「貴女、おかしいわ。ってね」
淡々と響いたその言葉に、私は心が潰れるような思いを受けた。
数十分前に私が蘭先輩に向けた言葉。それがどれだけ鋭く蘭先輩の心を切り裂いたのか今ならわかる。
それに罪悪感を感じる必然性はないはずだけれど、それでも私の心は穴でも開いたように焦りと不安が漏れ出していた。
蘭先輩はそんな私を見ることはなく言葉を続けていく
「それでも私はわからなくて、彼女をベッドに誘おうとして手を伸ばし……頬を叩かれた」
言いながら頬に手を当てた。痛みを思い出しているだけじゃなくて、今も心の裡に傷が残っていることをわからせる悲痛な表情をしたまま。
そして絢さんには距離を取られるようになった。
ショックだったわ。
絢さんは私を見るたびに悲しそうな顔をした。それもただ悲しいというだけじゃなくて、私に対する………失望を感じた。
自惚れって思われるかもしれないけれど、絢さんも私を特別に思ってくれていたのだって思ってる。
絢さんからしたら裏切られたんでしょうね。私は絢さんの期待したような人間じゃなかったから。
それどころか……たぶん普通の感覚なら軽蔑に値する人間だったから。
そして私はようやく気付いたわ。
あの人を傷つけたんだって。自分の感覚を絢さんに押し付けて、彼女の期待を裏切った。
そして、自分がずれた人間だっていうことを知ったの。
いやもしかしたらわかってはいたのかもしれないわね。でも、私は自分でそれを認めることはしなかった。
だって、それはお姉さまのことを否定するような気がしていたから。お姉さまの言うことが間違っているなんてそんなことを私は認めるなんてできなかった。
でも絢さんに拒絶されたことでようやく私は、ずれた人間だって気づいて、しばらくは誰ともしなくなった。
たぶん、私だけの問題だったらそれで終わっていたかもしれない。
でも………もう私だけの話じゃなくなっていたの。
私は当然のように周りから求められたわ。
その時にはもう内緒のコミュニティが出来上がっていて、私はその中心だった。何日かは放っておいてくれていたけど、私の事情なんてしっているわけがないし、都合よく場所まで手にいれていたせいで、あの部屋に集まってエッチするのは当然のもう規定の事実になっていた。
そして、私はそれを拒絶なんてできるわけがなかった。
だってそうでしょう。
私がみんなを引きずり込んだのに、私がそれを断ち切れる? 今更こんなことは普通じゃないからやめようなんて言える?
そんなことできるわけないでしょ?
だから私はこれまでと同じようにみんなとの関係をつづけた。
……絢さんとのことを紛らわせたかったのかもしれないのもあるけど。
それからは今とあまり変わらないわ。
私は相変わらずおかしいとは思えなかったけど、でも絢さんみたいに傷つけることは嫌だったから、相手は多少選ぶようになったけれどね。
私にできたのはそうやって自分で築いたコミュニティを守っていくことだった。
……そういう意味じゃ貴女にしたのだって、そういうことなの。私の責任で始めてしまった秘密を守らなきゃいけない。私のせいで彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかない。彼女たちの期待に応えなきゃいけない。
まぁ、楽しんでいたことも否定はしないけれど。
と、冗談とも本気ともとれる言葉をシニカル笑いながら言って、
「楽しくも、面白くもない話でしょう?」
長い長い話を終えて蘭先輩は私を見た。
感情を隠し、心を偽り、平気な振りをする彼女を見て私は
「貴女が泣くことじゃないわよ?」
涙を流していた。
「……………でも」
自分で自分が泣いている理由がよくわからない。
ただ蘭先輩の話が心の中にある何かを揺らして、私の涙腺を刺激していた。
私なんかじゃ蘭先輩の気持ちを理解できるわけがない。でも、蘭先輩が私へと見せてくれた心があまりにも切なくて私に涙を流させた。
「蘭、先輩」
何を言えばいいのかもわからない。何をすればいいのかもわからない。
何もわからないまま、私は心の叫びに導かれるように蘭先輩の肢体を抱きとめていた。
「私に慰めてもらうような価値なんてないわよ?」
蘭先輩は冷静な声を出す。私が取り乱しているからこそ余計にそう感じるのかもしれないけれど、でも私にはその落ち着いた態度が逆に悲しみを誘う。
「そんな風に言わないで、ください。価値とか、そういうことじゃなくて」
理由は自分でもうまく説明はできない。
でも、一つ言えるのは。
「泣いている人がいたら、助けたいって思います」
「……泣いているのは鈴ちゃんのほうだけどね」
こんな時でも蘭先輩はごまかそうとしたけれど、抱きしめる腕に力を込める私に
「……ありがとう」
と言って、私達は口づけを交わした。