「えっ、それって恋したってこと!?」

 帰宅後、夕食を終えた私が変わった後輩と知り合ったことを話すとユニは喜々としてそう言った。

「……話、聞いてた? なんでそうなるの?」

 テンションが上がったのか浮かぶユニを勉強机から見上げ呆れながら返す。

「だって、放課後の図書室で偶然出会うってそうお約束ってやつじゃん」

「まぁ、定番の出会いだけど。ゲームとかじゃ特に」

「それに変な子って思ったんでしょ!? それって絶対後から好きになるやつだから」

「それもよくあるやつだけど」

「ようやく楓恋も恋するんだ。こういうの春が来たっていうんだっけ。あぁ漫画なんて読んでないで一緒にいればよかった。あ、でもこれから恋していくんだから楽しみなのはこれからか」

 テンションだけじゃなく物理的に上がって、天井付近を飛び回り勝手に盛り上がるユニ。

 そうなる気持ちはわからないでもないけど、現実と創作の区別がついていないってやつだこれは。

「水を差して悪いけど、小雪とは知り合っただけだよ。友達にすらなってない」

「またまた、そんなこと言って。そうやって興味ないつもりがいつの間にか、『あれ? 私またあいつのこと考えてる』とか、『私以外の相手にあんな顔するんだ……』とか『どうして、私以外の子と一緒にいるのを見ると胸が痛くなるの…』とか考える様になるんだから」

「……聞きかじったセリフの熱演どうも」

 舞い上がってるユニに何を言っても無駄なようだ。

「…はぁ…」

 こんなに喜んでるのは契約をしたとき以来かもしれない。

 最初の頃も浮かれていて、私が恋に興味はないと伝えたり、人間は誰しも恋をするわけじゃないとか言ったらわかりやすく落ち込んでいた。

 あの時はゲームとかを紹介したりと立ち直りも早かったが、今回はどうなってしまうのか。

「ふふふ、キスっていつ頃するようになるのかな。相手の事が欲しくてたまらなくなるってどんな感じかなー。体が勝手に動いちゃうってどんななんだろ。あ、先に告白か。楓恋はどんな風に告白するんだろ。伝説の木の下に呼び出して〜とか?」

 都合のいい妄想。

 ユニにはそれが本当に起こりえる事と認識してるのかもしれない。

 その機微がわからないからこそ今こうしているのだから。

(期待に応えることは……まぁないか)

 私はこれまで自分の時間が多すぎて、自分を優先すること以外知らずに生きてきたのだから。

(改めてだけど、ユニは見る目がなかったというか)

 ユニの場合は強制的に一緒にいるし、恩もあれば慣れもしたけど普通の人間相手に今更どうすればいいかわからない。

 たまに休みに出かけるとかくらいならともかく、恋人になったらそれが毎週とかになったら耐えられない。

 まして気の早い話だけど配偶者なんてなったら年がら年中一緒になるなんて。

(考えられない話)

 私には私がしたいことがある。それは夢があるとかこういうことがしたいとか具体的なことじゃなくて好きに過ごしたいということ。

(そういう自分の都合よりも優先したいと思えるのが恋なのかもしれないけど)

 今の私には理解できない感情。

「楓恋の恋、楽しみだなー」

 飛び上がったままテンションが一向に落ちないユニにこの時は落ち込んだ時の慰め方でも考えておくことにしよう。

 

 ◆

 

 そもそも小雪との次なんてないかもしれないと思っていた。

 社交辞令と思ったわけじゃないとはいえ、冷静になればいくら趣味が合うからと言って、見ず知らずの先輩を誘ってアニメや小説の話がしたいなんてハードルが高い。

 ……はず、と思ったんだけど。

「おぉ、雰囲気ありますねぇー」

 私には高いハードルでも歩くように超える人間もいるのだ。

 小雪は翌日にはカフェに行く日を連絡してきた。

 誘ってきたのではなく、私の分までチケットを取って日付を指定してきたのだ。

 そこまでされれば断ることもできず出会ってまだ数日後の放課後、小雪に連れられて、コラボカフェへとやってきていた。

「へぇー、こんなのやってるんだー」

 当然というべきか、恋を期待するユニと一緒に。

(ちゃんと大人しくしてるか)

 物珍しそうに店内の装飾を眺めるユニにわずかに視線を送る。

 事前に余計なことをしないでと釘を刺している。

 幸いというべきかユニもこの作品は好きなので今は周りに目を奪われているようだから、変な力を使うこともないと信じたいところ。

「こういうとこ、初めて来ましたけどなんかいるだけで楽しくなっちゃいますねー」

 小雪もユニと同じようにきょろきょろと周りを見回し、目を輝かせている。

 気持ちはわからないでもない。

 店内は作品の雰囲気に寄せた装飾になっているし、テーブルクロスはキャラのイメージカラーとなっていたり、そのキャラを示すアイコンの刺繍がしてあったりと凝っている。

 音楽も主題歌を流すのではなく、BGMが流れているのも個人的には良い。

(私も少しテンションが上がっているのかも)

