放課後になって私は彩音と一緒に帰るため彩音のことを探していた。

 それはよくあることではあるけど、そんなに多い訳でもない。

 まずそんなことをしなくても彩音と一緒に帰るのは普通だし、そもそも子供ではないのだから約束をしていなければ一人で帰る。

 でも今日は探すだけの理由があった。

 だって、彩音は一緒に帰ろうと誘った私に「用があるから」などと言ったから。

 何の用と聞いてもはっきりとは答えてくれず、どこに行くのかと聞いても言葉を濁す。さらには待ってるから一緒に帰ろうと誘っても、遅くなるかもしれないからいいと言われてしまった。

「っ」

 断られた時のことを思い出して私は早足になる。

 気持ちを疑ってなんかいない。

 私はつねに彩音と一緒にいたいけど、いくら恋人だろうと一人の時間が欲しいという気持ちに理解はある。私以外の人間といるなと言うつもりもない。

 だけど、今回の件はそれを揺るがすほどのことが起きている。

 噂を初めて聞いたのはいつだったか覚えていない。

 彩音は妙に下級生に人気がよく、誰々と一緒にいる、仲よくしているという話はもうそれなりの数聞いてきたから。

 愉快な気分にはなれずとも、嫌な気持ちになることもなかったのに。

 それがこの前昼休みに中庭で見たこと、私をごまかしていったデート、そして今日のこと。

 彩音が私を好きなことを一切疑っていなくとも、疑う余地を作ってしまってもおかしくないほど彩音はこの件で私に向き合ってくれていない。

 後ろめたいことがないなら話してくれていいのに。

 彩音の居場所に心あたりのない私は、相手の子ではなく彩音に非難の気持ちを抱きながら校舎の中を歩き回った。

 図書室、音楽室、家庭科室、美術室、部活棟、保健室。時折、まだいるかを確かめるため靴があるかを確かめたりなどもして、気づけば陽も傾いてきた。

 下校時間も近づき、そろそろ帰るしかないのかと私は荷物を取りに教室に戻って行く。

(どうせ……どうせ大したことじゃないのはわかってるけど)

 いつものように思うそれを、なぜか二回「どうせ」と言って私は教室のドアに手をかけた瞬間

(!!!!!??)

 どうせを繰り返させた気持ちを一気に膨らませる光景を見た。

 教室のドアの窓、そこから見えたのは彩音が件の一年生と抱き合っている光景だった。

(なに、やってる、のよ)

 こういう時頭が真っ赤になるとか真っ白になるとかいうのかもしれないけど、私は意外に冷静になれていたと思う。少なくとも自分では。

 彩音が抱き着かれるのならこの前も見た。ぱっと見はその時とは変わらないかもしれない。でも、意味合いは全然違う。

 この前は彩音は抱き着かれているだけだった。今回は抱き合っている。彩音から相手の背中と頭に手を回し、自分にもたれかからせるように抱き合っている。

(何よそれ。………何よ!)

 それを冷静に確認してから、やっぱり頭が沸騰した。

 抱き着かれるのはまだ許せる。だって彩音は世界一可愛くてかっこよくて、バカで鈍感でむかつくところも数えきれないほどあるけど、でもやっぱりどこまでも素敵な彩音。

 私以外が好きになることはありえるかもしれない。だからそれは許せないことはない。

 けど、

(なんで、抱き返すのよ!)

 彩音は今自分の意志で彼女のことを抱きしめている。相手への並々ならぬ気持ちがなければそんな真似はできない。

 私は衝撃に一度離した手を再びドアへと伸ばした。

 まだ頭の中には冷静な自分がいてこれにはわけがあるという。私がここでドアを開けることで何か相手を傷つけるようなことが起きるかもしれない。してしまうかもしれない。だからここではやめろと理性はつげる。帰ってから誰にも邪魔されない部屋で彩音に問えばいいと、何をするにもそちらの方がいいと理性は言う。

(けどね!)

 ガララ!

