私の性欲が強いか、と言われるとよくはわからない。
そもそもそこまで比較できるものでもない。
よくある基準であれば、パートナーとどの程度の頻度で性行為をするかということになるだろう。
日本人は海外に比べたら少ないと言われるけれど、私の場合は……一般的な日本人の基準でいえば多い方かもしれない。
もちろん、それはすみれへの愛が強いからだけどすみれには言いづらいことながらそれだけが原因でもないのでしょうね。
私も典型的な普通の日本人ではあるけれど、普通でない時期もあった。
早瀬との同棲……同居期間。
セックスをすることは日常の中のことで、私の心理的なハードルはかなり下がっているのでしょう。
だから多分すみれとの回数は一般的に考えて多いのだと思う。
ただ冒頭の性欲が強いのかといわれると安易に頷きもしない。
そりゃしたくなる時はあるけれど、基本的には自制が効く。
別にしないのならしないで問題はない……はずだ。
と、ここまでは私の自己分析。
私はそうだろうということ。
でも、セックスというのは一人でするものではない。
相手、すみれはどうなのだろうか。
すみれの初めては私であり、私が全ての基準だ。
私のおそらく一般的ではない回数がすみれにとっては基準。
すみれに誘われるときもないわけじゃないけれど、私からの誘いがほとんどで、それがなくなった場合にはどうなるのだろうとふと思った。
私は自制ができる(はず)だが、すみれの場合はどの程度それがあるのだろうと気になってしまったのだ。
その安易な好奇心にすみれがどう思うかも知らずに。
◆
一週間がたった。
健全な一週間が。いえ、別にパートナーと愛を確かめ合うことも健全なことでしょうけどここではセックスをしていないという意味。
一週間という期間しないというのはこれまでもあったが、一週間のうちに一度もしなかったというのは少ない方。
でも、読みたいほうがたまっている時などそちらを優先することも多かったから、珍しいというほどではなかった。
今回はそういうわけではないけれど、すみれも特に気にした様子はなかったようだ。
しかしそれが二週間ともなると違うようだった。
あからさまに気にしているというそぶりではないけれど、なんとなくそういうことを考えているような雰囲気は感じた。
すみれは奥手なわけではない。私がリードすることが普通になりすぎていて、中々すみれの方から積極的にはならない。
一緒に暮らし始めた当初なら違っていたかもしれないが、今は少し大人しくなってしまっていて、この二週目にはせいぜいたまにそういうことを考えているなと感じる程度で、大きな動きなく過ぎて行った。
そして、三周目。
休み前の夜。
この一週間は明らかに意識しているのは伝わっていた。
距離が普段より近くなり、たまに切ないとも扇情的ともとれるような顔で私を見ていたというのも気付いて、気付かないふりをした。
すみれからはっきり求められたら応えるが、察してほしい程度の態度であれば今回はスルーをしようと決めていたから。
そして、迎えた休み前の夜。
はっきりとは覚えてないけれど、一緒に暮らすようになってここまでしていないのは多分初めてて、すみれとしてはさすがにこの日はするのだろうと考えていたはず。
だけれど、すでに私たちはベッドの中にいる。
もちろん普通の意味で。
このまま寝ると言っていい状況で。
「……………」
(……そうくる)
無言のまますみれは少し体を寄せてきた。
ふれあいはしないけれど、本当にすぐそばに存在を感じられる距離。
これが、まだ初めてを迎えていないカップルであれば初々しいといったところだろうけれど大恋愛の末に結ばれた私たちとしてはどう解釈する状況なのかしらね。
「文葉」
控えめな声が聞こえて、パジャマの裾を掴まれた。
「どうしたの?」
もはや察してもいいのだろうけど、あえてそう言って見せる。
視線の先は暗くて良く見えないが、どんな顔をしているのだろうか。
「……今日も、しないの?」
(直球で来たわね)
すみれの性格からしてありえそうでもあり、ありえなさそうでもある。
でも、どちらかというとこういう方向ではないんじゃないかと思っていた。
すみれのことだからこんな時でも高圧的になるのかと考えてもいたけれど。
「……………すみれはしたいの?」
どうこたえるべきか迷って少し意地悪に返した。
頭の中ではさすがにどう答えられても、抱こうとは決めていたけど。
「……そう、だけど。そうじゃなくて」
「ん?」
予想外の言い方に首を傾げすみれを改めてみる。
暗いままで表情はわからないままだけど、先ほどよりは気配を感じられる。
「どうして、最近しないの?」
「っ……」
「こんなに長い間しなかったことなんてなかったじゃない」
「それは……」
直感的に背中に嫌な汗を掻いた。まだ決定的に何かというわけじゃないけれど、すみれの揺れた感情が漏れ出ている気がして。
「どうして? 私の体が好きって言ったくせに」
ここでわずかに冗談めいた言い方になったけれど、にじみ出る不安は隠せていない。
(……やってしまったみたいね)
ここに至り私は不要な好奇心で恋人を傷つけたということに気付いてしまった。
(すみれは……純粋だった)
期間を空けたらどんな反応をするのだろうという、私の好奇心は好きな人の色んな姿をみたいとかではなくただ無意味に恋人を不安にさせる最低なものでしかなかった。
すみれは私にぞっこんなのだ。
それが急に遠ざけられたようですみれはこの期間不安だったのだ。もしかしたら自分が何かしたとか自責すら感じていたのかもしれない。
(……最低ね私は)
してしまったこともだし、この後のことも。
「すみれ」
私は名前を呼ぶと、腰に手を回しこちらへと引き寄せた。
「文葉っ!?」
体を押し付けあうとさらに
「…んっ」
唇を奪う。
「…っちゅ……くちゅ…ん。ん、チュ……ん。れろ……ふぅ…ん」
丁寧に丁寧に舌を絡め、深く長くキスを交わした。
「…っ、は……ぁ」
「ふふふ、ごめんなさい。ちょっと焦らしていつおねだりしてくるのかな気になっちゃって」
不意のキスに呼吸も思考も荒くなるすみれに、最低なことを告げる。
最低というのは今口にしたすみれ用となった嘘が一つと、この嘘をすみれには本当にしてただの好奇心ですみれを不安にさせたということを隠そうとしていることが一つ。
「はぁ!?」
案の定すみれは狙い通りに私の嘘を信じてしまう。
「何ふざけたこと言ってんのよ。人の気持ちとか考えないわけ!?」
(……心が痛むわよ)
純粋なその姿にね。
こんなことをした私の方が子供ではあるけれど、すみれもまたお子様なのだ。
すみれの思う私のイメージを崩したくはなかった。
おねだりをさせるというのは、私らしい私だしすみれからみてやると思われる。でも、今回の発端であるどのくらい我慢をするかというのを試すのは人としても褒められたものじゃない。
それをされて喜ぶ人間はいないだろう。
もちろん表向きの嘘も怒らせるものではある。
その嘘の方がすみれが傷つかないだろうという私の都合。
誠実ではないしすみれのことを思っているようで自分が真の悪者にならないための利己的な判断。
「ふふ、すみれがあんまりかわいいから色んな姿が見たくなるのよ」
怒るすみれを予定通りかのようにあしらいながら、もう自分勝手な理由ですみれを傷つけてはいけないと、この腕の中にいる恋人を大切にしようとそう固く心に誓うのだった。
そして
(まずは今日、深くながーく愛し合いましょうか)