狐につままれたような心地になりながら私はまっすぐ寮に戻る気にもなれずにふらふらと校内を歩き回っていた。
蘭先輩との時間はあまりに異様でその意味を考えたいとは思っているのになぜか考えられず気づけば自分の教室に戻っていた。
「…………」
教室には誰もおらず私は自分の席に座りながら意味ではなく、ただ蘭先輩と話したことだけを考える。
(あの人は……何?)
異常な人だとはわかっていた。
初めて話をした日、初めていけないことを知った時から異常だとはわかっていた。
それからも、そうやって異常なくせに普通の先輩みたいなことまでして余計におかしく思えた。
そして、さっきの件。
(……やめたほうがいい?)
そんなことは貴女に言われるまでもないのよ! でも、私がこうなってしまったのは誰のせいなの!?
全部貴女がきっかけ。エッチなことを覚えてしまったのも、慣れてしまったもの、抵抗がなくなってきたのも。冬海ちゃんとしたのだって、貴女が千秋さんと学校でキスをしているところを見たりなんかしなければしなかった。
私のことを【壊した】くせに、常識人ぶってやめた方がいい?
(ふざけないで!)
残ったのはやっぱり怒りの感情。
こんなことになるとは思わなかった?
じゃあ、一体どんなつもりで私を支配しようとしたの? 何をするつもりだったの? どうせ自分の快楽の道具にしか考えなかったんでしょう?
(……なのに)
「鈴さん」
「っ!!?」
蘭先輩のことで頭をいっぱいにしていると、急に明るい声をかけられ我に帰った。
「冬海、ちゃん……ど、どうしたの?」
「教室の前を通ったら鈴さんのことが見えたからどうしたのかなって。考え事でもしてたんですか?」
「あ……そういうわけじゃ……」
本当のことを言えるわけもなく私はそう答えてなぜか冬海ちゃんを見つめた。
(…………)
頭によぎるのは蘭先輩の言葉。
やめた方がいい?
なんであの人にそんなことを言われなければいけないの?
疑問も驚きも持っていたのに心に残ったのは怒りでしかなくて
「あの……鈴、さっ……」
短絡的で衝動的に冬海ちゃんの唇を奪っていた。
「んぁ……ちゅ、じゅる…ちゅうぅぅ……」
突き入れた舌を使って冬海ちゃんの舌を引き寄せ激しく吸う。
さらには冬海ちゃんを抱き寄せ口づけを深くする。
「っあ……か、はぁ……あ、っ……すず……さん?」
突然のことに目を丸くして冬海ちゃんは私を見つめてくる。探るような瞳。私の意図を考えているのかもしれない。
(……そんなものは、ないの)
今のは衝動的だっただけ。何の理由もない。ただ、いらついていたからなのよ。
蘭先輩があまりに訳が分からな過ぎて不満のはけ口を求めていただけ。
そして、それは……終わっていないの。
「ねぇ……冬海ちゃん」
「は、い……?」
淀んだ瞳を向ける私に冬海ちゃんは戸惑っているようだった。この前学校でキスはしたけれどそれは彼女からだったし、なによりも
「っあ………」
キスだけで済まされない予感を感じてるからかもしれない。
私は左手を冬海ちゃんの胸に添え、右手をスカートの下に潜り込ませた。
「あ、あの!」
声に焦りが乗る。まさかこんなことをって思ってるんだろう。
(……私も同じよ)
一か月と少し前までキスすら知らなかったのに、その私が神聖な学び舎である学校の中でこんなことをしようとするなんて。
蘭先輩にやめろと言われたからこそ、それに反発してしまう。あの人の言うとおりになんかしてたまるかと。
「いや?」
「い、いやとか……そういうのじゃなくて……あの。へ、部屋に戻ってから、なら……」
「……そっか、やっぱり嫌なの」
「そ、そうじゃなくて、だ、誰か来るかもしれないですし」
「平気よ、もうほとんど残ってる人なんていないわ」
「け、けど……」
誰も来ないなんて言うことは保障できるわけない。生徒はもちろんだし、先生が見回りに来ないとも限らない。
……けど、そんなことよりも今の私はあの人に反発することの方が重要に思えていた。
「そっかぁ……そうよね。私なんかとこんな関係だってバレたら冬海ちゃん嫌だものね」
「そ、そういうんじゃ……」
……多分私は最低なんだろう。それは学校でこんなことをしているからじゃなくて、良心に付けこみこんなことをしようとしているということ。
「ごめんなさい。【もう】、しないわ」
あえて突き放すように言った。
「あ……の!」
冬海ちゃんが引いた手を取る。
「……………っ」
捨てられた子犬のような目で私を見つめている。
「っ……」
愉悦と、罪悪感が入り混じる。
この可愛い後輩を自分のものにしているような錯覚。(もう少しのたとえ)
綺麗な花を手折るような、そんな背徳の快感。
「……鈴、さん」
瞳の色が変わる。その瞳に宿る意味が拒否から、求めに。
私はその求めに応じて、再び過ちを犯していく。