戻るとすみれは「遅い」と膨れて、内心どう思っていたとしても私の前ではこうなるだろうなと考えた通りでクスっと笑ってしまうと、何笑ってるのとむくれて、可愛らしいというかすみれらしいと再び頬を緩めた。

 この日はもう夕方になることもあって、部屋で残りを過ごすことにし、あっという間に時間は過ぎる。

 ホテルにはレストランもあるが、すみれが今日はルームサービスにすると部屋で二人での食事。

 山の幸を中心にメインに肉料理を沿えた夕食は素晴らしく、舌鼓を打ちはする。

(……こういうことをするのが、私が貴女との距離を縮められない原因だって気づいているのかしらね)

 私とすみれの『差』は間違いなくすみれに手を出しづらくしている要因の一つ。

 それにであった頃からだけど、心の距離を物質的ななにかで埋めようとする行為を快くは思えない。

 ……素直に差を受け止めて好意を受け取らない私にも問題はあるのかもしれないが。

 食事のあとは少し休憩する程度でアルコールを摂取することなく、代わりに明日はレストランかバーに行こうと誘われた。

 そこは明日のことでいい。さしあたっての問題は。

「………ふぅ」

 シャワーの音が聞こえる。

 それを窓辺に備えてあるテーブルセットの前で聞く私は落ち着かない気持ちだ。

 一つしかないベッドの一室ともなれば意識しないわけには当然いかない。

 気を紛らわせるために見る窓の外は遠くに町の灯はあれど大半は暗闇に染まる山々で、それもまた心をざわつかせた。

 先にシャワーを浴び、バスローブ姿となった自分がいて同じ格好で出てくるのかと思うと。

(………別に見境なく女が好きっていうわけじゃないけれど)

 すみれのことは本当に綺麗だと思っていて、女性に対して性欲を抱いてきた自分がいて。

 まったく意識せずにはいられないでしょうね。

 すみれの思惑通り? に流されてしまう可能性もある。

 ……ここまでお膳立てしてきたのだからそれにこたえるのも悪いことではないでしょう。

 ただ、悪いことではないだけで私たちの未来にとってはいいとは思えない。

 多分そんなことじゃ長続きはしない気がするから。

 だからといってまたはぐらかすだけでは不誠実だ。

(ここに来てしまったのだからね)

 行動を起こしたのはすみれで、その覚悟に対していつまでものらりくらりとはいかないでしょう。

(……私も答えなくてはいけない)

 心の指針を定め、ちょうどその少し後に。

「出たわ」

 すみれが部屋へと戻ってきた。

「っ……」

 私とお揃いの白のバスローブ。

 湿った髪は艶めき、私より少し高い身長のせいか歩くたびに見える脚がどことなく官能的だ。それに裸足をみるのも初めてで、こんなところまで綺麗に見える美人だと改めて感心する。

(っと、見惚れている場合じゃないわね)

 私だって恋愛経験が豊富なわけではないのだ。先手を打たれる前にこちらから伝えなければ。

「すみれ、聞いて」

 あえて硬質に言った。

「なによ」

 私のところまでは来ずにベッドで髪を乾かしていたすみれはその手を止めて私に視線を向ける。

「確認をしておきたいんだけれど、旅行に誘ったのって「そういうこと」を考えてなの?」

 正直口にはしづらいことだけれど、すみれには駆け引きというものは似合わない気がして単刀直入に切り込む。

「……なに、よいきなり」

 いきなりなのは承知している。デリカシーもないだろう。

「答えて」

 しかし今更だとしてもそれをはっきりさせなければいけない。すみれとのこれからのために。

 視線をそらさず強くすみれを見つめていると。

「そう、よ」

 躊躇い気味ではあるものの、隠さずに頷いてはくれるすみれ。

 ある意味これで同意はとれたといえるかもしれない。

「……そう。もう一つ確認だけれど、誘ってきたときの「私のことを好きなら」ってどういう意味?」

「別に、恋人だっていう確認よ。旅行に行くのならあってもおかしくないでしょう」

(嘘……?)

 のような気がした。こちらに視線をくれることもなく、動揺もない。

 それが逆にすみれが本音を見せていないように思わせた。

(あんたはそんなに器用な人間じゃないでしょ)

「……そうね」

 追及するべきかとも考えたけれど、今優先するべきは恋人としての行為の方だと考えて話を戻す。

「一つ言っておくと、私はすみれのことを好きよ。すみれみたいな人あったこともなくて新鮮だし、うらやましいくらいに綺麗だっていうのは初めて見た時から思ってるし、そんなあんたから好きって言われるのは嬉しいわ」

 優越感すらある。

「でも」

 だからこそ、の方が正しい意味かしら。

「正直言って、今のすみれとセックスしたいかと言ったら素直には頷けない」

「それって、やっぱり私を恋人とは思っていないってこと」

 声に混じるのはわずかな怒気と大半のおびえたような感情。不安と悲しみを混ぜたような同情を誘う声。

 ……やれやれ、ほんと教師が教え子に迫られるような心地だ。

「そういうことじゃない。あんたは子供じゃない」

「っ……違うわよ」

 心当たりくらいはあるだろう。

 だからこその悪態。

「……子供じゃないわ」

「……っ?」

 一瞬、すみれから悪寒のようなもの悲しさが伝わった気がする。この場には似つかわしくはないこととそうなる理由がわからず、私は自分の言いたいことを優先してしまう。

「子供よ。少なくても私から見れば。否定はできないはずだけど?」

「……………」

「……まぁ、大人だっていうのもわかってるわよ。考えた上で今こうしてるんだっていうことくらいは」

「何が、言いたいのよ」

 ……すねたようになるのはやぱり子供ね。

「私もちゃんと答えるわ。この旅行中には。でも、少し待ってさすがに昨日の今日じゃ考えがまとまらないのよ。答えはだすわ。だから、それまでの間意識しすぎないで前みたいに過ごさせて」

「……………」

 私からわがままを言うのは初めてかもしれないわね。

 どう答えてくるか。

 恋人、という意味をはき違えていなければ答えは決まっているはずで

「……わかったわよ」

 どうやらその程度はわきまえているようね。

 どちらかの都合だけを優先するのはまともな恋愛関係ではない。

 ただこれで今度こそ逃げ場はないのだと自分に言い聞かせて。

「ありがとう。そんなわけだから一緒のベッドで寝ても襲ってこないでよね。まぁ、あんたにそんな度胸なんてなさそうだけど」

「なっ……っ。あ、あんたはいちいちデリカシーがないのよ」

 あえてからかってみたすみれはやはり子供で可愛らしいとようやく私も笑顔を見せていた。

 

5−2/5−4  

ノベル/ノベル その他TOP