「あ、ちゃんとしめなかったか」

 階段を上ってゆめの部屋の扉が見えるところに来ると扉が半開きになってるのに気づいた。悪いことをしたわけじゃないけど、まぁちゃんとしなきゃいけないことだよね。

 あたしはそんなことを思いながらゆめの部屋に近づいていった。

(そういや)

 そこでちょっとした悪いことを思いつく。

 ゆめのことは結構何でも知ってるつもりだけど部屋に一人でいるとき何してるかとかはよく知らない。

(ちょっと覗いてみようかな)

 って、あたしは軽い気持ちで半開きのドアからゆめの部屋を覗くことにした。

「ん……?」

 ゆめはもうベッドに戻ってたけど、寝てるわけでもなくベッドの上にぺたんと座っていた。

 それだけならいいんだけど、あたしが注目したのはゆめが手に持ってるもの。

(スプーン?)

 ゆめの手には銀色のスプーンが握り締められてて、ゆめはなんでかそれをじぃっと見つめている。

(あれって、あたしが使ってた、やつ?)

 テーブルのほうに目を向けるとゆめがいたところのカップにはスプーンがある。必然的にゆめが持ってるのはあたしのってことになるんだろうけど……?

 理由が全然わかんないよね。少なくてもあたしは何もないところでスプーンを使う方法をしんないし。

 でも、それをわかんないのはあたしの立場で、ゆめにはあたしのスプーンを使う用途があったらしい。

(は!!!???

 あたしはゆめの行動に目を疑った。

 だって、ゆめが、

「……ん、ちゅ」

 あたしのスプーンに口付けていた。

「……ん、ふ……」

 おずおずと舌先を出して銀のスプーンの胎をちろちろと舐めあげる。

(へ、え……は?)

 あたしはなんでかかぁっと体が熱くなって、頭を混乱させる。

(え? ゆめ、え?)

 な、なんで?? え? 

 頭が真っ白で何にも考えられない。ただ、それでもこれはまずいって思って、あたしはそぉっと音を立てずに立ち上がろうと

「……あや、ねぇ……ん」

(え!?

 突然名前を呼ばれてあたしはビクって体を震わせたけど、すぐに気づかれたわけじゃないって気づく。気づいてたんならあんなふうな声になるはずがない。

 ん、でも、ってことは……

(あたしの使ってたスプーンで、あたしのこと、考えながら……)

 ゆめがしてるのはいわゆる間接キスってやつなわけで……どう考えても過激だけど、普通こういうことをするっていうのは……

(つ、つまり、ゆめって、えっと…………えっと……)

 突然のゆめの行動とそれを覗き見しちゃったっていう罪悪感のせいで頭がうまく働かない。

(と、とりあえず、帰ったほうが、いいよね? ほ、ほら、携帯はなくても死ぬわけじゃないし。うん、帰んなきゃ……)

 あたしはとにかく今はそれが先決に思えて今度こそ立ち上がろうと

「あれ〜? 彩音ちゃん、そんなところで何してるの?」

 突然階段の中腹くらいからゆめのお母さんの声が聞こえてきてそれにビクついたあたしは、

 ドン!

「っ!?

 バランスを崩したあたしは思わず前につんのめってゆめの部屋にドアを開けて、倒れこんでしまった。

!!!!!!!!!!??

「な、なんでもないです!

 ゆめの部屋に入っちゃってまずいってことはわかってたけど、ゆめのお母さんにここにこられるわけにはいかないから背中でドアを閉めそう告げた。

「そ〜お? あ、これからお買い物行ってくるからゆめちゃんのことしばらくよろしくね〜?」

「は、はい!

 って、あたしは携帯取りに来ただけなんですけど……本当は。

「………………………」

 部屋が固まったまま少しするとゆめのお母さんが下に下りていく音を聞こえてあたしたちの時間がやっと解凍する。

(………………………さて、どうしよう)

 えーと、あくまであたしがしてたのは覗き見なんだからゆめが今までのに気づいてなければ、携帯とってすんなり帰れる?

