「………何か、御用でしょうか」
秋も深まってきた夕暮れ。
冷たい風が吹きすさぶ中、夕陽を背に天音は自分の家の塀に寄りかかる相手に問いかけた。
「君と、話がしたくてな」
玲菜は天音の行く道を遮る様に一歩前に出た。
この日も天音は学校を休んでいる。天音と話すと決めた以上一刻も早く話がしたいと、家の前で待ち伏せをしていた。
「………話すことはないです。言ったじゃないですか、もう終わりにしましょうって」
そう言って天音は玲菜の横を通り過ぎようとしたが玲菜は天音の腕を取り、とどめた。
「学校をやめるという話……本当か?」
「…………………本当ですよ。養成所近くの学校に転校して劇の勉強をします」
「私のせい、か?」
「…………なんで、そうなるんですか?」
否定も肯定もせずに質問に質問で返す。
そこには単純ではない感情が滲んている。悔しさなのか、怒りなのか、悲しみなのか、喜びなのか。玲菜にはわからない。
だが、感情的にならないようにしているところが逆に感情的に思え、自分に起因していることを確信させた。
「私が……君を学校に居づらくさせただろう」
それを玲菜が言うのはごう慢であり、うぬぼれでもあるだろう。だがそれは事実でもある。
「……うぬぼれもいいところですね」
事実であるからこそ、天音はそれを認めようとせず嘲笑したような顔で玲菜を見た。
「えぇ、そうですね。確かに居づらいなとは思いましたよ。でも、そんなのは最初からです。最初から私は誰とも仲良くもなかったし、別に友だちだっていなかったし、欲しくもなかった。学校にいる間仲よくしてないと困るからしてただけ。玲菜先輩のことなんてきっかけの一つでしかないんですよ」
「…………」
攻撃的な天音に玲菜は声を詰まらせる。本心でないと思いたいが、言葉の中に本気を感じてしまい反論ができない。
「大体、もし学校をやめるっていうのが本当だとして、玲菜先輩はどうしたいんですか?」
「む……?」
「引き留めるつもりですか? どんな理由で? 玲菜先輩にそんなことする動機がありますか? 私たちはただの先輩後輩なだけですよね? それ以上でもそれ以下でもない。そんなただの先輩が私のことに、私の人生に口出しをする権利があるつもりなんですか?」
「それは………」
そんなものは、ない。他人の将来に口を出せるほど自分は立派な人間ではない。自分の未来すらまともに見ることができないくせに、【ただの後輩】に何が言えるのだろうか。
「ない、かもしれないが。しかし……」
自分の中に明確な答えはない。ここに来たわけすら、はっきりとはしていないのだから。
「君を……放っておきたくはなかったんだ」
それは天音の恋が始まるきっかけをくれた言葉。
天音を救ってくれた言葉。
だからこそ
パン!
天音はその時を、玲菜への恋を思い出して頬を叩いた。
「………やめてください」
「天音……」
ジンジンと痛む頬を染めどうすればいいかわからないと言った顔で天音を見返す。
「私のこと、好きじゃないくせに。……私に答えてくれるつもりなんてないくせに……優しいふりをしないでよ!」
「そんな、つもりは……」
「言いましたよね? それが私を惨めにさせるんだって! 優しくされるたび痛くなるって。言いましたよね!?」
「だが……私は、君を」
「っ……聞きたくない! それが一番私を傷つけてるんですよ」
「あま……」
「貴女のそういう無神経なところが嫌い。優しいところが嫌い。人の気持ちを考えられないところが嫌い。………貴女が大っ嫌い!」
「っーーー」
熱い涙を浮かべながら天音は玲菜を否定した。ずけずけと心に入ってくるくせに、一番欲しいものには手を伸ばしてくれない玲菜を。
「あま、ね……」
(……嫌いと、言われたのか)
呆然と天音を呼びながら玲菜は天音から受けた言葉の刃に胸を刺されていた。
(……嫌われた、のか……)
ふらっと壁にもたれかかり、心の傷が出血を生む。
「っ……?」
面と向かって嫌いと言われたのは初めてかもしれない。
もともと人と関わっては来なかったし、玲菜に関わってきた人間は本気でそれを言うことはありえなかった。
好かれていないと思うことが普通の玲菜ではあるが……嫌われたという自覚に
「っ………」
涙が溢れそうになった。
嫌われたということを玲菜がはっきり自覚しているのは、親に対してだけだ。
いらないから、嫌われたから捨てられた。
そう
(嫌われたら……もう、会えなくなる……)
また、捨てられてしまう。
「あ……ぁ……あぁぁ」
心が言葉にならない声をあげさせる。
足場が崩れていくような感覚。そのままどこまでも落ちていくような絶望。
「れ、玲菜、先輩………?」
あまりにショックを受けている姿に天音は動揺する。傷つける言葉は使ったが玲菜の傷を知らない天音はそこまでのこととは思えなかった。
「はっ…あ……ぁ」
足に力が入らない。持たれた壁に体重を預けどうにかその場に倒れ込まぬようにするのが精いっぱいだ。
(……嫌われたことに絶望してる、のか?)
気を抜けば絶叫をあげてしまうか、気を失ってしまいそうな心地の中冷静さを保とうと玲菜は理由を求めた。
嫌われるということ自体が玲菜には絶望の象徴である。
(だが……本当にそれだけか?)
心が疲弊している。思考がはっきりしない。
(……天音ともう会えなくなるから、か?)
トラウマと現実がごっちゃになって、それが自分の気持ちなのかもわからない。
(天音に嫌われたら……もう、天音と会えなくなる、のか……?)
ただ何もないところからは何も生まれない。その想いは確かに玲菜の中にあったもの。
(……それは……それだけは……)
「玲菜先輩!?」
心に耐え切れず倒れ込もうとする寸前に、玲菜は自分が求めた相手に支えられていた。