(なんとも妙なことになったなぁ)
家の前まで来たあたしは改めて自分の身に起きたことを振り返る。
「二人にも説明しないと」
まずは何よりそのことだと、結論づけながら部屋のドアを開ける。
「ただいま」
そういってからリビングに行くと、二人がいてもう一度ただいまと告げると、口々におかえりと返される。
「……遅い」
といきなり不満をぶつけてくるのがゆめ。連絡はしているけれどもう十時近いし、そういわれるのもわかる。
そのせいなのかゆめが近寄って来るのだけど……
「……む?」
あたしに寄るなり、怪訝そうな顔をして首を傾げ
「な、なに?」
「……ん……?」
さらに距離を詰め、すんすんと匂いを嗅ぐような仕草をする。
「……知らない女の匂いがする」
「へ?」
一瞬何のことかと思ったけれど、その言葉に心あたりはある。実はここまでは千尋さんの車で送ってきてもらっている。香水はつけていたしその匂いが移っていても不思議じゃない。
「……浮気?」
……こっちの言葉には心当たりはない。
「えー、と、その辺も含めて話があるからちょっと待ってくれないかな」
話を始める前にすらこんなんじゃ先が思いやられる。
そんな不満げなゆめを置いておいてとりあえず、簡単に身支度を整えてリビングに戻り、ソファに三人並んで座る。
「それで、どんな浮気の言い訳を聞かせてくれるの?」
……こいつはわかってて煽って来るんだから始末に悪い。
「バイト始めることにしたの」
美咲の言い様は無視してあたしは、自分の身に降りかかった妙なことを告げる。
「……必要ない。お金ならある」
先にかみついてきたのはゆめ。
まずはこっちの発言の方に説明が必要かもしれない。
お金があるというのは嘘じゃない。
ゆめにはバイトなんか必要ないくらいのお金がある。成績優秀ってことで給付型の奨学金を地元から受けてるし、大学の学費も特待生で払っていない。
そんなわけでゆめには同年代にしては圧倒的にお金がある方で、あたしと美咲の仕送りを合わせればバイトなんてなくたって充分に三人で暮らしていける。(もちろん、ゆめに頼り切りなのはあたしと美咲も気が引けるところはあったけれど、今のところはバイトに時間を取られるよりも一緒の時間を優先したいという意志に沿っている)
だからある意味無断でバイトを始めるというのは二人に対する裏切りかもしれない。
ただあたしにも事情がある。
「とりあえず説明させてよ。バイトって言っても本格的なやつじゃなくて、小学生の女の子のお世話をする感じなの」
「……ロリコン?」
「それは、妙な話ね」
あたしの名誉を不当に傷つける奴はともかく美咲の方には我ながら同感だ。
「えーと、話すのがややこしいんだけど……」
あたしは最初から経緯を話すことにした。
なずなちゃんに傘を貸したところから、お風呂を借りたこと、勉強を教えて一緒にご飯を食べたこと、それから千尋さんとの、雇われないかっていう話。
「千尋さん、一人でなずなちゃんを育ててるみたいなんだけど、週に一、二回どうしても遅くなっちゃう日あるんだって。それで、心配だからそういう日はあたしが来てくれるとありがたいからって」
「ふーん。でも、初対面のあんたにそれをお願いするなんておかしな話じゃない? 他にいくらでも頼める人はいるんじゃないの?」
「……うん」
それはあたしとしても妙に思っているところ。
千尋さんが言うにはなずなちゃんは人見知りで、あたしになついているのに感心したということと、何を根拠なのかあたしを信用すると言ってきた。
そんなことで見ず知らずの相手に娘を任せていいのかと聞いても、妙な自信あふれる顔で私はあなたを信用したからというだけ。
そりゃあたしになずなちゃんをどうにかするつもりなんてあるわけもないけど、少し無防備すぎじゃないかとも思う。
「勉強を見て欲しいとも言われたから、一応は家庭教師ってことになるのかもね」
「ふーん。で、あんたは受けるんだ」
「そういう事情じゃね。なずなちゃん可愛いし」
「……本音が出た」
「別に何かしようってわけじゃないよ。まぁ、面倒見てあげたいなとは思うの」
知らなければ、頷くことのない話だけど。知っちゃった以上無視もできない。下世話なことを言えばお金に余裕があるとは言え、自分のお金が増えるのはありがたいことだし。
仕送りからでも二人に報いることはできるだろうけど、そうじゃないお金で二人にプレゼントとかもしたいし。
「まぁ、そういうことなら反対はしないわよ。そんなに忙しいってわけじゃなさそうだし」
「ありがと」
「……仕方ない。捕まるようなことはするな」
「……ありがと」
ゆめの方は本気なのか冗談なのかはわからないけれど、こうしてあたしはめでたくなずなちゃんの家庭教師を始めることになるのだった。