彩音はゆめの部屋を訪れると、表面上は何ともなさそうに部屋を見回していた。

(……どうしよう)

 ゆめはそんな彩音を後ろから見つめる。

 勢いで連れてきてしまったが、どうすればいいのかさっぱりなのは変わらない。

(……元気つける、方法………)

 なんとかそれを探したいとは思っても、経験も知識も少ないゆめにとってそれは至難の業。

「……………」

 ゆめはそれでも何かないかと、頭をぐるぐるさせる。

(……そういえば)

 少し前に彩音に借りた漫画で、友だちを慰めるシーンというのがあった。

(……あれは、確か)

 ゆめはわらにもすがるような気持ちで彩音の背中に近づくと

 ぎゅ。

 背中から手をまわして彩音のことを抱きしめた。

「へ!?」

 彩音はあまりにも予想していなかった展開に素っ頓狂な声をあげた。

「い、意外と、積極的、だね?」

 何故こんなことをされたのかわからない彩音は、とりあえず茶化すようなことを言ってみるがゆめはただ彩音を抱く腕に力を込めるだけ。

「……………」

「? ゆめ? えーと、何してるの?」

 それからゆめが何も言わないので彩音はさらに訳が分からなくなりそれを尋ねる。

「……彩音のこと抱きしめてる」

 客観的に見るとゆめが彩音を抱きしめているというよりは、妹がお姉ちゃんに抱き着いているという感じではあるが、ゆめはそう主張した。

「え? いや、それは、わかるんだけど……。えーと、なんで?」

「……友だちだから」

 友だちだから元気のない彩音を慰めている。

 という意味ではあるが、ゆめはそれを口に出さないため、彩音はただただ混乱するのみ。

「そ、そう?」

(………? あんまり、嬉しそうじゃない?)

 ゆめは彩音が自分の望む反応をしていないのには気づくが、それがなぜかはわからない。

 漫画じゃ、すぐ抱きしめられたほうが嬉しそうに抱き返していたという結果だけを思い返すが、現実には彩音を混乱させている。

「……彩音は、私に抱きしめられても嬉しくない?」

「え、っと、別にそんなことはない、けど」

「…………」

 嫌じゃないといわれたに等しく、彩音を怒らせたり嫌がられたりはしていないのはわかるが、自分の望む結果は得られていない。

「あ……っと」

 この方法では彩音を元気づけられないのかと悟ったゆめは、彩音のことを離した。

「えーと、ゆめ?」

 彩音はすぐにゆめに向き直り突然の抱擁に関して聞こうとしたが、

(…………駄目だった)

 ゆめはすでに自分の思考に追われ彩音のことを見ていない。

「ゆめちゃーん?」

 やっぱり、本で見たことは現実とは違うと認識したゆめは、どうしようかと頭をひねる。

「えーと……」

(…………そうだ)

 今度は自分なら元気ない時にどうするかと考えていたゆめは、心あたりを探し当てる。

「……ちょっと、待ってて」

「え? あ、うん」

 ゆめは状況についていけていない彩音を置いてけぼりに部屋を出ていくと、階段を下りて、キッチンに向かう。

「……あった」

 そして、冷蔵庫からあるものを取り出すとそれを小皿に乗せて彩音の元に戻っていった。

「………はい」

 ゆめがいなくなっている間にテーブルの前に座った彩音に好物のケーキをのせた小皿を差し出す。

「あ、ありがとう」

 彩音はまだ状況が呑み込めておらず、言われるままに差し出された小皿を受け取る。

「って、あれ?」

 受け取った彩音はゆめが手ぶらになったことに気づく。

「えーと、ゆめのは」

「……ない。それが、最後の一個」

「え? じゃ、じゃあいいよ。ゆめのでしょこれ」

「……そうだけど、いい。あげる」

「いや、悪いってば」

「……………あげる」

 本音を言えば、ゆめはケーキをあげたくはなかった。これ自体買ったもののあまりではあるのだが、ものに執着のないゆめの数少ない譲れないものである甘いもの。それを自分が食べられないのにできたばかりの友だちにあげるのに抵抗がないわけではない。

(……でも、彩音を慰めてあげたい)