 高校に入って初めてユニ以外と過ごす放課後なの寄り道なのだから仕方ないのかもしれない。

 今は諦観していても小さい頃病院にいることは友達と遊ぶことに憧れてもいたのだから。

「楓恋先輩はどれにします? 私パフェにしたいんですけど、パンケーキもいいかなって思ってるんですよね」

「あっ! これって別々に頼んで半分こしよってやつでしょ。知ってる」

(……静かに)

 ユニの姿は小雪には見えないのだから反応するわけにはいかない。

「そうだね。なら私がパンケーキにするから少しシェアしようか」

 ユニの望む通りにしてるんじゃなくてこっちの方が自然だから。

「おー。あ、これってしかもあーんってするやつだよね。楓恋ってば最初のデートといきなりそんなことしちゃうんだ」

「あは、なんか催促したみたいになっちゃいましね」

「まぁ、そうだけど。私もパフェを食べてみたいのは本音だよ」

「そういう風に言ってくれるのありがたいです」

 まだ小雪とは会話時間も一時間とないが、いい意味で明け透けな人間という印象だ。

 私としても表面上いい顔をして腹の探り合いをするよりは相性がいいと思う。

「あと、それでですね。ドリンクでもらえるコースターがランダムなんですけど……私どうしても欲しい子がいて、もし楓恋先輩が引いたら交換してくれません?」

「私はグッズにあまり興味ないから交換じゃなくて私のは渡すよ」

「おぉぉ、先輩優しい。やー、先輩誘って正解でした」

「その言い方だとグッズ目当てだったようにも聞こえるね」

「あー、いや……そんなことは……ないこともないですけど」

「冗談だよ。とりあえず注文しよう」

「はい」

「やるじゃん楓恋。ゲームなら好感度が上がった音がしてるところだ」

 区切りがついたと判断としたのか茶々を入れてくるユニ。

 でも自分でも少し驚くほどスムーズに話が出来たと思う。

 会話自体はユニとしていたとはいえ、同年代の人間と話すのはほとんど経験がなかったというのに。

(私ももしかしたら恋はともかくとして人との交流に飢えていたのかもしれないね)

 そんなことを思いながら私は「初めての友人」との時間を存外楽しむのだった。

 

 ◆

 

 カフェでの会話は本当に思った以上に弾んだ。

 ユニの望むようなあーんなどや、恋に発展するような気配などは当然ないが、私にとって楽しい時間だったのは間違いない。

「それで、いつ告白するの? それともされる方? あの子は楓恋のこと気に入ってたみたいじゃない」

 後はこの勘違いちゃんのことがなければ心地いい余韻に浸れたのかもしれない。

 夕暮れの迫る中返ってきた私はベッドに寝転がり、天井近くでふわふわと浮かぶユニと目を合わせる。

「小雪は……友達だよ。あくまでね」

 一回出かけただけの相手をそう表するのは憚られるが、多分そういってもいい。

「あ、それってあれになるやつでしょ。私にとっては小雪が唯一の友達だけど、あいつにとって私はたくさんの友達の中の一人か……って寂しくなって好きだって気付くやつ」

(今は何を言っても無駄か)

 こういうのを恋愛脳っていうのかな? いやゲーム脳と言った方が実態はともかくイメージには合う気がする。

「ほんと、楽しそうだね」

「だって当たり前じゃん。ようやく楓恋が恋するんだもん。人間のくせに恋しないなんて、ほんとにそれでも人間なのって思ってたけど楓恋もやっぱり人間だったんだ」

 ……そんな、人の心のない悪役みたいに思われてたとは知らなかった。

「次はどんなことするのかなー。一緒に帰ろうとして、噂されると恥ずかしいしとか? お弁当作りすぎちゃったから一緒に食べるとか? 楽しみ」

 おめでたい考えのユニにつっこむ気にはなれない。

(……これからしばらくはうるさくなりそうだ)

 そう思うということは私自身、小雪との時間が今日だけで終わらないということを受け入れていることでもあった。

 

 ◆

 

 実際、小雪とはそれから話す機会が増えた。

 スマホでのやり取りをするようになり、廊下ですれ違えば立ち話をし、決定的になったのは財布を忘れて学食で立ち尽くしてた小雪にご飯を奢ってあげてからだった。

 ユニのいう大勢の友達の一人から、多少は違う存在になったのかもしれない。

 本人としては学校の他の友人ではアニメの話ができないから私が都合がいいということ。

 実際そういった話ばかりだったが、定期的に会えば他の事を話すことも多くなってくる。

 学校のことや流行などの他愛のない話から。

 多少センシティブなことまで

「え、じゃあ。楓恋先輩ってずっと入院してたんですか」

「そう。病室から窓の外を眺めるが日課だった」

 この日も中庭のベンチで昼食の最中、流れからそんなことを話していた。

「あの葉っぱが落ちる頃にはって、世を儚んでいたよ」

 冗談めいて言ったが。

(ユニと会えなきゃ冗談じゃなかったんだよね)

