エピローグ

 

 

 穏やかな風が吹き、草花が芽吹く季節。

 春。

 青く高い空の下、桜の雨が降る小道を命は友達と歩いていた。

「にしても、みこもちゃんと二年になれるとはね」

 命の隣を歩くのは元委員長の理子、こうして歩くようになってからそんなに時間はたっていないがまるで昔からの友達のように隣にいるのが自然と命は感じるようになっていた。

「ま、入院やらなにやら色々あったけどね」

「なんにせよ、今年もクラス同じでよかった。今年もみこのノートは頼りにさせてもらうから」

「私なんかよりも静希に頼ったほうがいいんじゃないの〜?」

「静希は……ほら、みこのだから」

「私のって……最近じゃ聖美とも仲良くしてるからそんなこともないんじゃない?」

「そうかもだけど、私はとりあえずみこのノートのほうがわかりやすいのよ」

「……つーか、自分でちゃんとやれよ……」

 話が尽きることはない。

 他愛のない話でも『友達』であるのだから、いくらでも話すことが出てくる。

 理子と笑い合う命は事件以来命が人に見せることのなかった、本当の命。普通に友達と話し、普通に悩み、普通に泣いたりもする。自分の持つ楽しさや嬉しさ、悲しみ、苦しみを一緒に分け合える友達を得た普通の人間。

 友達がいるというだけで、独りではないというだけで別人のように晴れやかに笑うことができる。孤独があったからこそ、その嬉しさを大切にできた。

「あ、悪いけど今日はここでさよならするわ」

「ん? 何よ。何かあるの?」

「静希と約束」

「あ、っそう」

 少し面白くなさそうな顔をする理子だったが、それは命と友達になる前とは全然違う表情だった。

「というか、なら最初から静希と一緒に帰ればよかったんじゃない?」

「そうだけど……ほら、待ち合わせってのがわくわくしない?」

「それはともかく途中ですっぽかされる私は面白くないけど?」

「まぁまぁ」

「ふぅ、一つ貸しね」

「貸しって程のことでしょ……まぁ、いいけど。とりあえず、それじゃね」

「ん。じゃ、また明日」

「うん。またね〜」

 またね。

 そんなことを自然に言える日がくるとは思っていなかった。この言葉を口にすると変わったなぁと自分で実感する。

 そんなことを考えながら命は静希との待ち合わせの場所、命と静希が友達になった場所へと向かっていく。

(……せっかくの遊歩道なんだから、桜でも植えればいいのに)

 途上にある並木道を歩きながら、上を向いて春の空気を感じる。春といえばまず桜ではあるけど、こうしてぽかぽかな陽気を感じるだけでも心が弾んでくる。

 そんな余裕もあった。

 今日は何か特別な日なわけではない。

 ただ、二人は何かがあるわけじゃなくともこうして二人の新たな関係が始まった場所で会うことがあった。最近まで静希は命と友達になった一件のおかげで色々不安定な立場だったが、それの決着も一応ついて、このところは聖美や理子といった命と仲のよい相手だけではあるが友達と呼べる相手も出来てきていた。

「あ、静希ー」

 町を見下ろす高台に着いた命は静希の姿を発見すると嬉しそうに名前を呼んでいつものベンチに駆け寄っていく。

「命」

 静希もやはり数ヶ月前とは別人のようにさわやかな笑顔を……

「……遅い」

 浮かべていなかった。明らかに待ち人が遅れたことに不満そうにしていた。

「遅いって、別に時間とか決めてなかったでしょ」

「それでも待ち合わせしてるんだから、あんまり待たせるべきじゃないわよ。何してたの?」

「ちょっと、理子と話してただけ」

「そ、ならいい」

 理由がわかると静希はすぐに不満そうな態度をほぐして、笑顔になった。

「あ、そだ……」

 そして、いつものように話を始める。

 特別なことは何もない。理子と話したように友達としての会話を二人の思い出の場所でするだけ。

 特別でなくても、二人には特別な時間。お互いに思いを通じ合わせている相手だからこそでもあるが、そうではなくても今の普通の時間が特別だった。

 二人ともそれを手放したことがあるからこそ、普通が特別で大切だった。

「そういえば、静希」

 そんな中命はふと気になったことを口にしようとする。

「何?」

「大したことじゃないけど、最近あの猫見なくない? 静希は何か知らないの?」

「さぁ? 確かに見ないわね」

 静希はそれに今気づいたわけじゃないのだろうが、命が話題を出したことで何か考えるような顔をした。

「こんなこと、バカらしい考えかもしれないけど……私にとってあの子は琴音の代わりのようなものだったのよ。……私を心配した琴音が猫になって私の友達になってくれたんじゃないのかって、思ってる。でも、今は……独りじゃないから、いなくなったのかもしれないわね」

「そっか……」

 それが真実かどうかなんて誰にもわからない。ただ静希がそう思っているだけ。しかし、それでいいのだと命は思う。

「さて、と。もうこんな時間か」

 どこか清々しそうな顔をしている静希を見つめていた命は満足そうな顔をしながらもそんなことをつぶやいた。

 二人でいる時間は楽しい。ただ、楽しい時間ほど早く感じてしまうものでいつの間にか二人を夕陽が照らしていた。

「そうね……」

「じゃ、そろそろ帰る?」

「そうね」

 名残惜しくもあるし、寂しくも感じる。しかし、辛くはない。また明日になれば会えるのだから。

「あ、その前にちょっといい?」

 二人は互いに鞄を持って立ち上がろうとしたが静希が命を呼び止める。

「ん? 何?」

 静希はすぐには言い出さず、少しだけ過去を懐かしむかのような目をした後。

「ありがとう」

 と、晴れやかに言った。

「な、なに? いきなり」

「言いたくなったのよ。……今、毎日楽しいわ。それは、命のおかげだから」

(……………)

 静希の素直な言葉に命はこそばゆさを感じながらも、

「それはお互い様。私も楽しい。静希のおかげで、ね」

 同じ言葉を返して、手を静希の前に差し出すと小指を立てた。

 静希も同じようにすると小指を絡める。

「私もありがと。それと、これからもよろしくね」

「えぇ。よろしく」

 固く指を結び、誰よりも幸せそうに笑い合った。

 そして二人は歩いていく、独りではない未来へと。

 

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