たぶん、普通なら人に相談するようなことじゃない。それに話すにしても恥ずかしくてとても言えない。

 でも今の私はあまりにも自信がなくてどうすればいいかわからなくなっていた。

 自分の想像する都合の悪いことばかりにのみに考えを囚われてまともな状態ではなかった。

 このままじゃまともにせつなさんと話すことなんてとてもできないと考えた私はある人へと連絡を取った。

 いつもご飯を食べるテーブルのイスに座りながらすがるような気持ちで耳元から聞こえるコールの音に効く。

 今私に起きたことと、これから話そうとしていることのせいか数回のコールすらとても長く感じてしまったけれど幸いにしてちゃんと相手は出てくれた。

「はい」

「あ、え、絵梨子さん……」

 電話の向こうにいる相手に確認するように問いかける。

「また渚からかけてくれるなんてね、どうかした?」

「え……?」

 話したいと覆った相手の声を聴き、どうしたのと問いかけられたところで

(私、何を話すつもりなの?)

 冷静になってしまった。

 不安と焦りから信頼できる人に相談はしたいと思ったけれど、よく考えると話せるようなことじゃない。

 だって今聞こうとしているのは、ひとまとめにするとえっちがうまくいかなくてせつなさんによそよそしい態度を取られているけどどうしたらいいか? っていうこと。

 確かに私はこの人を信頼しているし、そもそもある意味きっかけをくれた人でもあるけれどこんな恥ずかしいことを話せるわけがない。

「渚?」

 とはいえもう電話をしてしまったのに何でもないなんて言えるわけもなくて……

「……じ、実はせつなさんに、き、嫌われたかもしれなくて」

 嘘はつかずにそれだけを伝えた。これも藪蛇でしかないのだけれど、今の私にはそんな冷静な判断はできない。

「それは……穏やかなことじゃないわね」

 絵梨子さんも戸惑ったんだろう。困惑したような息遣いを感じる。

「喧嘩でもしたの?」

「えぇと……そういうわけではなくて……」

 言葉を探す。直接何があったのかは言えないけれど、でも何か解決へと糸口が欲しいのは本当だから。

「幻滅、されたかもしれないんです」

「……幻滅、ね。どうして?」

「…私はせつなさんと協力、しなければいけなかった、のに……私は自分のことだけで精一杯で、せつなさんの期待に応えられなかった、から」

(……何を言っているの、私は)

 これで気づかれることはないだろうけれど、逆にこんな抽象的なことを言われたって言えることなんて何もないだろうに。

 自分への情けなさと、申し訳なさに電話を持つ手に汗を感じていると

「なるほどね」

「っ?」

 なぜかその呟きに胆が冷えた。

「私には二人の間に何があったかはわからないわ。渚が何をどううまくできなかったのかはわからないし、せつながそのことをどう思っているかもわからないわ」

 わからない、という割にはなぜかその言葉にはしっかりとした語気があり、伝えたいことが明確になっているような口調だった。

「でもね、渚。以前にも言ったかもしれないけど、せつなはそれで渚のことを嫌いになるような人間なの? 初めてが上手くいかなかったからって渚に幻滅しちゃうような人間?」

「え?」

 何か、不自然なことを言われたような……?

「渚が好きになった人はそんな人なのかしら?」

「それは……嫌いに、なったりはしないかもしれない、です」

 絵梨子さんの言葉にどこかおかしなものを感じた気はしたけれど問われたことに精一杯になってそちらを答える。

「なら、二人できちんと話しなさい」

「でも」

「不安なのはきっと渚だけじゃないわよ。好きな人とぎくしゃくしてしまって悲しんでるのは貴女だけじゃない」

「あ……」

 言われてようやくそれに気づく。いや、私は何度もそれを自覚してはいたはずなのについ忘れてしまうことばかりだった。

「せつなだって貴女と同じなのよ。だから、貴女も勇気を出してせつなのことといろんなことを話しなさい。愛はどちらかからだけじゃなくて、二人で育てていくものよ」

(……この人はやっぱり素敵な人だな)

 きちんと大人として子供な私を導いてくれる。

「……ありがとうございます」

 すぐには無理だけれど、いつか私もこの人のように人から素敵だと思われる人になりたいと思いながら想いを込めて感謝を伝えた。

「いいのよ。何かあったらいつでも相談して」

「はい」

「ふふ、それじゃあ、頑張ってね」

「………? はい」

 ところどころに意味の解しきれない言葉はあったけれど、そのことを深くは考えられずに御礼を述べるのだった。

 

 ◆

 

 可愛い妹との電話を終えた絵梨子は心の中に湧く何とも言えない気持ちに思わず唇を緩める。

 この気持ちをうまくは言葉にできないが、どんな気持ちかと言えば嬉しい気持ちだということは間違いない。

(自惚れてるのかもしれないけど、我ながら結構信頼されているのね)

 そのことを自覚するのは意外なほどに心を弾ませてくれた。

 なにせ【二人】に相談されたのだから。

 そう実は渚から電話がかかってくる数十分前にもう一人同じことで悩んでいる若人からお悩み相談があった。

 内容も似たようなことだった。

 渚に嫌われたかもしれないと同じように始まって、

 一方的なことを渚にしてしまった。

 無理をさせてしまったかもしれない。

 傷つけてしまったかもしれない。

 そんなことを焦った口調でまくし立てられ、なんとなく言葉の調子やはぐらかし方で絵梨子は二人の何があったのかを察してしまった。

 そのことを相談するせつなの若さを微笑ましく思いながら、気づいているということは一応隠して、渚が嫌だと言ったのかと聞いた。

 するとせつなは息を飲んだ。

 渚は最後まで気づかなかったようだが、せつなは絵梨子が気づいたことに気づいたのだろう。

 それから言葉数は少なくなったが、きちんと渚と話し合えとアドバイスをする絵梨子の言葉に冷静に頷いていた。

(それにしても初々しかったわね)

 人に話すということも若さを感じられたが、それ以上に互いに自分が悪かったようない方をするところがまた若く、だからこそ愛おしく感じられた。

「まぁ、今度はうまくいくのかしらね」

 何気なく呟いたそれは下世話にして大きなお世話でもあり、自嘲気味に笑みを浮かべると絵梨子は同時にあることを思った。

 互いに恋人を思いあう妹たち。そのこと自体はただ微笑ましくもあったが、そんな二人の熱愛に当てられてはこちらとしてもたまらない。

(あんまり大人らしくはないのだけど)

 二人にいかにも大人な対応をしておいてこんなことを思うのは情けない気もするのだが、今胸にある気持ちをあえて言葉にするとすれば、

「……………ときなに会いたいな」

 嫉妬だ。

 平たく言うのならラブラブな二人にうやらましくなって自分も恋人に会いたくなったということ。

 とはいえ、一緒に住んでいるうえにある程度の自由が利く身分である妹たちと、社会人として勤めている自分とでは差がありすぎていて

「せめて、声だけでもね」

 と自分も恋人へと電話をかけるのだった。  

 

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