旅行の場所は車で数時間ほどの避暑地。

 なんというか、あえて言葉にするのならありきたりな場所だと感じた。

 奇をてらったようなところには確かにならないとは思ってたが、ここ最近はすみれのイメージ通りのということの方が少なかったので意外な気はした。

 交通手段はどうするのかと思っていて、ここでは少し意外に思う。

 すみれが車を出すといった。

 何もできないお嬢様というイメージではすでにないけれど、私を助手席に乗せて運転する姿はこれまでのすみれに対する印象を変える。

 道中はホテルはどんなのだとか、運転する姿が様になっているだとかひょうめんてきなことはばかりを話し、本当に聞きたかったことすなわち何故いきなり旅行に誘ったのかということは聞けずじまいだった。

 花火に誘ったときのような思い付きではないとは思う。

 この旅行中には話をしてくれるとは考えてはいる。

 気にするなというのは無理な話でなるべく早く聞きたいと思うのは人としては自然の心の動きだろう。

(話せって迫るべきか、待つべきか)

 すみれ相手に正解を探すのは難しい。

 考えることは多く、気づけばすみれについたわと言われてしまう。

「…………」

 またすみれの家の時のように圧倒される覚悟はしていたがホテル自体は見るからに高級といった感じではない。

 入り口から見わたす限りロビーは広く、調度品もしつらえてありすみれのマンションを想像させる。

 平日なこと八月も終わりになっていることも加わってか人は多くなく、ロビーに併設されているカフェにも人はまばら。

(ここなら、自分の料金くらいは支払えそうね)

 などと事前に断られたお金のなんていう俗なことを考えていた私は

「これ、は……」

 案内された部屋に入った瞬間に自分が甘かったと思い知らされる。

 エレベーターが最上階についたところで妙な予感はしていたが、中に足を踏み入れると浅はかな自分を恥じる。

 まず広さ。

 何畳というような表現は考えられないほどの広さ。一室という言葉が似つかわしくなく部屋というよりは空間という印象だ。

 窓は全面窓になっており、一面に広がる綺麗な青空と青々と山の稜線は絶景と言っていいだろう。

 いくつかあるドアはお手洗いに浴室、それと別室もあるのだろうか。この分だとそのあたりも普通ではなさそう。

 圧倒されて思考を放棄したいところだけど、何より目についたものが一つ。

「ねぇ、すみれ」

 その目についたものに近づきこの部屋を選んだ相手を呼ぶ。

 私の言いたいことはわかるはずだ。

 何を思ってこんなことをしたのかまではわからないが、わかっていてしたのだから。

「どうしてベッドが一つしかないの?」

 この部屋にあるのはキングサイズのベッドが一つ。部屋の中央で圧倒的な存在感を放っている。

「私たちは恋人なんだからおかしくはないでしょう」

(……仮面をかぶる、ね)

 すみれの余裕ある態度にそう決めつける。

 性に関してはなんて中学生並みだっていうのに。

 確認するまでもないけれどすみれにはこの旅行に明確な意図があるということ。

(まさか、手を出してもらうためにこんなことしてるわけじゃないわよね)

 いくらなんでもありえないだろうという想いと、すみれならもしかしてという考えもよぎる。

「……そうね。恋人なんだから、一緒に寝るのもいいかもしれないわね」

 探るためにそんな言い方をしてみる。

「そういうことよ」

 ……さすがにこの程度ではぼろは出さないみたいね。

「なら、せっかくなんだしお風呂も一緒に入る? まだ見てないけどこの部屋なら二人で入るくらいは十分なんじゃない」

「っ。文葉が、したいならいいわよ」

(もう少し取り繕えないのかしらね)

 動揺はすぐに隠せても一瞬でも心の乱れを見せれば、意味がない。

「まぁ、それはやめておきましょう。私も一人で入るほうが好きだし」

 これ以上の探りを入れても、すみれはぼろを出すばかりだろう。仮にすみれが隠したものを知ったとして私自身がどう答えるか決めることが出来ていないのなら今深入りは避けた方がいい。

「とりあえず少し休みなさいな。運転してきて疲れてるでしょうし」

「文葉はどうするのよ」

「私はせっかくだし少し見回ってくるわ」

「そう。行ってらっしゃい」

 自分もついていくなんて言ってくるかと思ったけど、意外とあっさり送り出される。

 本当に疲れているということかもしれないけど、もしかしたら一人の時間がほしいのかもしれない。

(それをしたいのは私、か)

 やはりいきなりこんなこと整理はつかず、荷物を手早くまとめると宣言通りに部屋を出てあてもなく歩いて行く。

 子供ならホテルと探検! となるところかもしれないが、主目的としては一人になることであり軽くホテルの施設を確認したのち私は一階に併設されている喫茶店へと入る。

 ミニシャンデリアに照らされた店内は明るく、華美になりすぎない意匠の家具が配置される店内は雰囲気がいいといえる。

 値段はそれなりだが、家族連れから単身の若者、年配の夫婦など人は様々で私は窓際の席で紅茶を飲む。

 窓辺には青芝の広がる庭園があり中央に配置された噴水の周りには暑さの中人も集まっている。

 そういうところも含めて旅行という「非日常」を嫌でも感じる。

 ……嫌なわけでないけれど。

 と、こんな所にも持ってきていた手帳に記す。

「……………」

 紅茶を口にしながらその渋みに顔をしかめる。

 ……そう、これはあくまで紅茶のせい。

 というわけにはいかない。

 日々のことを記してきた手帳。最初の頃は日記代わりでもあり、メモ帳でもあった。

 今やすみれとのことを考えるために使うようになった手帳。

 悪いというわけではなくて想定外だと驚き、同時に決断できない自分に嫌気が差す。

 考えはするのに自問自答をするのみで、私とすみれの関係をどうにかする力にはなっていない。

(……ベッドが一つ、か)

 恋人なら問題ないというすみれの発言はもっともでもあり、同意できなくもある。

 逃げ場のない状況。

 もし迫られたらどうするべき?

 それとも私から手を出す?

 正直言って、すみれとの「初夜」がまともなものになるとは思えない。

 そもそもすみれには意志はあっても一緒にお風呂に入るかという問いに対してあの反応をみれば覚悟があるようには思えない。

 いや、だからこそ?

 逃げ道がふさがれたのはすみれの方?

「……はぁ」

 再び口を湿らせてからため息をつく。

 結局ここでいくら手帳に悩みを記しても答えが出ることはない。

(……今すみれは何を考えて何を考えているのかしらね)

 私と同じように懊悩でもしているのだろうか。

 それとも恋人の自分をいつまで放っておくのかと怒っているだろうか。

 正直前者だとは思うけれど、なぜか怒っている所もたやすく想像できてしまって。

「……………ふぅ」

 カップに残っていた紅茶を飲み干し、ため息をつく。

 あまり後ろ向きな意味ではなく、すみれといるときに感じることの多い呆れと親しみを混ぜたような感情。

 ベッドで一緒に寝るのが恋人として当たり前かはともかく、あまり恋人を放っておくのは正しいことではないわよね。

 今夜どうするかを忘れたわけではないけれど、とりあえず今はすみれに会いに行こうと席を立って行った。

 

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