夏と言っても特段何かを思うことはない。
というより、基本的に私もすみれもインドア派で積極的に外には出ず、夏など暑さが加わり余計にひきこもる要素になる。
クーラーの効いた部屋で麦茶でも飲みながら本を読む。
それが私の夏の過ごし方。
◆
「…………」
さて、何が起きているのか。
私はテーブルに置いた麦茶に口をつけて、改めて目の前の相手を見上げる。
この部屋にいるのは当然、恋人のすみれであるのだが。
まともな恰好をしていない。
「どう? 似合う?」
目の前の恋人の姿を一言で表すのなら水着姿だ。
部屋の中で水着という時点で異常だが、さらにすみれの姿は奇異なもの。
黒のビキニというのも正直イメージには合っていないが、その布地は少なくいわゆるマイクロビキニとまでは言わないがかなりきわどい水着と言っていい。
「……何を言うのが正解なのよ。っていうか何なのよ」
さらにわからないのはすみれの動機だ。
今日はなんの変哲もない休日で、ここは部屋の中。
別に海やプールに行こうなどという話をした記憶は一切なく、本を読んでいたら急に恋人が危ない水着に着替えて立っているのだ。
「彼女が似合ってるかって聞かれたら、似合ってるって答えるものよ」
「…似合ってはない」
似合ってるかと問われて改めてすみれを見たが私の結論はこれ。
すみれは私の主観でなく客観的に見て美人だ。
それは顔だけでなく、体のバランスを含めてで確かにすみれの身体も美しい。
「あら、はっきり言うわね」
「あんたにはもっとちゃんとした水着の方がいいわよ。そんな……品がないやつじゃなくて」
プロポーションが整っているからと言って、それが露わになっていればいいというものではない。
「水着ってのは見られる前提なんだから、もう少し意識をしなさいよ。そんな風にどこもかしこも出しちゃって、それじゃ下着と変わらないでしょ」
「ふーん」
すみれは何故か鼻につく笑い方をする。
「つまり文葉は私の水着姿を他の人に見られるのが嫌ってこと?」
「そりゃそうでしょ。あんたがそんな姿で人前に出るなんて嫌に決まってるじゃない」
はっきり言って、今のすみれはほぼ下着で性的な姿と言っていい。それを他人に見られていい気分になるほど私は特殊な性癖ではない。
「ふふ……ふふふ」
「……ん?」
急に抑えきれないといった様子で笑い出したすみれに首をかしげると
「っ…」
すみれは腰を屈めて、私の太ももに乘りさらに腕を首に巻き付ける。
ほぼ下着ということは肌が触れてくる部分も多く、直接感じる熱が妙にどぎまぎとさせる。
「なーに赤くなってんのよ。裸だって散々見て好きにしてるくせに」
(それは、その通り……なんだけど)
部屋で水着という非日常性が、単純な裸体よりも余計に……その……色気というか、
「ふーん。文葉って、むっつりっていうかこういうのが好きなの」
「っ…そういうわけじゃないわよ。人を変態みたいに言わないで」
「赤くなってるくせに」
「……っ」
違う。別に昂奮しているとかではなく、慣れていないからどう反応すればいいかと戸惑っているだけ。それだけだ。
多少、この異様な状況にこれまでにない感覚に体が熱くなってはいるが、それだけ。
「まぁでも多少なりとも文葉が喜んでくれた、なら意味があったのかもしれないわね」
「は?」
っていうか…近い。
胸が当たりその弾力すら感じるのは……普段なら気にも留めないが一度意識してしまっていると冷静にはなれない。
「安心なさいな、文葉。これはこのために着てるんだから」
「は?」
「だから、水着になったのは文葉を誘惑したくて。あんたってたまにそういう所あるじゃない? コスプレってほどじゃないけど、普通じゃない恰好させるの」
「そんなことは……」
ないと言いたいが、今すみれがして欲しい反応をしてしまったのは事実で。
「あんた、馬鹿じゃないの」
反撃の言葉すら見つからず、そんな負け惜しみしか出ないのが情けない。
「っていうか、そんなことのために水着買ったの? ほんと馬鹿じゃないの」
「これで文葉が反応してくれなかったり、本気で呆れたりだったら馬鹿だったかもしれないけど……」
含みのある言い方と、煽るような目線。
「文葉があたふたしてくれるってだけで、私には十分価値があったわ」
「っ…うるさい」
反論をしたくても一度乱れた心はすぐには落ち着いてくれず珍しくすみれにいいようされてしまった夏の日だった。
閑話27/