「えーと、携帯、携帯っと」

 あたしは、自失しているゆめをちらりと横目で見ると何事もなかったかのようにゆめの机に置いてあった携帯を取りにいった。

「あ、あった、あった」

 わざとらしく、あくまで携帯を取りに来ただけっていう演技をしてはいるけど……

「さて、じゃあ、今度こそ帰るね」

 よし、自然。うん、いたって自然

 バン!!!

 自然にフェードアウトしようとしたあたしだったけど、そんなあたしを小さな衝撃が襲った。

 表情は無表情なまま、瞳に迫力を込めながらも潤ませたゆめが枕を投げつけてきた。

「バカ!!

 バン!

 次は本、

「バカ!! バカバカ!!!

 水のみ用のプラスチックのコップ。

「ちょ、ゆ、ゆめ、痛いってば」

 そして、あのスプーン。

「バカ! 大っ嫌い……バカ!

 その後もしばらく手につくものを何でも投げつけてくる。

 とにもかくにもそれに耐えるあたしだったけど

「っく、バ、カぁ………ひっく」

 投げられるものがなくなるとゆめは、しゃくりあげて……

「ひっく……ばか……ぅっく」

 泣き出した。

「……ひぐ…嫌い……彩音、バカ」

 大粒の涙をぽろぽろと流して、火の出てしまいそうな真っ赤な顔をくしゃくしゃに歪ませてゆめは子供みたいに泣き出した。

「………っく…うぐぅ……」

(……ゆめ)

「……みぐ、……なら、ないで……あぅ…っ」

「え?」

「……ひぐ、ぅっく……ぅぐ…嫌いに、なら、ないでぇ……」

 溢れる涙は止まることなく、何度も何度もしゃくりあげたゆめは搾り出すようにいった。たぶん、心の底から出てきた今の一番の気持ちなんだと思う。

「ゆめ……」

 あたしはそんなゆめに近づいていって、ベッドに上がる。

 二人分の体重がかかってベッドがきしむ中あたしは、片手でゆめの涙をぬぐってあげると

「ん、ちゅ」

 おもむろにゆめの唇を奪った。

「あむ、れろ、ちゅぷ」

 しかも、驚いて硬直するゆめの中に舌を入れる。

 ふふ、ケーキのせいで甘いけど、ちょっとしょっぱいね。涙の味がする。

「ちゅく、にゅぁ、はむ」

 でもそんな味も一緒にあたしはゆめの口の中で舌を動かしていく。

「ちゅぷ……くぷ」

 舌と舌を一方的に絡ませたり、

「じゅ…ぴ、ぴちゅ」

 口の中をくすぐったり。

 そんなに長い時間じゃなかったはずだけど、ゆめにはすごく長く感じられたんじゃないかな? それとも頭真っ白で何にもわかんない?

「っ、はぁ」

 一方的なキスだったけど、あたしの唇もゆめの唾液で濡れちゃってそれを舌で舐めとる。

「……ふ、ぁ? あや、ね?」

 ゆめは自分が何されたかもわかってないような呆然とした顔だったけど、涙が止まってる。

「あはは、なんていうか、ごめんね。その、ゆめがあたしのことそんな風に好きでいてくれてたなんて全然気づかなくて……これじゃ、バカって言われても仕方ないね。うん、ごめん」

