「文葉って、人のことを考えることもあるのね」

 話の山場を終えて現在の恋人から言われたのは身も蓋もないことだった。

「随分なこと言ってくれるのね」

「だって、文葉ってなんだかんだ理由をつけても結局は自分の都合を優先するじゃない。…私の時だって、今こうしてるからいいけど呪いをかけようとしたでしょ」

「………………」

 耳に痛いことだが、同時に胸がすくような心地よさもある。

 すみれは私のことをわかっている、その喜び。

(…まぁ、次の瞬間には軽蔑されるかもしれないけれど)

「正解よ。私は自分のことばかり」

「え?」

「早瀬のためだったのは本当。でも、ずるずると離れられなくなるのが嫌だったのが一番の理由。添い遂げるつもりもないのに、長々と一緒にいるのはプラスにはならないでしょ」

 もしかしたら別に恋人としてじゃなくて、親友として永遠に過ごすことも可能だったかもしれないが、それでも結局はあいつの一生を背負う気持ちはなかったということだ。

「…………」

 恋人に話すことではないかもしれないけど、すみれは私に気持ちを隠されることを何よりも嫌うやつだ。

 明け透けであることが私の誠意なのだから、望まれていないことも話そう。

「……後悔したって言ったけど、なんで?」

 すみれも私をわかっており、不満はあるだろうがその部分には追及せずに話を変えてきた。

「早瀬が……他の人に手をだすようになったから」

 よみがえる当時の苦々しい気持ち。

「勘違いしないでもらいたいけど、嫉妬したんじゃないわよ。恋人を作るのでもなく、いろんな女の人に声をかけるあいつは……結局は最初の恋の痛みから立ち直ってない気がしたから」

 恋人を作らないというのは否定される生き方ではないが、早瀬のそれは本当に自分本位でしかない気がして、その早瀬を作り出したことに後悔したのだ。

「私はそんな早瀬を否定することはできなかった。…私だって自分のために早瀬と距離をとったのに、早瀬の生き方を否定するなんてできなかった」

 その時に想いを馳せながらも私は今のことも考えていた。

 過去の出来事は変わらなくても、今の気持ち次第でそれをどう受け止めるかは変わる。

「…今もそう思ってるの?」

「顔に出てた?」

「というか、ここでしょ私に話すべきなのは」

 すみれは、私の彼女はいつの間にか私との距離を詰めると心を見据えるかのように私を見つめていた。

「そうね」

 答えつつ心の中へと潜る。今の気持ちでその時を振り返れば、別の答えが出てきてしまう。

「…早瀬が自覚がなかったとしても私を好きだったのなら、自分を守るために必要なことだったのかもね。二度も好きな人に捨てられた自分の心を」

 言いたくはなかったこと。早瀬にキスをされて思い至ってしまった可能性……いや確信だ。

「……それで、文葉はどうするつもりなの」

 問うすみれの声は少し緊張を孕んでいた。すみれの立場からすれば仕方ないことなのだろうが。

 私の答えは悩むものではない。

「どうもしないわよ」

「…何も、しないってこと?」

 答えはすみれの予想外だったのか意外そうな顔になっているが、この答えは最初から決めていたこと。

「あいつが私を好きだっていうのは驚きだし、これからのことを考えると楽しくはない。でも、私からできることなんてないでしょ」

「ないってことはないでしょ」

「ないわよ。私から気にしてないとか、キスがどういう意味だったとか、私のことを好きなのか聞けっての?」

「それは……」

 何故かすみれが当事者かのように戸惑いを見せている。私としては当然のことを言っているにすぎないのに。

「仮に早瀬が改めて告白してきたって同じ」

「同じって」

「できることなんてないってこと。私にはすみれがいる。私が好きなのはすみれ。そう答えるしかないってこと」

「…………」

(?)

 あんまりすみれの反応は芳しくない。

 私としては当然の答えだし、感動でむせび泣くとまでは思ってなかったが私の愛に感じ入ってくれてもいいんじゃないかと思うのに。

「なんか少し冷たい言い方な気がする」

「?」

 首を傾げた。なぜ早瀬に味方するような言い方なのか。

「実際なら言葉は選ぶわよ。でも、答えは一緒ってこと。今の私にはすみれがいるのに応えるわけはないでしょ」

「そんなのは当たり前よ」

 今のはすみれらしい言い方だし、断じるのは私への気持ちの強さだ。

 なら、何が不満……とは違うかもだけど、いったい何が気に食わないのか。

「…………」

 うかつなことを口にするとすみれの心を望まぬ方に傾けてしまいそうでひとまずの沈黙。

 その間すみれを見ると、すみれ自身も自分の心を処理できていないのか落ち着かない様子だ。

「ぁ……」

 私の視線に気づいたのか目が合い、何故かバツの悪そうな顔をする。

 何か言いたいことがあるのかと問うべきか迷っているうちにすみれが先手を取った。

「もし……私と会う前に告白されていたらどうしたの?」

「っ……」

 これはまたセンシティブな話だ。

(これが聞きたかったの?)

 確かにすみれの立場からしたら気になることだろうが。

 もし本当にこれが気になったのだとしたら、複雑だ。

 悲しいとか悔しいとかそんな感情。

 …どうこたえるのがすみれに望ましいのか。一瞬そんな考えもよぎったけど、私の答えは私らしくあることが大切だ。

 すみれはそういう私を愛してくれているのだから。

「わからない、としか言えないわね」

 まずはこれだ。そんなもしもの話なんて無意味。

「もしかしたら付き合ってたかもしれないけど、そうはならなかった。当時の気持ちなんて今の私にはわからないんだから答えようなんてない」

「そうだけど…」

 こういう答えになるのは予想がつくだろうにすみれは納得してないというか、少なくても穏やかではないようだ。

 戸惑っているのかなんなのかは知らないけど、そこから手を引いてやるのは私の役目だろう。

「仮定の話なんて意味はない。私にとって確かなのは、今なのよ。早瀬に告白はされず、すみれと出会って、今こうしている」

 すみれへと体を寄せて、頬に手を添えた。

 顔の向きを変え視線を奪い、戸惑いのある瞳をまっすぐに見つめる。

「私は今幸せよ。人生で一番幸せ。この手の中にすみれがいてくれることが幸せ。すみれを感じられることが幸せ。すみれの声を聞けることが、すみれの肌に触れられることが、触れてもらえることが幸せ」

 柔らかく声をだし、頬に添えた指にわずかに力を込めて想いをしみこませていく。

「私にとってはそれが全てよ。起きなかったことなんてわからないから、今目の前にいるすみれを大切にしたい」

「文葉…」

 頬にあてた手に自らの手を添えてくれるすみれ。

 こういう反応をしてくれるとは思っていた。

(…?)

 何故か違和感を持つ。

 が、

「ほんと、文葉って都合よく口が回るわよね」

 破顔したすみれは私のよく知るすみれだ。

「本心をそんな風に言われると傷ついちゃうわね」

「だからほんとあんたは……」

 なれたやり取りだ。これまでの流れなら優しくキスをしてやるべき……

「っ……」

 先に行動を起こしたのはすみれで、私の手から逃れると胸元に頭をつけた。

「……好きよ。文葉」

 予想外ではあったけど、出てきたのは愛の言葉で。

「私もよ、すみれ」

 同じく想いを返して優しくその体を抱きしめることにした。

後日談5−3/  

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