目は口ほど物を言うって言葉もあるけど、確かにそれはあるよね。

 美咲とか怒ってる時はほんと怖くなるし、ゆめは……怒ってても可愛くてあんまり参考にならないけど、キスして欲しいとかおねだりの時はわかりやすい。

 だからそれは全然異論ないことなんだけど

「……………」

 これは、何を言おうとしているんだろうか。

 バイトの日、もう特に緊張することもなくなずなちゃんの部屋で勉強を見てあげているんだけど。

「……………」

 じぃーっていう効果音が聞こえちゃいそうなくらいに勉強机からなずなちゃんがあたしを見つめてくる。

「え、えと……どこかわかんないところある?」

 って、さっきから答えると。

「……んーん」

 可愛らしく首を振って大人しく机に向かってくれるんだけど、少しすると小さく左右に首を振ってから何以下を考えるようなしぐさになって

「…………」

 じぃー。

 また見られている。

 きらきらとした純粋な子供の瞳。前にも言ったけど、なずなちゃんは小さいころの美咲を思い出してどこか見られてるとにやってきちゃうんだよね。

「なずなちゃん、何か聞きたいことがあるなら遠慮なく言ってね」

 もちろん、変な意味じゃないから先生として優しく頼れるお姉さんという態度でなずなちゃんを優しく手を引いてあげる。

「…………………………」

 クリっとした大きな瞳があたしを捉える。残念ながら何を考えているかまではわからず、今回もだめかなーくらいに考えていると。

「………先生って、私のこと、好き?」

 少し緊張したような声色でそれを尋ねてきた。

(これは……)

 どう応えるべきかを一瞬悩んだけど、よく考えると悩むことはないよね。

「うん、もちろん好きだよ」

 なずなちゃんの好きは別に恋愛的な意味じゃないんだし、そうじゃなきゃ好きって言えるに決まってる。

 うんうん、あたしってばいい先生だね。

「…………………」

 また、「じぃー」

「?」

 なんでだ? 望む答えだったと思うんだけど?

 なずなちゃんはあたしの答えを聞いた後にまた何かを考えこむかのように頭を振る。

「……ん。んー?」

 こんな姿も可愛らしいけどさ。

 そして、その小さなお口が

「………先生って悪い人?」

 意味の分からない言葉を紡いだ。

「へ?」

 今、なんて言われた? 悪い人って言われたの?

「????」

 え? なんで。好き? って聞かれて好きって応えたら悪い人になるの? 

「え、えーと……違う、よ?」

 まったく意味が分からず、頭の中を疑問符で埋め尽くしながらとりあえず否定する。

「………? 私のこと嫌い?」

「いやいや、なんで。好きだよ。大好き」

「…じゃあ、やっぱり……悪い人?」

(……なぜだ)

 好きと言うと悪い人と言われるし、悪い人じゃないというと嫌いになる。

 どこかに認識の相違があるみたいだけど、これを解きほぐすとなんか怖いものが出てくる、ような……

「えーと、落ち着いて話を整理したいんだけど」

「…うん」

「あたしがなずなちゃんを好きだっていうとどうして悪い人になるのかな」

「…お母さんが」

「千尋さん?」

「うん。お母さんがね、言ってたの。先生みたいに大人の人なのに子供を好きっていうのはロリコンっていう悪い人なんだって。だから先生は悪い、人」

「な、なるほど」

 ………なるほど?

 納得できようなこと言われてない気がするね。

 っていうか瑞樹さんなずなちゃんに何教えてんの。確かに小さい子は好きとは言ったけど、ちゃんと否定はしたしロリコンなんてことあるわけないってのに。

「え、えーとね。確かにあたしはなずなちゃんのこと好きだけど、小さい子だから好きってわけじゃなくて、なずなちゃんだから好きなんだよ」

「……私、特別?」

 若干、ニュアンスが気にはなるけれど……

「う、うん。そうだよ。だからあたしはロリコンでもないし、悪い人でもないっていうわけ」

 否定すると悪い人になりかねないしここは頷いておかなきゃね。

「…………………」

 再び、「じぃー」。

 から、

「よかったぁ」

 安心したように大きく息を吐いた。

「先生が悪い人だったら、もう仲良くしちゃいけないもん」

「あはは、まぁ悪い人と仲良くしたら瑞樹さんが悲しんじゃうもんね」

 至極全うな一言になぜかなずなちゃんは否定するように首を振った。

「……お母さんは、先生なら「ろりこん」でもいいって言ったの」

「あれ、そうなの?」

 あたしも信用されてるんだねぇ。我ながら自分のしてきた実績にうんうんと強く頷く。

 そんなあたしの耳に

「……でも、ママが前に悪い人と仲良くしちゃだめって言ってた、から」

 これまで何度か聞いてきた敏感な話題。

「………そう、ママが言ってた……ね」

 今更だけどあたしはこの家の大人じゃ、瑞樹さんとしか会ったことはない。

 ママに当たる人物は姿も形も見ていなくて。

(しかも過去形かぁ……)

「………ママ」

 切なく呟いてるなずなちゃん。

 思い出しちゃったのかな。

 あたしなんかが簡単に首を突っ込んでいいことじゃないんだろうけど、

「……ねぇ、なずなちゃん。ママってどういう人、なのかな?」

 何も事情を知らないでいると何かの拍子になずなちゃんを傷つけちゃうかもしれなくて、少し情報を集めることにする。

「ママ? ママはね優しくて、綺麗で。たまに少しいじわるでだけど、やっぱりやさしいくて。おっぱいは大きいよ」

「そっか……」

 淡々と語っているけど抽象的で情報量が少ない。……やっぱり今をあまり知らないのかな。

「あとお母さんと仲良しで……………会いたい」

「………………遠いところにいたいのかな」

 切なげな顔にそれを聞かないわけにはいかなかった。

「……うん。ママは遠いところにいるの」

「……そ、っか」

 これ以上聞くのは野暮、だよね。

「……ふぁ?」

 代わりにあたしはある行動に出て、それを受けたなずなちゃんが可愛らしく声を漏らす。

 なずなちゃんのことを抱きしめているの。

「せんせぇ?」

「あたしじゃママの代わりになんかなれないし、瑞樹さんの代わりにももちろんなれないけど、でも少しくらいあたしにも甘えていいからね」

 千尋さん曰く、好きだったっていうように顔を胸に押し当ててぎゅーと抱いて、背中を優しく撫でる。

「? せんせい……苦しい」

「あっ! ご、ごめんね」

「……んーん。嬉しい。先生、好き」

「うん、ありがとう」

 あたしのしてることは正直家庭教師の枠を出てることかもしれないけれど、でも目の前で寂しがる小学生を見ないふりなんてできるわけもないもんね。

 そう思いながらもう一度なずなちゃんを抱くのだけれど、これが後々思わぬことにもなるんだよね。

 

おまけ/四話

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