「沙羅……」
望は学校の寮の自室で沙羅に襲われたときのようにベッドに座っていた。
「…………」
ぼーっと沙羅のことを考えながら人差し指を乾いた唇に当てる。
(沙羅、の唇……)
思い出してしまう。あの時、部屋であったことを。
「好きって、こういうことなの。私の好きはこういう好きなのよ」
「…………沙羅」
響く言葉は決まっている。何度も何度も同じ言葉が頭の中に駆け巡り沙羅は自らの思考へと潜っていく。
(あの時、玲が来なかったら……どう、なってたの?)
玲とは望の友人で、あの時に部屋へやってきた相手だ。玲が来た瞬間、沙羅は涙の飛沫を飛ばし逃げるように去っていった。
そのときの熱い雫の感触を思い出すかのように今度は頬に触れる。
(……私、どうしてあんなこと……)
そして、思い出さずにはいられないもう一つのこと。
沙羅が去っていき、何が起きたか理解できていない玲と話したときのことを望は思い起こした。
「望、どうしたの? 何があったの?」
泣きながら部屋を飛び出していった沙羅にベッドに押し倒され、制服を半ば脱がされていた望。
玲はそれだけで何かよからぬことがあったのだと察し、あわてて衣服を整えようとする望に迫った。
「ぁ……」
(どうしよう……なんて言えば……)
望は体は起こしたものの玲を見れずに今の状況をどうにかしようと必死に考えていた。
「沙羅が……望に……何か、しようとした、の?」
「っ!!」
遠慮がちなしかし確信を含む一言に望は体を震わせる。
「ち、違う、よ……沙羅は、沙羅は何も」
「じゃあ、どうしてそんな顔してるのよ?」
「っ、こ、れは……」
単純にベッドに押し倒されている望を見ただけならいくらでも言い訳のしようがあったのかもしれない。しかし、望の瞳も涙に濡れており、沙羅が飛び出していったことも含めてふざけあっていただけなどという言い訳は出来ようもなかった。
「言いたくない気持ちはわからないでもないけど……黙ってなれない! ちょっと沙羅に……」
「っ! 待って!!」
毅然としたことを言って部屋の外へと出て行こうとした玲の手を取って引き止めた。
「本当に、何でもないの……沙羅は、沙羅は……何にもして、ない、から……沙羅は悪くなんてない、から……」
「望……?」
「ほ、本当に沙羅は……」
(私、どうして、こんなこと……)
自分でも理由がわからないまま望は何度も何度も沙羅への弁護は続けてしまった。
「どうして、だろう……?」
追想から戻った望はその時と同じ疑問を頭によぎらせる。
(怖いって、思ったのに。やめて欲しかったのに……)
沙羅のことを庇ってしまった。
玲はあの後必死に庇う望を見て、自分の胸のうちに秘めてくれると約束してくれたがその安心感よりも何故沙羅をあんなにも必死に庇ったのか自分でも不思議だった。
ただ、あのまま玲を止めなければ沙羅との関係が本当に壊れてしまうような気がして体が勝手に動いていた。
「で、も……」
(もう、沙羅と今までみたいになれないのかな……)
あそこで玲を止めようが、沙羅との距離が縮まるわけじゃないことは望にもわかりきっていた。
(もう……今までみたいに沙羅と笑えないの? ……そんなの……嫌)
「いや、だけど……」
「好きって、こういうことなの。私の好きはこういう好きなのよ」
「っ………沙羅」
浮かんだ沙羅の声を逃げるように振り払って望は部屋を見つめる。
(初めて……沙羅がここに来たときは、こんなことになるなんて思わなかった、のに……)
そう、初めてのときなんて