 彩音と美咲には助けてもらったという恩も感じていてゆめは初めて自分よりも相手のことを優先していた。

「だ、だから……」

 彩音は彩音で初めてきた友だちの家でもてなす側を差し置いて自分だけ食べるわけにはいかないと固辞する。

「……………」

 そんな彩音にゆめはしびれを切らし、フォークを掴むとそのままケーキを取って彩音の口元へと持って行った。

「へ?」

「…………あーん」

「え、あの、ゆめ?」

「……あーん」

 口答えをするなという目で彩音を見つめるゆめ。その中には、もちろん大好きなケーキを取られる不満もある。

「あ、あーん」

 そのゆめの迫力にまけ彩音は観念してケーキをほおばった。

「………おいしい?」

「う、うん。おいしいよ」

「……よかった」

「え、えーと、ゆめ、だから」

「……もう一口」

「あ、う、うん」

 有無を言わせずゆめは彩音にケーキを食べさせる。

「…………彩音」

「こ、今度はなに?」

「……元気、出た?」

「へ!? ど、どういうこと」

 いきなりゆめは核心をつくが、それがあまりに直球過ぎて彩音はまるでゆめの言葉を理解できていない。

「……今日、彩音元気なかった」

「あ、えーと……まぁ、ね」

 今の状況はわからずとも、それには自覚がある彩音は頷いて見せる。

「って……」

 そして、その自分が元気なかったということとゆめの突然の謎の行動。それから、今の元気出たかという問いにやっと彩音はゆめが何をしようとしていたかに達する。

「も、もしかしてさ、さっきに抱き着いてきたのとか、このケーキとかってあたしを慰めようとしてくれてたの?」

「…………友だちだから」

 ゆめは子供が覚えたての言葉を繰り返すように、二度目の同じ言葉を発する。

 先ほどとは違いちゃんと彩音に理解してもらえた言葉を。

「っぷ。ははははは」

 ゆめの真意が理解できた彩音は楽しそうに、嬉しそうに噴出した。

「あははは、ゆめ、ありがと。元気でた」

「………よかった」

 彩音がなぜいきなりこんな風に笑ったりしたのかゆめは理解できなかったが、少なくても元気が出たというのは本当だと察してゆめも小さく微笑む。

「…………じゃあ、もういい?」

「え? な、何が」

 まさか元気が出たならもう帰れとでも言われるのかと彩音は不安そうになるが

「………ケーキ」

「け、ケーキ?」

「……元気出たなら、もういらない」

「あ、あぁ、なるほど……っぷ、くくく」

 またゆめがあまりに面白いことを言うので彩音は笑いを抑えきれない。

「あ………」

 彩音が笑ったままゆめからフォークを取り上げると、ゆめは心底残念そうな声を上げる。

「じゃあ、さ、こういうのはどう?」

 ゆめが今まで見てきた中で一番楽しそうな彩音は先ほどのゆめと同じようにフォークでケーキを取ると

「はい、あーん」

 自分がされたように今度はゆめの口元にケーキを差し出した。

「……ふぇ?」

「あたしはゆめに食べさせてもらったんだからあたしもゆめに食べさせてあげる」

「……………恥ずかしい」

「……さっきあたしにしてきたじゃん。ほら、あ〜ん」

「……………あ、ん」

 パクっと小さな口でゆめはケーキをくわえ、ほんのり赤く染まった顔でそれを咀嚼する。

「…………おかしい」

「ん? 何が?」

「……いつもよりおいしい気がする」

「よかったじゃん。はい、もう一口、あーん」

「……あむ」

「にゃはは、可愛い可愛い。はい」

 自分が美咲と些細な喧嘩をして落ち込んでいたことなんて吹っ飛んで彩音は親鳥から餌をもらう小鳥のようなゆめにもう一度ケーキ差し出し、

 それをゆめは奪い取る。

 そのまま三度彩音の口元へと持って行く。

「……あーん」

「あれ? もうくれないんじゃないの?」

「……やっぱり、あげる。………多分、彩音と一緒だからこんなにおいしい。だから、彩音にもあげる」

「ふふ……」

 またもゆめは彩音からすると実に可愛いことを口にする。

「ありがと、じゃ、残りも食べさせあいっこしよっか」

「……うん」

 その言葉通りゆめと彩音は残りのケーキをお互いに食べさせあい、ゆめは初めて友だちを招待したことで大切な思い出を手に入れるのだった。

1/おまけ

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