ジャガイモ、にんじん、たまねぎ、それと鶏肉。ルーは辛いのが苦手だから中辛の中でも甘いやつ。後は、豆腐。私はスーパーの店内を歩きながら、次々と必要なものをかごに入れていく。

 ここは美優子の家から十数分のスーパー。冷蔵庫の中みたらほとんど何もなくて買出しに来てるってわけ。

 メニューは簡単に想像できる通りカレー、明日の朝までご飯つくるのはめんどくさいので作り置きできるものにしておく。

「あの、どうしてお豆腐も買うんですか?」

「え? どうしてって?」

「えっと、カレー、ですよね?」

「そうだよ?」

 かごの中を見つめる美優子はどうにも腑に落ちないという顔をしている。

 なんではこんなに不思議そうな顔してるんだろ。カレーと豆腐なんてセットにするのが当たり前でしょ。

おかしなみゅーこ。

 あとは、お買い得になってた醤油と卵をかごに入れてレジに向かった。

 美優子がこういうときのためにあるというお金で支払いを済ませると薄暗くなった外へと出る。

 外は肌心地いい気温で、閑静な町並みにぽつん、ポツンと一定間隔にある街灯に虫がよってきているのがまだ夏の名残を感じさせた。

「うー、お腹すいたねぇ。早く帰ってつくろっか」

「……あ、あの涼香さん」

 かごを置きいっていた美優子が戻ってくるなりなぜか照れるように私を呼んだ。

「ん? なに?」

「じ、実は近道があるんですけど……」

「そうなの? じゃあそっち通っていこっか」

「あ、で、でも。そ、その道、す、少し問題があって……」

「? なら、別に来た道でもいいけど? そんなに急いでるわけじゃないんだし」

 急にどうしたんだろう美優子は。やけに落ち着いてなくて、その近道とやらを通りたいのか、通りたくないのかわかんない。こんな所で立ち止まってるよりはどっちでもいいから早く歩き出したほうがいいと思うけど。

「何があるの?」

「えっと……」

 むぅ、美優子ってたまに変になるよね。こう、何が言いたいのかわからなくなって、よくわからない断片的なことばっかいうようになって、照れた様子はある意味可愛いような気もするけど、若干いらつきもする。

「……こ、怖い犬がいるんです」

「………………」

 えーと、ごめん。ちょっとひっぱたきたくなった。

「はぁ、なら来た道帰るってことでいいよね。ほら、いこ」

「あ、あの! わ、わたしすごくお腹すいてて…その、早く帰りたいので……だ、だから……」

「もぅ、なに? はっきりして」

「……こ、怖くないように、て、手を繋いで貰えますか……?」

「…………………はい?」

 あまりに唐突に意味不明なことを言われ、私はひどくまぬけな声を上げてしまった。

 遠くで虫よけのライトがジジジと音を立てている。

 私は頭をフル回転させて美優子の言ったことを理解しようとしたけど、どうにも最後の手を繋ぐまでつながらない。怖いから手を繋ぎたいっていうのは、まったくわからないわけじゃないけど、なら少し遅くなってもいいから来た道を通ればいいとしか思えないので、やっぱりわからない。

「す、涼香さんが一緒なら、大丈夫だと思います、から。あの…………だ、駄目ですよね」

 今までになく美優子の様子がおかしいと思ったけど、思い返すと美優子の家を出るあたりから変だった気がする。顔はほんのり赤いし、ぼけっとしてることもあった。

(熱でもあるのかな)

 だとすれば、早く帰ってあげたほうがいいよね。

「いいよ。近道、通っていこ」

 手を繋ぐのは恥ずかしいけど、美優子が調子悪いのならそのくらい我慢して早く帰らなきゃ。

 私は買い物袋を左手に持ち帰ると空いた右手を美優子へ差し出した。

「あ、りが、とう、ございます」

 美優子の手が恐る恐ると近づいてくる。

 ま、手を繋ぐくらい友達同士ならそんな変なことでもないんだよね。せつなとじゃ、せつなの気持ちを知ってるせいで意識しちゃうけ、どっ!?

