白のブラウスと水色のリボン。そして、腰を紐で止めた紺色のジャンパースカート。

 それがこの私立星花女子学園の制服。

 照りつけた暑い日差しに柔らかさが宿り、吹く風に涼しさを感じる十月。

 私はその制服に身を包みながら緊張の中にいた。

 

 

 春川鈴。

 できるだけ丁寧な字で黒板にそう書いた。

「はるかわ、すずって言います。えと……」

「はい。彼女はご両親の都合でこんな時期ですが転校してきました。彼女は……」

 教卓の脇の佇みクラスの視線を集める私は、昨日遅くまで考えていた挨拶をしようとしていたのに、このクラスの担任だっていう先生にそれを遮られてしまう。

(………うぅ、苦手だなこういうの)

 転校をするっていうことは初めて。

 今まで自分の席に座って、どんな子だろうって眺める側だったけど実際にするのは想像をした以上に精神を削るものらしい。

「それじゃ、最後に何か一言どうぞ」

「え……あ、ふ、不束者ですがよろしくお願いします」

 集まる視線に戸惑っていた私は急に担任の先生に促されて、何も考えられずにそう口にする。

(あぁぁ………)

 言ってしまったからしまったって思っても遅い。

 変なことを言ったわけじゃないけど、クラスの中にいくつかの笑いが起きる。それはもしかしたら好意的な意味も含まれているのかもしれないけど、頭の中が真っ白になっちゃってる私はそれが失笑にも映って

(……やっちゃった……)

 落ち込みながら、案内された席に座るのだった。

 

 

「……はぁ」

 ため息。

 人生でも最大級の緊張をした朝の挨拶から数時間後。恒例であろう質問攻めと二つの授業を乗り越えた私は一人の場所でため息をついていた。

 それはクラスにうまくなじめなかったからということじゃなくてもっと単純な問題。

「……うぅ、音楽室ってどこなんだろう」

 次に授業を受ける教室がわからないということだった。

 白い壁と、リノリウムの床に囲まれた変哲のない廊下を歩くけれど、まったく場所がわからなくてふらふらとおぼつかない足取りで校舎をさまよっている。

 どうしてこんなことになっているかっていうと、それは十分ほど前。二時間目の授業が終わると同時に担任の先生に渡すものがあると呼び出された。それだけならすぐに戻れたんだけど、担任の先生に学校はどう? なんてまだ答えようのないことを話されたりして、いつのまにか休み時間が終わってた。

 急いで教室に戻ったけど、そこには誰もいなくてただ時間割に音楽ってあるだけだった。

(……忘れられてたってだけだとは思うけど)

 いじめとかじゃなくて、単純にもう誰かが連れて行ったとかそういう風に思われて教室には誰もいなかったんだろうけど、それでも不必要に落ち込んじゃってとぼとぼと校舎を歩いている。

 この星花女子学園は歴史もあり、創立から五十年以上がたった今でも他県からも人が集まってくるような学校で広大な敷地を持っている。

 五階建ての校舎に、当時は全生徒が通っていたという寮、全国的にも有名な部活動も多くグラウンドや体育館もそれぞれ二つ以上あり、また文科系の部活動も盛んで大きな部活棟も存在し、これまで私が通っていたどの学校よりも圧倒的に大きな場所。

 中の作り自体は普通の学校とさほど変わらないけれど、知らない教室の場所がわかるわけはない。

(もう、授業始まって大分経っちゃってるよね……)

 その事実が一層私を焦らせる。ただでさえ目立つのは嫌なのに、こんなことをしてたら余計に目立っちゃう。

(どうしよう。教室に戻ったほうがいいのかな)

 心配して誰か様子を見に来てくれているかもなんて、考えていると

「きゃ!」

 ちょうど曲がり角で何かにつまずいて……

「おっと……」

 バランスを崩した私は誰かの手に抱きとめられる。

「ごめん、足がかかっちゃったね」

 何が起きたのかわからずに誰かの胸に飛び込んでいた私の耳にハスキーな声が聞こえてきた。

「あ、だ、大丈夫です」

 そこでやっと私は曲がり角で彼女の足に躓き、彼女の胸に飛び込んだんだと気づく。

「そう。ならよかった……と、春川さんか。よかった、探してたんだよ」

 私が離れると彼女は私の姿を改めて確認して私のことを呼ぶ。

「あ、えと……」

 私の方も彼女に見覚えはあるのだけれど、名前が出てこない。

「自己紹介はしてないね。私は森野千秋。春川さんと同じクラスだよ」

 彼女は人好きのする笑みを浮かべながら私に自己紹介をした。

(……感じのいい人だな)

 ショートカットの髪に、切れ長の瞳、スカートの下から覗くすらっとした足。どこか中性的にも思える雰囲気はあるけど胸は私よりもあるのは抱きとめられた感触でわかっている。

「あ、春川鈴、です」

 反射的に私も名前を告げると、森野さんはそれは朝聞いたよと軽く笑った。

「挨拶の時も思ったけど、面白い人みたいだね」

(……受けを狙っているわけじゃないんだけど)

 好意的にとらえられているみたいだからわざわざ否定する必要はないかな。

「あの、森野さんは、どうしてこんなところに?」

「どうしてって決まっているよ」

「え?」

「君を探しに来たんだよ。中々音楽室に来なかったからね」

「あ、それは……」

 私がこうなった経緯を話すと森野さんはなるほどと少し申し訳なさそうに言った。

「それで迷子になってたのか。それは悪いことをしたね」

「森野さんが悪い訳じゃ」

「いや、私が悪いよ。こう見えて一応クラス委員だからね。ちゃんと春川さんが向かったのかを確認してから教室を出るべきだった」

 間違ったことを言っているわけじゃないかもしれないけど、でも意図的にそうしなかったわけじゃないのなら罪悪感を感じるほどのことじゃないって思うけど。

「よし! お詫びに放課後学校を案内しよう」

「え? でも、いいの?」

「あぁ。今日は部活もない日だしね」

 さばさばと告げるその誘いはありがたい申し出。これから卒業までの一年半、いずれはなれるだろうけど早くなれるに越したことはないから。

(……でも)

 案内をするっていうのは二人きりなのかな?

 それが嫌っていうわけじゃなくて、今日初めて会った人と二人きりになることに対しては少し不安になる。

(……けど、ここは前とは違うんだし)

 そのことを意識すると、積極的にならなきゃとも思えて

「じゃあ、お願いしてもいい?」

 そういっていた。

「あぁ、不束者だけどよろしく」

「っ、も、森野さん!」

 私が失敗をしたと思った挨拶。森野さんはそれをちゃかしたのだけど、不思議と嫌な気持ちにはならないで二人で笑いあう。

「さて、放課後はともかく今はもどらないとね。いこっか」

「うん、ありがとう森野さん」

「千秋、でいいよ。私も鈴って呼ばせてもらうから」

「う、うん。千秋、さん」

「よし、改めてよろしくね、鈴」

 これが千秋さんとの出会い。

 この時は千秋さんとあんなことになるなんて考えられるわけもなかった。

 

 

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