何度も言うけれど、私は特殊になってしまったけれど普通の学生で、普通の寮生でもある。
毎日朝起きて学校に行けば、授業も受ける。
寮でももちろん勉強をすることもあって、時にはその時に使ったノートや教科書を忘れて学校に来てしまう日もある。
「あ……」
その日の午前中。私は休み時間を利用して部屋に忘れてきてしまった教科書を取りにきたのだけど、部屋の前で来て再び忘れ物をしているのに気づいた。
部屋の鍵を忘れてしまっている。
取りに戻っている時間はない。
(寮母さんに頼もう)
合鍵を管理して寮母さんに頼るのは当然の選択で、特に蘭先輩とのことを意識してというわけじゃなかった。
けれど、その意識のしない行動が意味を持ってしまうこともある。
「ん?」
寮母さんへの部屋の前まで来た私はふと足を止めた。
「っ…、ぁ……っ……」
何かくぐもった声が聞こえたから。
最初は何かわからず、部屋に近づいていくとドアがわずかに開いていて、その隙間から漏れた音がよりはっきりと聞こえてくる。
「あ、っあ……っ、ふ、ぁ」
それは私にとってはすでに馴染みのある類の声。
(え? ……え?)
頭を混乱させながらも私は、立ち去るべきのところで近づいていき……そっとドアから部屋の中を覗いた。
そこから見えたのは。
「は、ぁ…あんっ……あ、こん、ぁ、なの……ふぁ、ん……駄目、なの、に…はぁっ」
ベッドの上にいる寮母さんは目を疑う姿だった。
この前見たものと同じタートルネックのセーターはめくりあげられ胸が露出し、脱ぎ捨てられたズボンがベッドの下に落ち、身に着けたショーツの中に手を差し入れている。
(う、そ……)
大人とはいえ、人間なのだからそういう欲があっても不思議なことではない。けれど、そういうことをする人には見えていなかったし、まさか昼間から激しく自慰をしているなんて現実感のない姿だった。
「ん、っ。む、ね……も、はぁ…あ、き、もち、いぃ…あぁ」
寮に誰もいないと思っているのか私にもはっきり届くような声で喘ぎを漏らしていく。
左手で片手ではおさまりきらない胸を揉みしだき、右手をショーツの中にいれてまさぐっている。
(んっ……)
私にとってそういうことはもはや珍しい光景ではなくなってしまっているけれど、それでも同年代ではなくて大人の女性の艶姿に私の体も熱を増している。
考えるまでもなく私のすべき選択は音を立てずにそっとこの場を離れることのはずだけれど、ひたすらに自らを慰める寮母さんの姿から目を離せない。
「っ……だ、め……なのに、……こんなの…、っん、あ、いけない、のに……あぁあ」
頻繁に出てくる行為を否定する言葉。
「あぁ、っ、こ、れ……んっんん、はぁ」
言葉と裏腹に止められていない行為。胸を激しく責めたて、蠱惑的に下半身をくねらせ快楽に浸っている姿は倒錯的な色気を感じる。
「ぁ、っ……だめ、……だめぇ……」
それでも自らの行いを嫌悪している。
(………これ以上は、いけない)
そもそも覗きという時点でしていいことではないけれど、感じるに寮母さんは自慰行為をいけないことと考えている。
性欲は人間にとっておかしなものではないけれど、それでも羞恥と貞操観念が寮母さんを苦しめている。
その姿は彼女のことをよく知らない私が見ていていいものではない。
そう判断して私はこの場を離れようとすると
「……ぁ…ら、……ん」
「っ!!?」
その名前が出た瞬間私は
ガタっ!
ついドアに体重をかけてしまい、
「っ!!!??」
ベッドの上で己を慰めていた寮母さんと視線があってしまう。
「あ、の……」
なんとか言い訳をしようと考えている私の耳に
「きゃああああぁ!!」
寮母さんの絹を引き裂くような叫びが聞こえてくるのだった。
寮母さんが衣服を整えている間に、遅れていくと返して何とも言えなくなった部屋の空気の中で困惑しながら寮母さんのことを見つめている。
少しすると寮母さんの着替えが終わって私に真っ赤な顔と恥ずかしげな表情を向けて私へと向き直った。
「……………」
けれど、何も言葉は出てこず羞恥がぶり返したのか私を見ては何度も視線を逸らす。
その姿は大人と呼ぶには少々情けないもので、そう感じる私がずれているということにも気づく。
(恥ずかしいことだってわかってはいても、異常ではないと感じているから?)
もっとも寮母さんにとっては私が落ち着いているということが焦りの材料になるのかもしれないけど。
とはいえ、小動物のようにびくびくとする姿にはどこか可愛らしさを覚えてしまう。
「あの」
「っ! な、なに?」
もっとも話しづらいのは困るのだけれど。
「誰にもいうつもりなんてありませんから」
「……………」
私としてはさっきのように言うしかない。そもそも言いふらすつもりはない。私にとっては馴染みのあることだとしても、言っていいことと悪いことくらいの分別は着く。
「ほんとう?」
悪いことをした子供が怒ってないという母親に確認するかのように上目づかいに言う寮母さん。
保護欲と同時に嗜虐心をそそられてしまいそうな背徳的な姿に背筋を震わせはするけど、この人に何かをするほど人間として落ちぶれていないつもり。
(けど……蘭先輩のこと聞くのは)
とそのことが頭をよぎった。
「……………」
今なら教えてくれるかもしれないとそう考えたけれど、
「っ、なに?」
怯えた姿。
この人と私じゃ立場が違う。このことが広まれば人生すら台無しになてしまうかもしれない。それを盾に自分の要求を通そうとするのは、人として正しいことと思わなかった。
「いえ、なんでもありません。本当に誰にも言ったりなんかしませんから」
「あ、ありがとう」
少しは安心したのか安堵した表情を見せてくれるけど、そこで会話は止まり再び気まずい沈黙が流れてしまって
「あの……それじゃあ、授業があるので」
居心地も悪ければ、これ以上いる理由もなく私はそう告げた。
「あ、はい。そう、ね。その、本当に……」
「誰にも言いませんから」
出来るだけ安心させるように微笑んで私は現実的でなかった部屋から離れて行く。
(……蘭って呼んでた)
その名前を頭から消すことが出来ずに。