放課後、約束通り千秋さんに学校を案内してもらった私はこれからの生活の拠点のなる寮の自室戻っていた。
学校の設立と同時に建てられたっていうこの寮は白亜の壁が特徴的な洋風の建物。青い三角の屋根にケースメント窓とまるで映画のセットみたいなお話の中にいるような気にさせてくれる素敵な建物。
寮の中も広くて、一時は数百人もいたという話。今はさすがに少なくなって百人程度らしいけどそれでも十分に賑やかに感じる。
部屋のほとんどは二人部屋で、これもかなりの広さを誇る。
ベッドは二段ベッドなんかじゃなくてきちんと二つあるし、ベッド脇には勉強机、クローゼットも共用じゃなく二つずつ用意されて、それとは別にテーブルも用意されている。
その二人で十分に広い部屋の中、中央のテーブルでお菓子を広げながら同じ部屋の音の子と雑談を交わしている。
「へぇーそれじゃあ、ずっと千秋先輩と一緒だったんですか」
この部屋で一緒に暮らすことになった女の子。少し幼い顔立ちをして、左側に髪を結わえたサイドポニーの似合う彼女、神室冬海ちゃんは私が遅くに帰ってきた理由を告げると羨ましそうに言った。
「うん」
「いいなぁ、千秋先輩に学校案内してもらえるなんて」
テーブルに頬杖を付きながら、うっとりとした声を上げる。
その女の子らしい仕草を可愛いと思いつつ疑問を口にした。
「千秋さんのこと、知ってるの?」
「そりゃあ、知ってますよー。かっこいいし、美人だし、面倒見もいいって評判だし、陸上部のエースだし、一年生の中じゃ憧れてる子は多いですね」
「そう、なんだ」
聞いていて不思議と納得をする。
確かに千秋さんはそういう雰囲気がある。外見もさることながら、面倒見がいいというのは実感したばかりだし、下級生の憧れになる要素はそろっている気がする。
「あ、でもでも! 鈴さんのことも美人だって思ってますよ」
「あ、はは、ありがとう」
冬海ちゃんのお世辞に軽く応えて、冬海ちゃんが用意してくれたお菓子を手に取る。
ちなみに仲睦まじく話せているとは思うけど、彼女と話すのは今日で二日目。
昨日寮にやってきた私は色々あってついたのは夜になっていて、話したのは寮母さんと同室になった彼女だけ。
同室の子が学校をやめてしまったらしく一人で寂しかったという彼女はルームメイトになる私を好意的に迎えてくれて、すんなりと仲良くなることができた。
私は一人っ子だから年下の彼女を妹のように思っているのかもしれないし、彼女も姉ができたみたいだと社交辞令かもしれないけど言っていた。
「美人っていえば、寮の中ですごく美人な人いない?」
「あー、もしかして、蘭先輩のことかな?」
「名前は知らないけど、金髪の…」
帰ってきた時に廊下ですれ違っただけだけど、あまりに綺麗でまるで西洋人形がそのまま動き出したような、そんな現実離れした女の子を見かけてた。
「それなら、やっぱり蘭先輩ですよ。夏目蘭先輩、三年生です。あの人はちょっと別格っていうか」
「外国の人……? あ、でも蘭っていうことはハーフ?」
「ハーフらしいですよ。お母さんがイギリスの人らしいです。帰国子女でもあるらしいです」
「そうなんだ」
つぶやきながら、すれ違った時のことを思い出してみる。
整った顔立ちと、心を奪う見事な金髪。
まるで漫画や映画の中からそのまま出てきたような現実離れした魅力を感じさせる人だった。
「でも、あの人はさすがに高嶺の花ですね。あんまり話したことないですけど、私としては断然千秋先輩を推します」
冬海ちゃんはそう言って大きく頷いた。
わざわざ比較する場面でもないのにこんな風に千秋さんのことをよく言うのはそれだけ憧れているっていうことなんだろう。
誰かにそんな風に慕われている人と偶然にも親密になれたのは幸運だったのかもしれない。
「あ、外国と言えば鈴さんも帰国子女なんでしたっけ? 確か昨日そんなこと言ってましたよね」
「あ……う、うん」
彼女の好奇に満ちた質問に私は曖昧に頷いた。
彼女の言っていることは正しいのだけれど、私にとってあまり触れたくないことだから今日の自己紹介でも親の都合っていうことだけしか言わなかった。
「いいなぁ、私外国なんて行ったことないですよ」
「……そんなにいいってものじゃないよ」
少なくても私にとってはそうだった。
海外で仕事をすることになった両親についていって、一年だけ向こうの学校に通ったけど全然なじめなくてこうして日本に逃げ帰ってきた。
一人暮らしなんてさせられないって寮のあるこの学校に入ることを決めて、今こうしている。
「やっぱり私は日本が好きだな」
そんなことはわざわざ口にしたいことじゃなくて私は、冬海ちゃんにそう言って曖昧に微笑む。
「うーん、まぁ、住むのとただ行ってみたいっていうのは違うものですし、そんなものなのかもしれないですね。私もここに来てから実家帰ったとき、やっぱり実家はいいなって思ったし」
「……そういうこと」
少し違うかもしれないけれど、わざわざ話を戻したくなく私は同意を示す。
「あ、そろそろご飯の時間ですね。自己紹介あるけど大丈夫ですか?」
「ん……まぁ、なんとかやってみるよ」
少し嫌なことを思い出してはしまったけどそれでも彼女と一緒の部屋になれたことは嬉しいことだって思いながら私は、今日二度目の緊張をする舞台へと上がっていった。