「!!?」

 美優子と手を繋いだ瞬間、私は驚きのあまり美優子に目を向けた。

 手はつながれた。うん、確かに繋いでる。そのことに関して私は了承したよ?

 で、でも……

 こんな風にするなんて聞いてないって!

『恋人つなぎ』

今私がされてるのは一般的にはそう呼ばれる繋ぎ方。

(えぇぇぇええぇ??!!

 な、なんで……

 友達同士でこうやって繋ぐっていう人がいるっていうのは知ってる。けど、今まで友達のいなかった美優子がそんなことするとは思えないし…あ、いなかったから余計にそういうことしたいとか? うーん、でも性格的にない気がするし。

 混乱しながらも歩き出して美優子の顔を横目に見てると、嬉しそうにも、恥ずかしくてたまらなそうにも見えるし、下を向いてるせいもあっていまいち読み取れない。

 というよりこっちが動揺しててしっかりと美優子の顔を見れない。

(私がどうかしてたとはいえ美優子とは、キスしちゃってるんだよ?)

 その上こんなことするなんて……

 手を繋いでいいといってしまった手前、今さら駄目だなんて言えない、よね。

 だってそれは多分、美優子のことを傷つけることになる。

(うー、どうすればいいのー?)

 そしてそのまま私は錯乱したまま無言で美優子の家へと帰っていった。

 繋いで手から伝わる美優子の温度を妙に印象に残しながら。

 

 

 美優子が、変。

 私は、美優子と一緒に調理をしながらそう思っていた。

カレーだから別に二人でする必要もないんだけど美優子は頑なに手伝うといって聞かなくて広くはないキッチンで二人並んで作業をしている。

(そういえば、美優子と二人で何かするってはじめてかも)

 さっきのことがなければ楽しくおしゃべりでもして出来たんだろうけど……ほとんど無言で手だけを動かしてるこの状況は傍からみたらおかしいと思う。

(犬、いなかったな)

 帰ってくる途中、美優子の言う怖い犬どころか他にも犬なんて一匹も見かけなかった。散歩に行ってただけかもしれないけど、とにかく手を繋ぐ理由になったものはなかった。 それにちゃんと計ったわけじゃないけど時間はそんなに変わらない気がして本当に近道だったのかだってわからない。

「つっ!

 横にいた美優子が鋭く声を上げた。

「美優子、大丈夫?」

「は、はい。包丁で少し切っただけですから」

「ちょっと見せて」

 私は思考を中断して美優子の手を取り、切った指を見てみる。

「うん、これくらいなら舐めておけば治るよ」

「舐め……」

「でも、一応ちゃんと消毒して絆創膏貼ったほうがいいかもね。後は私一人でするから美優子は治療してて」

 一瞬、私が軽く舐めてあげようかなって思っちゃったけど、恥ずかしいっていうことよりこれ以上意識させるようなことできない、したく、ない。

 美優子をキッチンから追いやると私はテキパキと動きながら思考を再開した。

(もし、もしもだけど……犬のことも近道のことも嘘だったら?)

 嘘だとしたら、手を繋ぎたいっていうための口実だとしたら……

「まさか、ね……」

 そんなことないよね。犬がいなかったのはたまたまだし、時間があんまり変わらないって感じたのも気のせいだよね。

 美優子があんな繋ぎかたしたのだって、美優子がそういう人なだけで美優子からすれば特別なことじゃないんだよ。私が変に意識しちゃっただけ。

(うん、そうに決まってるよ……ね…)

 私は次々と浮かんでくる考えたくないことを無理やり打ち消して、カレー作りに集中していった。

 

 

