識は変わってはいないから。
何とも言い難い沈黙。
二人とも今の状況を飲み込みきれなくて何を言うべきかわからなくなっている。
(……でも、何かを言わなきゃ)
ちゃんと話をするって決めたんだから。
「とりあえず、私から話します」
私がそれを告げるとせつなさんはわかったわと、かみしめるように頷いてくれた。
心を落ち着けるために一度深く息を吸い、意を決してせつなさんのことを見据える。
「昨日は……その、何もできなくて……すみません、でした」
「なにも、って?」
「その……あぁいうことは二人で、しないといけないことなのに、私せつなさんにしてもらってばかりで何もできなくて」
自然と昨日のことが頭に浮かんで恥ずかしくてたまらなくなる。でも言わなきゃ、ちゃんと話をするって決めたんだから。
「? そんなことで謝っているの」
私が恥ずかしくてたまらないっていうのにせつなさんはぽかんとしながらそう言ってきた。
その反応に私はかぁっと熱くなってしまう。体だけじゃなくて心も。
「そ、そんなことって何ですか! 私は本当に悩んでて」
「だってそんなの渚は全然悪くないじゃない。謝るようなことじゃないでしょ」
「っ〜〜」
な、なんですかそれ! 私は本当に悩んでて、もしかしたらそれでせつなさんに幻滅されたんじゃないかとすら考えたのに、そんなことだなんて。
私にしては珍しくはっきりとした怒りを感じてせつなさんへと強い視線を向ける。
「せ、せつなさんこそなんですか。せつなさんの方こそ大したことじゃないんじゃないですか!?」
「私のは、そんなことないわよ」
「なら言ってみてください」
こういうのを売り言葉に買い言葉って言うのかしら。感情が先行して勝手な言葉口から出てきてしまう。
「私、は……昨日、渚に無理をさせたんじゃないかって」
「……なんですかそれ。言った、はず。です、せつなさんの全部を受け入れるって」
「それは……けど、朝起きたとき渚がすごくよそよそしくなっちゃったから、もしかしたらやっぱり嫌だったのかなって思っちゃったのよ」
なるほどと一瞬得心しないでもないけれど。
「嫌なわけないじゃないですか。昨日はほんとうにすごく気持ちよくて、それで思い出しちゃって恥ずかしいから顔を合わせられなかっただけです」
「気持ち、よかったの?」
「だからそう言って………ひぁぁぁ!!」
感情の赴くままに考える前に言葉を発し続けていた私だけれど、ようやく何を言ってしまったのかを自覚して顔を真っ赤にして、声を上げてしまう。
「そっか……嫌じゃなかったのね……気持ち、よかったのね。ちゃんと私、渚にしてあげられていたんだ」
せつなさんは勝手に自己完結して安心したように余裕のある笑顔を見せているけれど、私はとんでもなくはしたなくしかもまったく私らしくないことを言ってしまったことに対するダメージが大きくて、何も言えずにただ唇を戦慄かせ……
「……っ…ぁは」
「せ、せつなさん?」
目のまえの恋人がいきなり涙を流し始めたことに思わず困惑する。
「あ、ごめんなさい。でも………………嬉しい、から。渚に触れられたこと……愛してあげられたことがすごく……すごく嬉しいから」
もし、せつなさんのことを知らない人が聞いたら、何を大げさなと思うのかもしれない。でも、せつなさんのことを全て知る私は……
「ぁ……渚」
せつなさんを優しく抱きとめた。
「ここ」に来るまでにせつなさんには様々なことがありすぎた。
(私は……間抜けだ)
一緒にするとか、そういうのだってもちろん必要だったかもしれない。
でも……
「私も本当に嬉しかったです。せつなさんの触れてくれることの全てが嬉しくて、愛しくて……幸せでした」
愛してもらうだけでよかったんだ。
「渚……」
せつなさんの声ににじみ出る喜びが私の心も同じように高めてくれる。
「次は私に触れる喜びを教えてください。……好きな人に触れられる喜びを、知ってくださいね」
恥ずかしいとは思う。けれど、いけないことともいやらしいことだとも思わない。
私は愛を伝えているんだから。
「……えぇ、今度はあなたの愛を私に教えて」
その時になったらやっぱり恥ずかしくてうまくできないかもしれないけれど、それでも迷わず私の愛を伝えよう。
ゆっくりで、不器用な私達。
これが私達らしさなんでしょうね。
これから先、順調に行くことばかりじゃないかもしないけれど、それでももう互いの愛を信じて、私達は愛をはぐくんでいく。
……そのことを確信し。
「……はい」
今は強くせつなさんを抱きしめるのだった。
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