 さっきの泣きじゃくるゆめを見たとき不謹慎にも可愛いって思ってたあたしは、まだうまく状況を飲み込めてないゆめにこんなこともあっさり言える。

「……怒って、ない、の?」

「怒るの報復にキスするって人はあんまりいないと思うな」

「……私のこと、嫌いじゃ、ない?」

「嫌いな相手にあんなキスする?」

「……キス……」

 言われて思い出したようでゆめはビクって肩を震わせた。でも、今までのそれとは全然意味が違うんだろうね。

「……でも、……私……あんな、こと……」

 ただ、ゆめは【間接キス】の罪悪感を感じてるのかあたしが嫌いじゃないって言ってるのにわざわざそれを否定しようとする。

「ま、びっくりしたけど嫌いになんかなるわけないでしょ。信じてくれないんだったなら……」

 あたしはゆめをベッドに押し倒すと、両手を取って指を絡ませた。

「もっと、してあげよっか?」

 そうして、あたしはまたゆめの唇に近づいていく

 ただ、十センチくらい残して止まる。さっきはいきなりしちゃったけど、今度はゆめの了承をもらってから。

 ゆめにちゃんとあたしのこと感じてほしいもん。

「…………ぅ」

 涙は止まったけど、眼鏡の奥の瞳はまだまだ潤んでいて、何を考えてるのかわかんない。でも、あたしからそのキラキラとした目をはずさない。

 でも、いつも冷静で表情もあんまり変えないゆめが、こんな風にほっぺをさくらんぼみたいに染めて、不安と期待が混じってそうな目をするなんて。

 早くキスしていいって言ってくれないと我慢きかなくなっちゃうよ。

「……………だ、め」

 けど、ゆめの口から出てきたのは拒否だった。

「え?」

 ここまで来て断られるとは思ってなかったあたしは急に不安に襲われる。

「え、っと。もしかして、やだ?」

 よく考えるとゆめの気持ちなんて無視して、一方的にあたしがしてるだけ、かな?

「……や、じゃない、けど…」

「けど?」

「……恥ずか、しい」

 ちょこっとだけゆめは顔を傾けていじけるようにいった。

(か、可愛い……)

 そのあまりに可愛すぎる仕草に、衝動的にキスしちゃいそうになったけどどうにかそれは抑えた。

「……風邪、うつしちゃう」

「へ?」

 そんなにおかしなこと言ってるわけじゃないんだけど、ちょっと違和感。そもそもさっきしたんだし今さらそんなことを言われても、ねぇ。

 そんなのんきなことを考えてたあたしだったけど、すぐにゆめの言葉の正体をしって、衝撃を受けると共にその微妙な違和感の正体を知ることとなる。

「……それに………………………」

「?」

 続きがあるはずなのに、中々言い出さないゆめに首をひねる。

 ゆめは別にあたしが何かをしたわけじゃないのに、なんだか恥ずかしくて死にそうな顔になっていって

「……今日の下着、あんまり、可愛く……ない、もん」

(は!!!???

 聞こえた。すごく小声だったけど、はっきりと聞こえた。

(した、ぎ……?)

 下着? キスするのに、下着が関係ある? いや、っていうか考えるまでもなくない。あるわけない。

(………………………え? も、ももも、もしか、して…………)

 そこであたしはやっとゆめとの間にあった差異に気づいた。

 

「もっと、してあげよっか?」

 

 たぶん、その理由はこれ。あたしはキスをもっとっていう意味だった。

 けど、ゆめはそのもっとを、キスの先って捉えたみたい。

(えぇええええ!!!!??

 い、いや、あたしはそんなつもりじゃ……っていうか、あたしたちは今キスしたばっかでいきなりそこまでするつもりなんて……た、確かに今ゆめのこと押し倒してる形になっててそうとれなくもないけど……

 あれ? でも、そういう意味だとすると、ゆめ、嫌じゃないって言わなかった? 言った、よね? 嫌じゃないけど、恥ずかしいから嫌って。

 つ、つまり、それはいいっていう意味でも、ある、よね?

(ゆ、ゆめが……?)

「……あや、ね?」

 頭の中がパニックになってたあたしは、ゆめのことなんて忘れて自分の考えだけに集中してたけど、不安そうにゆめが呼んで我に返る。

「あっ、っと……え、と……」

 あたしはどうしていいかわからなくて、思わずゆめの手を離すと体も起こした。

 ただ、それがよかったのか悪かったのか……

「ぁ……」

 ゆめはなぜか不安っていうよりも恐怖に近い切ない声を出した。

 ぎゅ。

 そして、恐る恐るあたしの服の端を掴んだ。

「……あや、ねが、したい……なら……いぃ」

(え……)

 またも思考停止になるほどの衝撃。

 どうも、ゆめはあたしが離れたのは自分があたしのことを拒絶したって思ったみたい。

(って、ことは、つまり……)

 ここで、その、しなかったら、あたしが誘ったのに、ゆめが嫌って言っちゃったことになるの? 少なくてもゆめにとってはそう、なっちゃう?

 ど、どどどどど、どうしよう。

「……彩音?」

 またもゆめの心細そうな声。

 時間を置けばおくほどゆめを追い詰める。

(っっ〜〜〜〜。もぅ)

 こっちはこっちで追い詰められたあたしがとった行動は……

 

3/7

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