私は大体のすみれより優位に立つ。
すみれは子供で世間知らずだし、口もまぁ私の方が上手いだろう。
好き好んできそうわけじゃないけれど何かを競って負けた記憶はほとんどなく、明確に優位に立たれたのは旅行の時の乗馬くらいだろうか。
私は性格がいいわけではなく、正直それをいい気分に感じている。
口憚れるが、恋人に対して優位に立っていた方が居心地いいものだろう。
だが、私がそう思うということはすみれも同じように考えてもおかしくないということで。
◆
「っく……」
私はテレビの画面の見つめては、苦々しい顔をし
「ふふ、また私の勝ちね」
すみれは優越感に満ちた顔で私を見てくる。
「……もう一回よ」
きっかけは些細なことだった。
早瀬が泊まりに来たのだ。
早瀬は私たちとは違い多趣味な人間で、この時はゲームを持ってきた。
深い理由はなく、ただ泊まるのもなんだからとゲームを持ってきただけで、私とすみれはほぼ素人ながら下手なりに楽しみはした。
……最初の方は。
だが、プレイをしていくうちに早瀬はともかく、私とすみれの間に差が付き始めたのだ。
レースゲームをやっても、対戦ゲームをやっても、パーティーゲームをやってもほとんどすみれが勝つ。
最初は仕方ないと思えていた。早瀬もいることだし、私が負けるのはある程度仕方ないと思えていたし、もちろん負けるのは面白くはないがあくまで余興程度の感覚だった。
いや、もちろんすみれに負けてばっかりなのは面白くはない。
すみれの性格はいいとは言えず、私に勝ち誇った態度をとるのだ。
それに慣れていない私も悪かったのかもしれない。ムキになるというほどなったつもりはないが、気付けば私はすみれに対抗するようになっていた。
……それでもまだそこまでならよかった。
頭に血の上っていた私は引くことをせずに早瀬がいるほとんどの時間をゲームで過ごし、負け続けた。
それを早瀬に面白がれたのだろう、そこまで気にする余裕はなかったが、早瀬のやつは翌日ゲームを置いて行ったのだ。
そして、今に至る。
珍しく私たちは本もそっちののけでテレビに向かいゲームをしていた。
「文葉ってこういうの向いてないのね。意外といえば意外ね」
また一つの対戦が終わり、すみれは勝ち誇った顔で私を見てくる。
「……っく」
普段なら皮肉でもいうところだが、結果として私が負けているのは事実であり言い返すことができない。
「もう一回よ」
私は自分がひねくれものだと思っているし、子供な所もあるとは自覚しているがそれでも、冷静だとも考えていた。
だが、思った以上にすみれに勝ち誇られるのは面白くない。
「ふふふ」
むきになっている私とは対照的にすみれは実に愉快そうに笑った。
「何よ」
「文葉にこういう所もあるんだって思ってただけよ」
「馬鹿にしてるの?」
「ううん、可愛いって思ってる」
「っ……」
気に喰わないわ。
恋人に可愛いと言われるのは本来喜ぶべきことでしょうけど私は気に喰わないのよ。
すみれに負け続けてるって事実が。
「私は別にこのまま続けてもいいけど文葉はほんとにそれでいいの?」
「……っ」
「結果は変わらないんじゃない? まぁ悔しそうな文葉を見られるのはいい気分だけど」
「…………」
すみれの言葉に一度立ち止まり思考をする。
悔しいが、すみれに敵わないのは事実だ。確かにこのまま続けたとて事態が好転する可能性は低い。
単純な戦いでは。
「………なら、こうしない?」
「ん?」
「負けた方が相手のいうことを聞くっていうのは」
「ふぅん。悪くはない条件だけど」
(…どうよ)
まともにやったら確かに勝ち目は小さい。だけど、心の平静が崩れればどう?」
このゲームででもだけど、チャンスだと思い欲をかけば大体悪い結果になる。
実力差はあれ、心を乱されれば私にもチャンスはある……はず。
「断るわ」
「っ」
乗ってくると思った私の提案にすみれはにべもなく断った。
なんでよと食い下がろうとした私にすみれは続ける。
「だって、そんな駆け引きしてくるほど私に勝ちたいってことなんでしょ。文葉はずる賢いところあるから余計なことはしない方がいいって思ったのよ。だって、私は今悔しそうだったりこんな風に小細工をしようとする文葉を見られただけでも十分楽しいもの」
「……く」
「あ、その顔いいわね。当てが外れたって顔。それも文葉には珍しい」
(知恵をつけて)
昔ならあっさり乗ってきたはずだ。それで私が勝てたかは別にして。
一緒に過ごす時間を増えたことにより私の考えが読まれるようになったということ。
相互理解が深まっているといえば美しい話にはなるが……
「で、やめるの? 負けたまま」
当てが外れたのなら素直に身を引けばいいというのに私は
「………続けるわ」
すみれの二重の意味で負けているということが気に食わず珍しく勝ち目のない戦いを挑んで、すみれの自尊を満たすことに貢献し続けてしまうのだった