【その場所】に来ると、足が震えた。
そのことは何度も思い出しちゃったけど、それでもこの場所は全然立つ意味が違う。
外国になじめずに戻ってきた日本。不安はあったけど、千秋さんや冬海ちゃんのおかげでやっていけるって思ってた。
不安よりもこの寮で過ごす楽しみの方が大きくなってきてた。
その世界が変わった場所。
楽しみだったはずの日常が不確かな世界へと変わった場所。
……私の、はじめての場所。
相変わらずルームプレートもなくて、今は鍵もかかっている。
何の部屋なのかはわからないまま私は部屋の前で千秋さんと蘭先輩について考えていた。
普通じゃない関係。
もし、二人の関係が恋人だって自分で納得できたのならこんなことはしなかった。一人で蘭先輩と話そうなんて思えなかった。
でも、
(……普通じゃない)
千秋さんと蘭先輩は普通じゃないって思う。いいえ、普通じゃないどころじゃなくて……異常って思うの。
千秋さんは本当に蘭先輩のことが好きなんだと思うけど、見えるけど。蘭先輩は……少なくても千秋さんが蘭先輩を想うような気持ちじゃない。
千秋さんはこの学校での初めての友だち。
だから、もし蘭先輩が千秋さんのことを【好き】じゃないのなら……私は千秋さんの力になりたいって思う。
そう決意を固める私の耳に
「へぇ、ほんとに来てくれたんだ」
蘭先輩の含みのある声が聞こえてきた。
「っ……」
背中にかけられた声に振り返って、私はお人形のように綺麗な彼女のことを見つめた。
「来てほしいなとは思ってたけど」
「ぁ………」
蘭先輩の手が私へと伸びてきて頬をくすぐった。
昨日はただ怯えてただけだけど……
「っやめ、てください」
私は蘭先輩の手を取って頬から離してそういった。
「……ふぅん。とりあえず中に入りましょうか」
蘭先輩は一瞬予想外って顔はしたけど、すぐに余裕のある笑みを浮かべると持っていた鍵を使って部屋のドアを開けた。
普段使っている寮の部屋よりも少し小さい程度の部屋。フローリングの床と白い壁と淡い照明。
けど、机もテーブルも本棚もクローゼットもなくてあるのは大きめのベッドが一つ。
「座って話しましょ」
そういう蘭先輩はまっすぐにベッドに歩いていって、ベッドに座る。イスも何もないから必然私もそこに行くしかなくて少し距離を取って蘭先輩の隣に座った。
「この部屋はもともと使ってなかったらしいわ」
「え?」
「私がこの寮にはいるもっと前には何かに使ってたらしいけど、私がこの学校に来た頃には空き部屋だったの。それで、この部屋にベッドを入れてもらったのは私」
「そう、なんです、か」
聞いていて、え? って思った。
この部屋が何のためにあるんだろうって気になってはいたけど、蘭先輩がわざわざそれを説明する理由はよくわからないし、最後のセリフなんてもっと謎。
「寮母さんとは仲良しだから」
このお話が本当かどうかはわからないけど、【仲良し】。その言葉が普通の意味にはきこえない。
「それで色々都合がいいから鍵を管理させてもらってるの」
「都合……」
「そう、例えば……」
妖艶な微笑み。
それに一瞬見惚れて、その隙に
「ぁ………」
ちゅ。
唇を、奪われた。
昨日初めて知った感触。柔らかくて、熱いその生の触感。
「鈴ちゃんが声をあげたりしても大丈夫なようにね」
そして、再びの笑顔。
(っ………)
この人はなんなのだろう?
まともじゃない。昨日のことだって、誰にも話せないけど犯罪って言ってもいいようなこと。それを悪びれもなく、少なくてもそう見えるこの人は。
「きゃっ!?」
考え事にしているうちに蘭先輩の手が私の敏感な部分に触れた。
「や、やめてください!」
今後は大きな声でそう言えて、蘭先輩は素直に手を引く。
「あれ? わざわざここに来てくれたっていうことはこういうのを期待してたのかなって思ったんだけど、違った?」
けれど、やっぱり悪いと思っている様子はなくて私の中の怒り、みたいなものが膨らんでいく。
(どうして、千秋さんはこの人のことを……)
そう思わざるを得ない。あの千秋さんがどうして。
「それじゃあ、何をしに来たの?」
「…………」
本当言えば少し迷ってた。千秋さんとのことを聞きたかったけど、そんなことを私なんかが聞いていいのかって。いくら私が千秋さんと友達でも、そういうところまで踏み込んじゃいけないんじゃないかって。
けど、蘭先輩が、【こんな人】なら。
「………千秋さんの、こと……どう思ってるんですか?」
心に勇気を灯して、瞳に意志を宿して私は蘭先輩を問い詰めた。
「…………」
蘭先輩が私を見つめ返している。吸いこまれそうな碧眼の瞳。でも、そこにある心は歪んでいるように見える。
「あぁ……なるほどね」
蘭先輩は何かを納得したようにその瞳を細めた。
「だから昨日……」
一人納得したように気に触るような笑い方をして、
「貴女、千秋のことが好きなんだ」
私自身知らないことを口にした。