蘭先輩の言葉を聞いたとき、胸の中で何かが跳ねたような気がした。自分でも見えていなかった何かを探られたようなそんな気持ち。
「なっ……」
頬を赤くし、視線をそらして私は想像していなかった言葉に動揺する。
「な、何言って……」
「千秋のことが好きだから、昨日抵抗しなかったんでしょぅ?」
「っ!! ち、違います」
「本当は嬉しかったんじゃない? 千秋にしてもらって」
「……違い、ます」
「ほら、思い出してみて千秋が貴女に触れていた時のことを」
違うって言っているのに、蘭先輩は私のことを無視して私の心に入り込んでくる。そしてその言葉に私は
その光景を頭に思い浮かべて
「違います!」
大きな声で否定した。
「千秋さんはただの友達で……私、千秋さんのことをそんな風に考えたこと、なんか……」
「ふぅん……なら、どうして私に会いにきたのかしら? 大好きな千秋さんが私なんかと一緒にいるのが気に食わないからじゃないの?」
「ち……」
がうとははっきり言えない。
好きかどうかは置いておいて、千秋さんに蘭先輩はふさわしくないって思ったのは本当だから。
「………千秋さんのこと、どう、思ってるんですか?」
だから私はもう一度同じことを聞き返した。
蘭先輩はそんな私を品定めするかのように見つめて
「好きよ。千秋のこと」
そう言ってから
「ただし、貴女が質問した意味とは違うと思うわね」
「……どういう意味でしょうか」
それはもういい意味になんか聞こえない。
「貴女が思っているほど人は単純じゃないってことよ。私も、千秋もね」
また意味深な微笑みを浮かべる蘭先輩。そこにどんな意味や理由があるのかはわからない。
「大体、そんなに気になるのなら千秋本人に聞けばいいんじゃないの? もっとも、あの子が話してくれるとは思えないないけど」
挑発するような言葉にムッとくる。
けど、それはきっと事実なんだって思う。
だって、千秋さんは……千秋さんが好きなのは今目の前にいるこの人なんだから。
「ふふ……ふふふ、鈴ちゃんってほんと、【綺麗】ね」
「え?」
私を見つめる瞳に妖しい光が宿った。言葉にならない圧迫感と、背筋が震えるような恐怖。
「んっ……」
そして、奪われる唇。同時に腕を抑えられて抵抗できないまま
「っ……ちゅ……じゅぷ……ぢゅるぅ……」
舌で中をかき回された。
(ぁ……っ)
昨日と同じ、生々しい熱と触感に体が熱くなる。
「っぱぁ…あ……あ。なにを……きゃ!」
激しくけど長くはなかったキスから解放されると抗議の声をあげようとしたけれどその前に
ボフン
ベッドに押し倒された。
「ふふふ」
蘭先輩の……いやらしい笑い方。
人の気持ちを無視して自分の意志を押し付ける時の笑顔。
「ねぇ、鈴ちゃん?」
聞くだけで頭が痺れるような甘い甘い声。
その声に背筋を震わせていると、ついで
「私のものにならない?」
理解できない言葉が続いた。
「どういう、意味、ですか」
「そのままの意味。貴女は私のものになるの。貴女の心も体も私に捧げて私に全部を委ねるの」
「………意味が、わかりません」
何を言われているかっていうこと自体はわかる。けど、そんなことを言う意味がわからない。そんなことを要求する意味も、何もかもがわからない。
「嘘つき。わかってるんでしょう。私がどういう意味で言っているか」
「ひあ……」
蘭先輩の手が服の下に潜り込んできて直に肌に触れられた。
「可愛い反応ね」
楽しそうに蘭先輩は私のお腹を、その上を撫でまわす。
「私のものになるってこういうことよ。貴女の体は私だけのもの。他の誰にも触らせちゃダメ、私だけが鈴ちゃんのことを気持ちよくしてあげる」
「なに、言ってるんですか……」
異常なことを言われているのがわかるのに頭の中が痺れて、うまく口が回らない。
(……本当にそれだけ?)
一瞬そんな考えが頭をよぎる。何に対して思ったことかもわからず、蘭先輩は更なる言葉を続けてきた。
「貴女が望めばまた千秋と二人してあげてもいいわ」
「っ!!」
「この前みたいにね」
「っふざけないでください!!」
こんな風に千秋さんのことを引き合いに出されて私は顔を真っ赤にして怒った。
「千秋さんのこと、なんだと思っているの!? 千秋さんは貴女のものじゃ」
「私のものよ。千秋は」
「っ!!? ふっ……」
ざけないで! と続ける前に
「……私じゃない。千秋が思ってることよ」
そう言った蘭先輩の切なそうな顔に毒気を抜かれたように黙ってしまった。
「さて、どうするのかしら? 私のものになる?」
次の瞬間にはさっきの表情が嘘なんじゃないかっていうくらいに熱っぽい表情で私にそう問いかけた。
ここで頷くなんてできるわけがない。
こんなわけのわからない人のものになるなんて認められるわけがない。
けど
(千秋さん)
そのことが頭に浮かぶ。
この学校での初めての友だち。私に希望をくれた人。けど、その人は蘭先輩のことが好きで、蘭先輩は千秋さんを……好きではあっても千秋さんに本当の意味で応えているとは思えなくて。
そこには出会ったばかりの私なんかが口を出していいような事情があるかもしれなくて。
それは【外】なんかいたら絶対にわかることができないようなことかもしれなくて。
「……………ところで、鈴ちゃんは私に逆らえない」
「え?」
「そのはずよね? 私に逆らったらどうなるかわからないものね」
「っ……」
脅されているってわかった。ここで断れば昨日のことをばらす。そう言われている気がした。
「……じゃあ、嫌だったら避けてね」
私は腕を押さえつけられて体を重ねられて
「……………」
(千秋さん……)
迫ってくる蘭先輩の唇をよけることができなかった。