 彩音の恋人だという矜持が私を動かす。

 大きな音を立てて開いたドアに二人が反応してこちらを見てくる。

 私はその片方の視線を無視して、彩音だけを見つめた。少し潤んだ、それでいて情熱を込めた瞳で。

「……美咲………」

 彩音は明らかにまずいといった顔をして、それが私を苛立たせる。

「あっ!!」

 【私】という存在を意識した相手は大きな声を出して、自分のしたことに気づいたように彩音から離れた。

「あ、あの……彩音先輩」

 それからすがるように彩音を呼ぶ。

「あぁ〜、うん。あたしの方はなんとかするから帰って大丈夫だよ」

 彩音はそんな少女の頭を優しく撫でて、陽に油を注ぐ。

「で、でも……」

「平気、平気。っていうか、ごめんね。中途半端な感じになって、一人で大丈夫?」

「は、はい。もう、大丈夫です。あ、あの……本当にありがとうございました」

「うん。またね」

(何よ、それは………)

 あえて口出しはしなかったけれど、今のやり取りが果てしなく私の逆鱗に触れた。

 まるっきり浮気した相手の会話にしか見えなくて。

 もともと彩音にしか用がないのだから、相手には居なくなってもらった方が好都合で彩音の言葉を受けて出て行こうとする相手を止めることはしない。

 ただ睨みつけると

「っ!!」

 びくつきながらも、涙に濡れた目が私と視線を交わす。

 そこに今回の一件の答えがあったのかもしれないけど、今の私にそんなものを理解しろなど不可能な話だった。

 相手の子が教室から出ていくと教室は二人きりになって、私も彩音もお互いに近づいていく。

 教室の真ん中あたりで話すには少し遠い微妙な距離を保って数秒だけ沈黙が流れる。

 それを破ったのは彩音

「えー、っと。何が言いたいかは大体わかるからとりあえず、あたしの話をきいてくれな……っ」

 パァン!

 彩音が何を言うかは関係ない。私は彩音が口を開いたらこうしようと決めていてその通りに彩音の頬を思いっきりひっぱたいた。

「……まぁ、一発くらいは文句言わないけ……っ!」

 パン!

 もう一発、彩音のその余裕が気に食わなくて。

「なんであんたはいつもそうなのよ!」

「へ?」

 彩音には理由があるんだろうし、聞けば納得もするし、なんだそんなことかと思うことなのかもしれない。

 でも今は

「なんでいつも他の子ばっかり見るの!? あんたが好きなのは誰よ!?」

 理性も知性もなく、感情をぶちまけたかった。

「私でしょ!? 私の恋人でしょ!」

 彩音と一緒に住むようになってずっと秘めていた気持ち。秘めながらも心にはしていなかった気持ち。

「なら、私だけを見なさいよ!」

 独占したい、独占して欲しいという欲を彩音にぶつけたかった。

「っ……」

 激しい気持ちを吐き出して、一瞬心が落ち着いた気がした。

 けど、

「……こんなの、やだ」

 本音の後に、また本音が出てきた。

 彩音の恋人だという自覚と一緒に住んでいるという余裕を盾に取り繕ってきたいつもの私が、表層の気持ちを全部吐き出してから残った純粋な気持ちが抑えきれなくなっていた。

「他の子やゆめには彩音からするくせに、どうして私には何にもしてくれないの?」

 そんなことはない。彩音はいつも私のことを見てくれる。私のことを愛してくれている。けど今は、浮気を目の前で見せつけられた今はそうやって思えちゃう。思いたくなっちゃう。

「私が好きなら、他の子のことなんて見ないで。いつだって私だけのことを見てよ……私のことをもっと……愛してよ」

 こんな時でも冷静な自分がいて、ついに言いたくなかった気持ちを言ってしまったと羞恥を覚えて弱々しい声になっていく。

(言っちゃった……言っちゃった!)

 ずっと我慢してたのに。いつも彩音の側にいる私がこんなこと言うなんてだめだって、鈍い彩音に耐えてきたのに。

「え、えっと……」

 彩音はうろたえてる。

 当然かもしれない。私の言葉は私からすればずっと胸の内に秘めた想いだったけど、このバカは私がそんな風に寂しがっていたなんて気づいてもいないんだから。

(……気づきなさいよ)

 気づいてよ。

 なんていうことは口に出せるわけもなく、歪んだ視界で戸惑う彩音を見るしかできなかった。

「と、とりあえず。実子ちゃんのことなら誤解、なんだけど」

 実子ちゃん。

 流れからするにさっきの子のことだろう。名前なんて知りたくもないけど。

「えー……と。話、聞いてくれる、よね?」

「……それを聞けば納得するっていうの?」

「納得っていうか、と、とにかくちゃんと話すから、帰ろ」

「駄目。今ここで話して」

 一分一秒だって待ってられない。早く本当のことが知りたい。安心したい。彩音を信じたい。彩音に好きだって言いたい。好きだって言って欲しい。

 そんな気持ちに私は隠したい気持ちを言ってしまったという羞恥と後ろめたさを混ぜ込んで彩音を見つめた。

「…………」

 彩音はそんな私を正面から受け止めて、真剣に見返してくれて。

「わかった」

 深くうなづいてくれた。

 そして、また私は思い知らされることになる。  

  

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