鈴ちゃんはあの後、すぐに部屋を去って私は一人残されることになった。
私は、ベッドに仰向けになって天井を見つめる。
私の絢さんへの気持ち。鈴ちゃんの言う通りだとは簡単には認められない。
一年以上もあの人に拒絶されてから、今の距離を保ってきたの。本気でこれ以上傷ついて欲しくないために誰にも近づいて欲しくないと思っていたの。
そんな私が簡単に好きだなんて認められるわけがないじゃない。
いいえ、というよりも鈴ちゃんは肝心なことを見落としているわ。私が本気で絢さんを好きだったとして、だからどうしたということなのよ。
鈴ちゃんは伝えなくちゃ後悔すると言っていたけれど、それは私の問題なの。
「……鈴ちゃんは、直接言われたわけじゃないものね」
今でも思い出せるわ。
あの日、この部屋で絢さんに軽蔑された日のこと。
異常なものを見るような目で、私を見てきた。そして、その意味すら理解できなかった私。
絢さんは私を心から蔑み言ったの、おかしいと。
私はそうやって絢さんを傷つけたのよ。
そんな私が、自己満足のためだけに告白をしていいはずがないじゃない。
私は許されないことをしたのだから。
「……そう、よね」
心の天秤が鈴ちゃんの望まない方向へと傾いていく。鈴ちゃんと一緒にいた時には少し流されそうになってしまったけれど、でもよく考えれば大切なのは私の気持ちじゃないわ。
……絢さんの気持ちなのよ。
これ以上、あの人に余計なものを背負わせたくないの。
……嫌われたくないというだけかもしれないけれどね。
あぁ……もしかしたら鈴ちゃんの言う通りなのかもね。嫌われたくないっていうのはつまりは、「そういうこと」かもしれない。
でもね……だからこそ私には言えないわ。
「鈴ちゃんには、怒られちゃうかしら」
なんてシニカルに笑う私は
「……少し、いいかしら」
ここでは絶対にあうはずの人から声をかけられていた。
◆
「あ……」
多分、わかりやすく狼狽したわ。
だって、ここでは……ここでだけは会うとは思っていなかったんだから。
絢さんに侮蔑されたこの場所ともう一度絢さんとあうなんてありえないはずなんだから。
「………蘭?」
「っ」
そう呼ばれることにも驚く。
ファーストネームで呼ばれるのはあの日以来だから。
「あ、は、い」
どうにか小さく頷くと、絢さんはこちらへと近づいては来たけれどベッドには上がらないで立ったまま私を見ていた。
「何か、ご用でしょうか」
「……蘭、が用があるんじゃないの?」
「え?」
今度は困惑する。用があるかはいざ知らず、私に絢さんを呼ぶことができるわけないと知っているはずなのに。
「春川さん、ここに来てって言っていたから」
「鈴ちゃんが…? ……っ」
大体の状況は理解した。
(なんて、おせっかいな子、なのかしら)
それに行動が早いわよ。
「……………」
考える暇すら与えてくれないのね。いえ、時間を与えれば私が鈴ちゃんの望まない答えをだすということを見抜かれていたのかもしれない。
「そう……ですね」
なんと答えるべきかと迷う。
そもそも私に話せることなんてあるのかしら。
私の気持ちがどうだとして、今更それを伝えても仕方ないのはわかり切っていること。
無意味に告白をしてまた傷つく未来があるだけじゃないの?
(鈴ちゃんはそういうところを考えてくれなかったわね)
もっとも自己満足だとしても告白をして、私の中で区切りをつけさせるということが目的だったのかもしれないけど。
「……蘭が、話がないのなら」
何も言えない私にしびれを切らしたのか絢さんは小さくそれを口にした。
普通ならもう出て行くという言葉が続くでしょうけれど。
「少しだけ、いい?」
予想外のことを言われた。
絢さんの方から私に話をされるなんて思ってもいない。
でも
(……ぁ)
まだ内容もわからないのに絢さんがそうしてくれたということが胸の奥が暖かくなる。
それは鈴ちゃんの言うことを認めざるを得なくなるようなそんな心の動き。
「春川さんに言われたの。蘭のこと、何も知らないって」
「そう……ですか」
……本当に鈴ちゃんは………おせっかい、ね。
「それは、どういう、意味……?」
私を見つめる絢さんの瞳。
戸惑いながらも私を見つめてくれる瞳には、私の知らない想いが宿っているような気がした。
(……鈴ちゃんは意外と辛辣なのね)
おそらくだけど、絢さんに何かを話したんでしょうね。でも、肝心なところは伝えていない。多分、お姉さまとの関係のことは。
それを話せということが私にとってどれだけのことかを知らないわけじゃないのに。
「……どういう意味、でしょうね」
まして、相手が絢さんではなおさら。
正直言えばここで引き下がってほしかった。私にはまだそこまでの覚悟がなかったから。
でも
「貴女がここでしてることと関係が、あるの……?」
「っ……」
心の中を弱いところを刺激されたような気分。
絢さんも同じなのか私を見てくれているのに、どこか不安げで今にも目を逸らしたがっているようにも見えた。
何ともいえない不思議な空気。緊張はしているけれど険悪ではなくて、でも親密なはずもない本当に緊張だけが走っているようなそんな部屋の中。
その中で私の方が弱気だった。
頭の中にはこの場から逃げる算段すら考えていたのに
「………話して、くれる?」
「っ……」
「知りたいの、蘭の……こと」
意外なんて言う言葉じゃ説明できないほどの衝撃を受けていた。