彩音は困ったようにポリポリと頬をかく。

「えーと、まずは何を言えばいい、かな」

 そのなんでもなさそうな態度がむかつく。私たちの関係にはこの程度のこと何の問題でもないっていうその余裕がむかつく。

 そりゃ、彩音はそうかもしれないわよ。すべてを知っているんだから。

 でも、彩音のことを信じていても、デートを隠されて、目の前で抱き合ってるのを見せられた私はそんな余裕あるわけない。

 好きな人が自分以外と抱き合ってる姿なんて見たらそんなことできるわけないのよ。

「まず、前提として美咲が考えたようなことは全然ないからね」

「……………」

 信じたいし、信じてる。

 けど……

「睨まないでよ。本当に実子ちゃんとは何でもないんだから」

 事実かどうかっていうよりも、まんま浮気の場面での会話をしているようでそれも癪に障る。

「抱き合ってたくせに、よくそんなことが言えるわね」

「だから、それは理由があって……」

「私っていう恋人がいるくせに、どんな理由があるっていうのよ。大体昨日だって彼女とデートしてたんでしょ」

「デートって……出かけたのはそうだけど買い物に行ってただけだってば」

「………どうだか。やましいことがないなら、なんで友だちと出かけるなんてはぐらかしたの」

「そんなところまで覚えてないでよ」

 彩音は呆れたようにしてるけど、そんなの当たり前。

 彩音が好きだから、彩音のどんなことでも気になっちゃう。どんなことでも知りたいって思っちゃう。

「言わなかったのは悪かったけど、事情があったんだって」

「だから、どんな事情よ」

 あぁ、嫌だ。

 まるで本気で彩音を疑っているみたい。現場を見ちゃったんだからそういう気持ちがあっても変じゃないかもしれないけど、そういうのが彩音につたわったりなんかしたら嫌なの。

「……これ、内緒って約束なんだから、誰にも言わないでよね」

「…………それは聞いてから決めるわ」

 彩音がはぐらかそうとかそういう意図がないのを私はわかってる。わかってても口を素直じゃない気持ちを言葉にしていた。

「駄目。誰にも言わないって約束してくれないなら話さない」

 彩音ははっきりとした姿勢で私にそう言ってきた。

 私が今疑っているのかわかるだろうに。それでも彩音は強い瞳を持って私に言ってきた。

 ……こういうところが彩音らしい。

「……わかった」

「よし。じゃあ話すけど……えーと……まずは……えーと……」

「さっさと、進めなさい」

「わ、わかったよ。あたしたちの関係ってさ、結構知られちゃってるみたいなんだよね」

 それはおかしなことじゃない。普通に彩音と私は仲が良すぎる。学校では節度を保っているつもりだけど、そもそも私が彩音に家に住んでいるというところがすでに一線を越えてなければできないことだから。

 それがなんの関係があるの? って聞きたいけど、彩音は話すって言ったんだから、それを信じて私は押し黙った。

「んで、経験豊富なところを買われてって言うか……結構相談が来るんだよね」

「相談?」

 今までの話からすればその内容は想像がつく。

「そ。なんていうか……【友だち以上】っていうことについて色々。あと、そうなりたいっていう人の話聞いたり、力になってあげたりね」

 こんなわずかな言葉を聞いただけでどういうことか推測できてしまう。

(でも……)

「ふーん、それでデートしたり抱いたりするの。随分お優しいことね」

 浮気を疑って、思いっきりビンタをしてしまったのにすんなりとそうだったのと受け入れるほど物分りはよくない。

「昨日のはデートじゃなくて買い物。実子ちゃんが告白するのにプレゼントを選びに行ってたの」

 今、私の胸中は複雑だ。

 あまりにも予想通り過ぎて、拍子抜けしている自分。彩音は悪くないのに、ひっぱたいてしまった後ろめたさと気恥ずかしさ。

 それと、

(よかった………)

 心から安心してる自分。

 彩音の気持ちが私から離れるなんて思ったことはない。けど、好きであればあるほど不安は湧いてくるものだから。

「んで、さっきのは」

「……告白が駄目だったのを慰めてあげてた、とかでしょ」

 流れから考えればそれしかない。

 そういう理由でもなければ彩音が他の子のことを抱いたりなんてするわけないだろうから。

「そういうこと、納得してくれた?」

「……うん」

 精神的にまだまだ未熟な私は勘違いを謝ることもできずに、小さくうなづくだけ。

「ま、黙ってたのは悪かったけど、ほいほい話せることじゃないでしょ」

 当然だ。約束をしてるとかしてないにかかわらず、話していいことじゃない。それでも私にならいいかもしれないけど、彩音は私を信じていても、自分を信頼してくれた相手のために黙ってたんだ。

 私が不満に思うのも、怒るのも、疑うかもしれないのを知ってながら。

(……さすが私の彩音)

 そんなところも大好きよ。

 つい数分前までそれに本気で怒って、手まで上げてしまったのに私は図々しくそう思っていた。

「けど、もうこういうのやめる」

「え?」

 私が一人悦に入っていると彩音は軽く背伸びをしてからそう告げてきた。

「や、やめろなんて」

 言ってないし、理由を知れば彩音のしていることはまるで後ろめたいことなんてないとわかったんだから。

「えー、でも、誰かさんがやきもち妬くし」

「っ!」

 いじわるな言い方にちょっとだけ顔を染める。

「べ、別に理由はわかってれば、そんなことは………」

「んー。でもいい。せっかくあたしを頼ってきてるんだから力になってあげたいけどさ。それで美咲が嫌な気持ちになる方が嫌」

(っ……)

 ったく。こいつは……なんでこういうことをさらっと言うのよ。

「だ、だから、もうそんな風には」

「ほんと? また今回みたいにデートしちゃうかもよ? さっきみたいに慰めちゃうかもよ? それでも美咲は嫌じゃない?」

「………………」

 嫌に決まってる。疑うとかそういう次元じゃなくて好きな人が他の人にそんなことをしてたら嫌よ。

「ま、そういうこと。これからはずっと美咲と一緒にいるよ。あたしが好きなのは美咲なんだから」

 あぁ……もう。

 いらいらさせられる。

 鈍感なくせに肝心なところじゃいつもこう。私の気持ちを私以上にわかってくれて私が一番欲しい気持ちをくれる。

 そのたびに、悔しくて嬉しくて、かなわないって思いながら彩音をまた好きになる。

「………バカ」

 私はもう数分前とは違う理由でぬれた瞳で彩音を見つめてそう言っていた。

 素直に好きって言えればいいのにこういう時はいつもごまかしちゃう。

 けど、彩音はそんな私の気持ちをわかってくれて

 ちゅ。

 頬にキスをしてくれた。

 そこまでされて私は

「………大好き」

 ようやく素直な気持ちを吐き出すことができた。  

  

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