With rain and me……?
〜〜雨と、私と……?〜〜
「ねぇねぇー、みきちゃん」
「なぁに? ゆかちゃん?」
「あのね、おかあさんがね、人のきもちなんてかわっちゃうこともあるって言うの。大すきな人のことがすきじゃなくなっちゃうこともあるんだって言うの」
「そうなの?」
「わかんない。でも、わたしとみきちゃんはかわんないよね。ずっと、ずーーっと、なにがあっても大すきのまんまで、すきじゃなくなっちゃうなんてことないよね?」
「うんっ。みき、ゆかちゃんのこと一ばんすきだもん。ゆかちゃんのことすきじゃなくなっちゃうなんて、ぜったい、ぜーったいないもん」
「うん! ゆかも、みきちゃんのこと一ばんすきー。みきちゃん、わたしたちずっといっしょだよ」
「うん。やくそくだよ。ずっと、ずぅーっとだからね」
「うんっ! やくそく」
これがいつのことだったかなんて正確には覚えていない。同じような約束は何度もしているし。でも多分幼稚園の終わりか、小学校に上がったばっかりのことだったと思う。
誰もがするような子供の口約束。この年になってまで本気で守ろうとするほうが普通じゃないかもしれない。忘れていたって全然おかしくなんてない。けど、結花がこれを忘れてるなんて私は微塵にも思ってない。結花は絶対にこの約束を覚えてるだろうし、私も忘れない。忘れるはずもない。
これまでも、これからも。
ずっと、ずっと。
別にこの約束があったからじゃないだろうけど、私と結花はいつも一緒だった。小学校じゃ毎日のように遊んだし、家族ぐるみでどこかにいったり、お泊りなんかもした。中学校でも同じ部活に入って、一緒に帰って、休みの日に二人でよく出かけるようになって。進学もどちらかにあわせる必要すらなく、自然と同じ学校を目指して、二人で頑張って、合格して。
いつしか結花のことが本気で「好き」っていうことに気づいて、バレンタインに勢いでチョコ作って、告白されて、両想いだってわかって嬉しくて、ホワイトデーで恥ずかしかったけど、結花のことが大好きだって再認識して。
一つ学年が上がって、菜柚ちゃんと再会して会う時間は少なくなったけど、それでも一緒にいることは多くて、嘘をつきながら自分じゃうまくやってるつもりだった。
そして、あの日……
私は、結花を裏切った。
ううん、結花のことを嫌いになったわけでも、好きじゃなくなったわけでもないから正確には裏切ったとはいわないかもしれない。
でも、それ以上に残酷でひどいことをした。
結花のことを傷つけた。これ以上ないっていうほどに、深く、深く。
なのに、なのに私は
「……ちゃん、お姉ちゃんってば」
なのに、私は菜柚ちゃんの部屋に、菜柚ちゃんと二人きりでいる。あれから一ヶ月、結花とは話すらしていないのに。
「ご、ごめん。なに?」
「うぅん、何っていうわけじゃないんだけど、お姉ちゃんがぼーっとしてたから、どうしたのかなって。それに最近、なんだか元気ないし」
私は菜柚ちゃんのベッドに寄りかかって片足を抱いて思考をしていたら、呆けていたらしくいつのまにか菜柚ちゃんが目の前にいた。
「べ、別に、なんでも……ほら、最近雨ばっかりだからちょっと気が滅入っちゃってて」
「うーん、そうだね。でも梅雨だししょうがないよね。でも、私、雨嫌いってじゃないよ」
「そうなの? どうして?」
「だって、今日みたいにお姉ちゃんと相々傘できるもん」
菜柚ちゃんは私に擦り寄ってくる。
今までの私ならここで、顔を赤くしていたかもしれない。けど、今はとてもじゃないけどそんな気分にはなれない。
「今日は、たまたま菜柚ちゃんの傘が壊れちゃったからよ。普通はあんなことしないからね。濡れやすくなるんだから、風邪ひいたりしたら大変でしょ」
気分にはなれないのに、ここに来るまでに一緒の傘で来たのは事実で、そんな自分は滑稽でしかないと思う。
「えー、そうなの。お姉ちゃんとできるなら毎日雨でもいいのに」
「もぅ、変なこと言わないの」
菜柚ちゃんを小突くと、たまたま壁に掛けてあるかわいらしい動物の絵柄の入った時計が目に入った。
「あ、もうこんな時間、か……そろそろ帰らなきゃね」
私が手元に置いた鞄を手に取って立ち上がろうとすると、菜柚ちゃんが制服の端を掴んできた。
「あ、あのね、お姉ちゃん……」
そして、菜柚ちゃんにしては珍しくもじもじと恥ずかしそうにしながら言葉を紡いだ。
「今日ね、親いないの……だ、だから、もうちょっといない? 御飯も私が作るから」
菜柚ちゃんは顔を赤くして、制服を掴む手にぎゅっと力を込めた。
「え、えと……菜柚、ちゃん……」
菜柚ちゃんが何を言っているのかわからないほど私は子供じゃない。言いたいことはわかるし、菜柚ちゃんが軽い気持ちで言ってるんじゃないっていうのは制服を掴む腕が震えてることからもわかる。
それをわかりながら私は
「ごめんねー、今日はちょっと用事あるから、遅くなれないの」
わざと明るい声をだして、菜柚ちゃんが言いたいことなんてわからないといわんばかりに笑いかけると、優しく手をはずした。
「そうなんだ……じゃあ、しょうがないよね」
「うん、ごめんね。御飯はまた後でご馳走してね」
まるで御飯が目的だったかのように論点を摩り替えると私は「またね」といって逃げるように菜柚ちゃんの部屋を出て行った。
