玲菜は洋子を気にしても必要以上に接することはなく、洋子もまた自分から積極的になれずにお互いに距離を取ったまま日々が過ぎたある日。
二人の関係に変化をもたらす出来事があった。
玲菜は放課後にある話を聞いた。
洋子が担任に呼び出されたということらしい。
しかもその理由が、例の件だ。
直接見たわけでもなく、聞いたわけでもない。クラスメイトがそのような話を聞いているのを耳にしただけだが、その日玲菜は洋子が呼び出されたという部屋の前まで来て様子をうかがっていた。
(………こういうのを下手をこくとでもいうのかな)
玲菜は玲菜なりに洋子を心配しているが、あえてそんな感想を思った。
玲菜は常に最新の注意を払ってきた。大きめの服を着て袖には余裕を持たせ、何かの拍子に手首を露出されることをさけるために大抵のことを左手で行ってきた。それは学校にくる以前から家で家族にばれない様にと自然と身に着けた所作だが洋子はそうではない。
もちろん、気を使っていただろうが無意識の部分はあるだろう。
(いつかはこうなるような気もしていたな)
洋子のトラブルに責任を感じていないわけではないが、ここに来た理由は謝罪をすることではない。
どのくらいで出てくるかなど見当もつかず、廊下の壁に寄りかかりながら部屋のドアを見つめていた玲菜だったが幸いにして洋子はそれほど経たずに部屋を出てきた。
「あ……久遠寺さん」
当然、洋子は玲菜の姿に気づきバツの悪そうな顔を見せる。
「とりあえず場所を変えるか」
話をするというのは二人の共通の意識で洋子もうんと小さく頷くと玲菜の後ろについていった。
丁度上階だったこともあり、屋上前の踊り場に洋子を連れてきた玲菜は鋭い視線を洋子に向ける。
「これで懲りたんじゃないか?」
「え?」
「何を言われたかまでは知らないが、少なくても褒められはしていないだろう」
「…………」
黙ったまま洋子は小さく頷く。
玲菜自身は学校でばれたことはないこともあり、何を言われたかなど想像でしかないが外部の人間にできるのは的外れな心配程度だろう。まして洋子の理由ではなおさらだ。
「このまま続ければいずれ日常にも支障をきたすだろう。そもそもクラスの人間にばれたからこそのことだろう。はっきり言ってこんなことを続けていれば大抵の人間は離れて行く」
その言葉に含まれるのは洋子を心配してというものがほとんどではあるが、厄介払いをするという一面も含んでいる。
「私に対して効果がないということだけならまだいいだろうが、日常に支障をきたすともなれば別だろう。今のうちに戻るといい。それが君のためだ」
淡々と玲菜は別れにつながる言葉を続ける。
「………」
洋子は黙ったまま玲菜の言葉を受け止める。
肯定はしないが否定もしない。
よく見ると洋子の表情には明らかに影が落ちており、担任と話したことが堪えているのはあきらかだった。
「でも……私」
それでも洋子は玲菜から逃げたくなく玲菜の言葉を否定しようとした。
が、玲菜はそんな洋子の腕を取ると最初気づいた時のように傷を露出させた。
「よく考えるんだ。私のために残りの学生生活を台無しにするつもりか? それも私は君には応えない。ならすることは一つのはずだ」
「………」
玲菜の察する通り、洋子は思わぬダメージを受けている。これまでは玲菜の事しか目に見えていなかったが実際に他人にばれるということは洋子の不安を直撃した。今回は親への連絡は待ってもらったが、もしばれれば余計な心配をかけるだろう。玲菜の言うとおり周りの人間も離れて行くかもしれない。
その可能性を考えてないわけではなかったものの、目の前にせまった現実となるとさすがに自分のしていることに躊躇をせざるを得なかった。
「今すぐに答えを出せとはいわない。しかし、考えるんだな。本当にこのままでいいのかということを」
あえて玲菜はここでの答えを求めなかった。この場で感情に任せた答えを出すよりも、時間を置けば理性的な判断をするとそう思ったから。
「………………」
答えが出せないということ自体が思惑通りであると察し、これで区切りとつくと玲菜は「それだけだ」と静かに去っていく。
「…………」
その背中を悲しい瞳で見つめる洋子の決意を甘く見たまま。