「へぇ、寮の部屋ってこんな風になってるの」

「あ、あんまり見ないでね」

「いいじゃないの。減るもんじゃないし、知り合いは何人かいるけど来たのは初めてなんだから」

 学校敷地内の寮にある望の部屋を初めて訪れた沙羅は寮というもの珍しさのせいか遠慮もなく部屋の中を見回した。

「う、うん」

 性格ももちろんだが、断る理由もない望は恥ずかしそうに頷いた。

 散らかっているわけでもなく、見られてまずいものがあるわけでもないが友達相手といえど部屋を見られるというのは落ち着かないものがある。

「ふーん、何か普通ね。まぁ、確か家具とかも備え付けなんだっけ?」

 沙羅が少し興味なさげに聞いたとおり寮のこの部屋は特筆して語るものもなかった。

 広さは八畳ほどとそれなりだが、部屋の隅には簡単なキッチン、その向かい側にベッドと少し距離を置いた場所にテーブルと、ベッドの反対側にドレッサーと最低限のものがあるという印象を誰もが持つ部屋だった。

「あ、うん」

「にしても、すっきりしてない? 何かおかないの?」

「あんまり物置くの好きじゃないから」

「ふーん、てか、寮に住んでるってことは遠いところから来てるの?」

 この学校の寮は一般に開放されてはいるが、基本的には一部スポーツ特待の生徒のために使われている。ただ、誰がどう考えても小柄で何をするにもおっとりしている望がスポーツが出来るようには思えなかった。

「ううん、そういうわけじゃないの。ここから歩いて二十分もかからないかな?」

「へ? 私んちよりも近いじゃない。何で寮なんか住んでるの?」

「ええと、あ、とりあえず座って」

 話しながらも望はポットに汲んでおいたお湯でお茶を入れるとテーブルにおいて自らが座ると共に沙羅を促した。

「ん、ありがと」

 沙羅も望のすぐ側に腰を下ろすとテーブルに置かれた湯飲みに手をつけた。

「部屋でもこういうの飲むんだ」

「あ、紅茶とかジュースのほうがよかった?」

 沙羅の何気ない言葉に望は思わず不安そうな顔をしてしまう。

「そうじゃない。やっぱり望はこういうほうが似合うっていいたいだけ」

「あ、ありがとう。結構年寄りくさいってからかわれちゃったりするから嬉しいな」

「ん、まぁそうは思うわよ?」

「ぅ……」

 沙羅にとっては今のもからかいの一種ではあったが素直な望はまともに受け取ってしまい思わず湯のみを持ったまま俯いてしまった。

「冗談。いいじゃない。からかわれたって、こういうほうが望らしくていい。少なくても私はそう思うわよ」

「うん、ありがと」

「ん、おいし」

 会話が一区切りしたところで沙羅はお茶に口をつけると望の顔を見て感想を述べた。

「よかった。沙羅に気に入ってもらえて。あ、おせんべいもあるよ」

「じゃ、もらうわ」

「うん」

 実はこの時沙羅はやっぱり年寄りみたいと思っていたが友情がそれを口に出すのを止めさせる。

 しばらくの間、緑茶にせんべいというあまり若い二人には似合わないもので歓談をしていたがふと、沙羅は少し前の質問に答えてもらっていないことを思い出した。

「そういえば、結局なんで寮に住んでるの?」

「うん、たいしたことじゃないんだけどね」

 聞きはしたもののそこまで興味があるわけでもない沙羅は片手にせんべいを持ちながら望を見つめていた。

「私ね、朝、すごく弱いの」

「……………は?」

 あまりに予想外の答えが飛び出してきて沙羅は思わずくわえていたせんべいを落としてしまった。

「……えっと、朝起きるの苦手、だから少しでも早くできるようにって、寮に、いる、わけ?」

「ち、違うよ。そうじゃなくてね、実家にいるとどうしてもお母さんに頼っちゃったりするし、他にも色々甘えちゃうから、少しは自立しなさいって言われてるの。結構頻繁帰ったりしてるんだけどね」

「あ、あぁ、そういうこと。びっくりした、ほんとに少しでも朝寝坊できるようにいるのかと思った。なんか望にならありえそうだし」

「あ、ひど〜い。私だってそんなに間抜けじゃないよ。ちゃんと一人で起きられるんだからね」

 そんなことを自慢されても正直困る沙羅だったが、沙羅もたまに親に起こしてもらうことがあり言える事もなかった。が、あることを思い出す。

「あれ? でもこの前遅刻してなかった」

「っ! …………沙羅って……意外にいじわる」

「事実を述べただけって思うけど」

「それがいじわるなの」

「…………」

 そういわれてはある意味ぐうの音も出ない沙羅だったが内心面白い友達だと再認識することになり、二人は初めての望の部屋で絆を深めていった。

 そう、初めてはこんな何の変哲もないものだった。

 しかし、この絆の積み重ねがあの時へとつながっていく。

 それを今は知らぬまま二人笑いあうのだった。

 

3/二話

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