「……はぁ、ハァ……は、あ……」
私は菜柚ちゃんの家から出るとほぼ全力で菜柚ちゃんの家から、ううん、菜柚ちゃんから遠ざかった。出来るだけ、人のいない道を通りながら家の方面へ向かっていると足がもつれそうになり、ブロック塀に肩を預けた。
い、いきなり……あんなこと言わないでよ……
菜柚ちゃんの前では、気づかないふりをしたし、平然を装えていた。でも、実際は、胸が張り裂けそうなくらいに高鳴って、四肢が震えていた。
「ハァはぁ……」
制服が濡れるのもかまわず、まだ小雨の降る中傘もささずに空を見上げる。肌にあたる雨が熱くなった体には心地いい。
菜柚ちゃんが何を言っていたか私はわかってる。菜柚ちゃんが積極的なことは知ってるし、今までもそんな菜柚ちゃんに流されるまま、キスをしたり、その……色々したし、された。でも、確かに流されるままだったとはいえ、それを受け入れたのは私。
菜柚ちゃんが私のことを好きで私も菜柚ちゃんのことが好きなら拒む理由がなかったから。拒むどころか、望んでいた。
けど、さっきの言葉を受け入れてしまったら今度こそ結花とはもう、戻れない気がした。
「…………バカらしい……」
結花とはもう一ヶ月以上も話してないのに、それでも結花のことを気にしてしまう自分がいる。どうしようもなく結花のことが気になってしまう自分がいる。
だって、例え結花からどんな風に思われたって、私が結花のことを好きなのは変わっていないのだから。変わるはずないのだから。
こんなことを思い続けてるからさっきみたいに菜柚ちゃんに一歩遠慮してしまって、菜柚ちゃんとすらたまにぎこちないことがあるというのに。
それでも、私が結花のことが忘れなれない。
子供の頃の約束なんて関係ない。これは今の私の意志。
(このままじゃ、だめ……よね……)
「ふ、ふふ……」
私は自虐的な笑みを漏らす。
すると、さっきまで小雨だった雨が私の心に反応するかのように強くなってきた。さすがに傘をさそうすると、そこで傘を菜柚ちゃんの家に忘れてしまったことに気づいた。ある程度走ってきたとはいえ、まだ家に帰るより菜柚ちゃん家に取り戻るほうが早い。
私は逡巡することもなく自分の家に向かって足を進めた。
全身で涙でも流すように、体をびしょ濡れにしながら。
このままじゃ、いけない。
そんなこと考えるまでもなくわかってる。
結花と話もできてないくせに一方的に菜柚ちゃんに遠慮してしまってて、それが小さな歪を生んでいる。それは今は小さくても、結花が嘘に気づいたように、このままじゃ菜柚ちゃんとの関係すら崩れてしまうかも知れない。
「……今日も、雨か……」
私は昼休み、お昼を食べることもなく校内をぶらついていた。人波から離れるように特別教室がある棟への渡り廊下にさしかかると何気なく窓に寄った。
空を見上げてみると、灰色の雲からはとめどなく空の雫が落ちてきている。
私は憮然とした表情でそれを見続けた。
本当、毎日毎日雨ばっかりで嫌になってくる。じめじめする湿気とか、このザーっという雨音ですら、ただのノイズでしかなくさらに気分が害される。もっとも、今は雨音どころかクラスメイトの何気ない談笑、笑いですら癇に障るけど。
それに耐えられなくて昼休みはこうして一人でいるのに、そうしてると今度は一人の昼休みがいかに長いかが思い知らされた。
結花や菜柚ちゃんと過ごす昼休みはあんなにあっという間だったのに。
(………結花………)
一日だって私は、あの時を、あのキスを、ビンタを、結花の声を、表情を忘れたことはない。瞳の奥に、耳の奥に焼きついている。
なのに、私は結花とあれ以来一度も話していない。
一度だけ電話をしたことはある。着信拒否にされているのかつながらず、メールは送信こそ出来ているから見てはくれているのかもしれないけど、今まで二通だしても、返信はなし。
ただ、メールを見てくれているとしてもそんな字面だけでどれくらい結花の心に通じるんだろう。
やっぱり、直接向き合って話をしたい。
このままじゃ、いけないんだから。
でも、何を話せばいいのか……
「……つぅ……」
急に私は頭に痛みを感じて窓にもたれかかった。ズキズキと鈍痛がする。
そういえば、最近まともに寝た記憶がない。ベッドに入ってもいつも二人のことがちらついて、すんなり寝つけたことなんて皆無。
(保健室、いこうかな……?)
今からいってると午後の授業に間に合わなくなるかもしれないけど、まぁ、いっか。どうせこんな精神状態で受けても、右から左に聞き流すだけ。
私は、のそのそと保健室へ向かった。人からみたら夢遊病者にでも見えるんじゃないかと思うほどふらふらと生気のない様子で。
ガララっ
っと、ノックしてから保健室のドアをあけるとまずは薬品の匂いが鼻をつく。
「はーい、すみませーん。ごめんなさい、今、せんせいいな……」
ついで部屋の奥から声がして、私はその声を聞いた途端咄嗟に部屋から出て行こうとした。
だって、
私の行動は一瞬遅く、振り返ろうとした瞬間に部屋の奥にいた人に姿を見られてしまった。
胸がこれ以上ないほどに脈を打つ。
だってそこにいたのは……
今一番話をしたくて、同時に一番会いたくない人。
「みき…………」
結花だったのだから。