結局私は話すことにした。

 私に絢さんの気持ちはわからないけれど、でも知りたいと言ってくれたその気持ちを無視なんてできない。

 ……いえ、違うわね。真意がどうであっても絢さんに求められたことが嬉しくて、応えたいと考えてしまったの。

 ……もちろん、愉快な話ではないのだけれどね。

 私が話している間にも絢さんはベッドに上がることはなく、ほとんど黙ったまま耳を傾けてくれた。

 少し前に鈴ちゃんに話したのと同じことを隠すことなく伝えていった。

 お姉さまに手ほどきをされたこと、自分もお姉さまと同じようなことをしてきたこと。

 それから日本でのこと、瑞奈と初めてしたこと、この寮でそういう関係を紡いでいったこと。

「そして……絢さんに、出会ったんですよ。お姉さまを思い出す、貴女に」

「…………」

 終始口を開かない絢さんだけれど、表情は驚き、同時に悲しみも含んでいるように見えた。

(……ショックを受けない人はいないんでしょうね)

 私にはあまり共感のできないことだけど。

 反応はひとそれぞれとしても、その普通ではない経験に驚くのが「普通」なんでしょうね。

「……後は、知っての通り、じゃないですか」

 お姉さまと似ていることは認めても私はここに至っても臆病で鈴ちゃんの望みの通りではない行動をとった。

 すなわち、本当の意味での告白を隠したの。

「一つ、聞かせて」

「っ」

 ギシっと、ベッドが軋む。絢さんがベッドへと上がったから。

「なん、ですか」

「私にはどうしてしてきたの?」

 ベッドに手をついて前かがみに私を見る姿は、今の私には刺激的で目を逸らしたくもなる。

「……お姉さまに、似ていた、からです。それに……お姉さまへの気持ちに気づいた時に傍にいてくれたから………」

 「それだけです」と最後に付け加える。自分の心に逆らい、言い聞かせるように。

「……そう」

 と言いながら絢さんは今度は私の前に座った。それから私を見ては目を逸らすということを何度か続けてから、

「………………本当に、それだけ?」

 耳にというよりも心に響いた声。

「私は、「おねえさま」、代わり?」

 ここは分岐点な気がした。

 私は絢さんがここに来てから、おそらく鈴ちゃんの思惑通りではないことを選択し続けた。ここでもそうすれば、話は終わったかもしれない。

 私と絢さんはこれまで通りになれたかもしれない。

 ……これまで通り……卒業まで、今の距離を保ち………中途半端に想いを抱えたまま二度と会わなくなってしまったのかもしれない。

 けれど、そんなのは

(いや……っ)

 心の声が、目を背け続けてきた気持ちに自分の望みに向けさせる。

「……違い、ます」

 傷つくのかもしれない。傷つけるのかもしれない。

 でも、この想いを抱えたまま絢さんと会えなくなってしまったら私の心は腐ってしまう。そんな気がしたから。

「代わりだったかもしれないです。……お姉さまの気持ちに気づいて想いが叶わないことに気づいた時に心の隙間を埋めただけだったかもしれない」

 「でも」と続け絢さんへと体を向ける、前屈みになった体を支えるためにベッドへと手を突きながら。

「……鈴ちゃんに、言われました。私を嫌いになったのは……「お姉さま」じゃないって。……絢さんに嫌われたから私は悲しかったんだと。……いえ、違います」

 目を見る。

 私とは違う綺麗な黒の瞳。吸い込まれて……しまいたい。

「……私は絢さんが好きだから、悲しかった。好きだから、嫌われたくなかった。好きだから嫌われてもずっとあなたのことを見てた」

 それはずっと私の中にあった気持ち。軽蔑されても、嫌われても、私の中から消えることはなかった大切な想い。そして、心の奥に閉じ込めていた想い。

「私は、絢さんが好きです」

 その気持ちを目をそらさずに伝えた。

 この想いを自分の中だけで抱えたくはないから。

 例えこの想いが砕けるとしても、抱えたままじゃ生きてはいけな……

「っ……」

 手を、添えられた。

 ベッドについた私の手に、絢さんの手が。

「蘭。……私は、ね」

 少し震えた手。久しぶりに触れる好きな人のぬくもり。

「貴女のことを知って、驚いたわ」

「そう、でしょうね」

「春川さんに言われたの。私は、蘭のことを何も知らずに勝手なことを思ってるって」

「……鈴ちゃんこそ、「勝手なこと」な気がしますけどね」

「かもしれない。でも、確かに私は何も知らなった、のね」

 そう口にする絢さんは罪の意識を抱いているようにも見えて胸が痛んだ。

 だって

「理由があったから許されるわけではないでしょう」

「……えぇ。それはもちろん、そうよ。許されるわけじゃない。でも……っ」

 ぎゅっと手を握られた。

「私は……何も知らないで、蘭を傷つけたのね」

「……それは、何も知らなか……」

「知らないから許されるわけじゃないわ」

「っ………」

「私ずっと貴女を軽蔑していたわ。理解できないって、そう思っていた」

 それは多分普通のことなんですよ。それも私には理解できないですけどね。

「理解は、出来なかったの」

 繰り返されるのはわかっていても愉快ではないなとそんなことを思っていると。

「けれど、理解は出来なくても、忘れられなかったわ。蘭のことが」

「…え?」

 今、何を? 想像だにしていなかった都合のいい言葉が聞こえて……?

「私も……蘭のこと、いつも……考えていた。おかしいと思っているのに、普通じゃないってわかってるのに。でも……忘れられなかった」

 強く握ってくれていた手を緩めて、再び優しく添えられる。

「私も、春川さんに気づかされたんだけどね」

「っ………」

 それは、つま……り……?

 あまりに都合がよすぎて本当に現実かと疑ってしまうような言葉に呆然と絢さんを見返した。

「私も、貴女が……好きよ、蘭」

「っ……」

「貴女の話に同情したとかじゃない。好きよ」

 信じられない。信じていいとすら思えない。でも、この手に触れてくれるぬくもりは間違いなく本物で……

「あや、さん……」

 衝動が、情動が私を動かしそうになり

「ぁ……」

 一瞬、とどまる。

 絢さんの気持ちを疑ってるわけじゃない。けれど、ここで私からしていいと思えるほど私は強くなくて

「あ……」

 今度は困惑の中にも嬉しさを隠せない声を出して

「……蘭」

 愛しい人から呼ばれる名の響きに酔いしれ

「んっ……」

 その口づけを受け入れていた。

 

12−5/12−7

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