 結局、ご飯のときも、片付けのときも美優子はあんまりしゃべらなかった。何かを考えてるのか、悩んでるのか私が話しかけても歯切れ悪く答えるだけ。

 私は昼間のようにソファに座って何気なくテレビを見ていた。私は私で考え事をしててテレビを見るというよりは流れてくる歌を聴いているだけかもしれない。

 美優子も隣にいて、クッションを抱きしめながら思い詰めたような顔をしている。

 私は目の前のテーブルの緑茶を取ると一口つける。

 せつながいつか飲むと心が落ち着くっていう紅茶を紹介してくれたことがあったけど今それがあれば少しは落ち着けるのだろうか。

(美優子、残してた……)

 すごくお腹減ったとか言ってたくせに。喉も通らないって感じだった。

 あれも、嘘?

 茶碗を持つ手が震えた。

 違うよね、きっと私のカレーが口に合わなかっただけ。それにお腹へりすぎると逆に食欲なくすもん。

 コト、と飲み終えた茶碗とテーブルに置く。

「涼香さん。おかわり、いかがですか?」

「あ、うん。もらおう、かな」

 丁度美優子がなくなったのを見てたらしく、美優子は自分のと私の茶碗を持って急須を取りに行った。

 ていうか、手を繋ぐくらい友達同士ならおかしくないんだよね? そうだよね、私が意識しちゃってるだけだよね。美優子って言っちゃ悪いけど少し妙な態度とることはあるし、それと今日のことを結びつけちゃっただけ。

 ほら、私ってバカだから。

 よし! 気にしない、気にしない。美優子だって私が変な風にしてるからいつもの違くなってるだけだって。

 もう考えるのはやめ。いつもみたいに美優子と話せばいい。

 私は心の中で「うん!」と自分に言い聞かせた。

「どうぞ」

「ありがと。みゅーこ」

 あつーいお茶を受け取りながら明るく言って、美優子が通れるように体を引いてソファとテーブルの間に隙間を作ってあげる。

 美優子はそこを通って

(えぇぇ!??

 私のすぐ側に腰を下ろした。肩と肩がふれあいそうなくらいの位置に。

 何度も否定した考えが心に入り込んでくる。

 ない、ないよ。違う。

 私が自意識過剰なだけ。

 美優子だって俯いたまま何もしてこないし、言ってこないじゃない。

 私は少しでも気を紛らわそうとお茶をちびちびと飲み続ける。

「あの、涼香……さん」

(っ!)

 美優子の戸惑いと不安と、期待と、喜色の混じった声。

「な、なに?」

「その、さっき、のこと、なんですけど……」

「さ、さっき?」

 っていつのこと? 泊まるって言ってから美優子に意見を求めて完結してないことはないはず。

「あの、涼香さんが、わ、わたし……に」

 美優子は私と違い空いた手を恥ずかしさを誤魔化すようにもじもじと擦り合わせている。私は美優子の顔が見れなくてそんなところしか見れてない。

 聞きたくない、美優子の言葉を私は、今聞きたいないって思ってる。

「おかしな…こと、するって、いう」

「ぶっ!

 私は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。

「だ、だからしないって、私ってそんなに信用ないかなぁ?」

 わざとおどけたように言ってみる。

 そもそも『する』なんていってないでしょうに。

「ち、違うんです。あ、いえ、信用がないってことを否定したわけじゃなくて。で、でも信用がないってことでもなくて……」

 美優子の言うことはしどろもどろで要領を得ない。

 けど、言いたいことはわかってしまう気がする。似た状況、とはいえなくても、そういう雰囲気を味わったことがあるから。

「……ぃい、です…よ……」

「………………」

 美優子の言葉が聞きたくないどころか、ここから逃げ出したいとさえ思うのに、瞳は美優子に釘付けになってしまった。

 聞くことは望んでない。でも、私は真剣な美優子から顔を背けることはできなかった。

 

「……おかしなこと……わたし、涼香さんに、なら……されても、いいです」

 

 

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