 それこそ最後の一葉の登場人物のように投げやりとなり希死念慮すらあった。ユニがいなければ今も同じ様になっていたかもしれない。

「え……と。今は、もう大丈夫なんですか?」

 当時を思い出して遠くを眺めてアンニュイになったせいで小雪は困ったように問う。

「ん。まぁ運がよかったかんだろうな」

 本当にその通り。ユニと出会えたのは偶然だ。その偶然のおかげで今こうしていられる。

「? いいお医者さんに治してもらったとか?」

「そんな所」

「ふーん?」

 ユニの事など言えるはずもなく微妙に濁した言い方に釈然としたいようではあったが。

「よくわからないけど、その人に感謝ですね。楓恋先輩とこうしてられるのは、その人のおかげなんだから」

 にぱっと人好きのしそうな笑顔でこちらを覗き込んでくる小雪。

(小雪のこういう所、恐ろしいね)

 嬉しそうな笑顔にそう思う。

 人付き合いになれていない身としては、どうしても好意的に取らざるを得ない。

 もちろん、恋ではなく友人としての感情という意味。

「そうだね、私も感謝してる」

 そう言って小雪には見えないユニに視線を送る。

(………)

 ユニは私の視線に気付いたものの、はしゃいだ様子はなく私たちを黙って眺めるだけ

(最近、少し大人しい気がするな)

 小雪といる時は怪しまれないように静かにして欲しいとは言ってたからこれでいいと言えばいいけれど。

「……ぱい。楓恋先輩」

「っ、あ、あぁ。ごめん、何?」

「チャイムなりましたよ。次体育だから先戻りますね」

「ん、分かった」

 小雪を見送ると、再びユニに視線を戻す。

「どうしたのしおらしくしちゃって」

 周りに人がいないことを確認して、考えたことを口に出す。

「楓恋ってば楽しそうだなーって思って」

「結構なことじゃないの?」

 私からすれば友人として仲を深めているだけに過ぎなくてもユニからすれば恋の可能性が高くなったと考えてもいいはずなのに。

「いいけど〜。いつになったらキスするの。告白は? もうあの子と会ってから43日も経ってるのに全然じゃん」

「…よく覚えてるね」

 それだけユニにとっては大きなことってことか。

「そんなに一緒にいるのに恋にならないのー。恋じゃないなら話さなくてもよくない?」

「そんなこと言ったらそれこそ恋なんてできないよ。人間恋がしたくて友人を作るわけじゃないんだから」

「むう〜〜。つまんない!」

「あ」

 話も終わっていなかったのにまたいつものように頬を膨らませると、どこかに飛んで行ってしまった。

「……ほんと子供だ」

 考え方の違いは仕方がないか。人間同士ですら分かり合えないのに況や、種族が違ってはなおさら。

 理解してくれるのを気長に待とうと、この時はのんきに考えていた。

 

 ◆

 

 その一週間後の事だった。

 その日は小雪に図書室に呼ばれていた。

 放課後、委員会の仕事で図書室に残ってるから暇つぶしに良かったら来てほしい、と。

 曰く、昼休みならともかく放課後はほとんど人もおらず持て余すかららしい。

 私もどうせ暇だろうと思われているのは少し癪だが、言われた通りに会いに来た。

 最初は図書委員になければ入ることのないカウンターの裏を並んで話をしていただけだった。

 ユニもここ数日は期待できないとわかったのか、本を読んでるなんて言って図書室の奥に引っ込んでいて、私としたことがおしゃべりに花を咲かせていた。

 だが、少しすると違和感を持つようになる。

「そう、いえば映画、もうすぐですよね。いつ、……ふぅ。行こうかなー」

 口にしていることは普通だが。

「小雪、どうかしたの?」

「あ、えぇと……、なんでもない、ですよ?」

「いや、顔が赤い。熱でもあるんじゃない?」

「えっと……いえ」

 どこか様子がおかしい。

 頬は染まり、瞳は潤んでいる、

 それに。

「はぁ……、ふぅ」

 荒く熱のこもった吐息。

「んっ……」

 どこかぼーっとしていて、思考がはっきりしてないようだ。

 熱があるようにも見える、けど。

 それにしてはここに来た時はいつもと変わらなかったのが気になる。そんなに急激に体調が悪くなるもの?

「っ、ん……はぁ……」

 もどかし気に体をくねらせたかと思えば、湿った息を漏らす。

 熱があるというよりは、色っぽいという感想を抱く姿だ。

「調子が悪いのなら帰った方がいいよ。先生には私が言っておくから」

 小雪の様子は引っかかるものはある。しかしこれ以外に対処はないだろうと提案するが。

「そう……ですね。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 と立ち上がろうとした小雪は。

「ぁ、っ…!」

 体に力が入らなかったのか、

「っ!!」

 私へと倒れこんできた。

「……はぁ……す、すみません。あはは……楓恋先輩の胸が大きくてよかった……」

 ちょうど胸に顔を埋めたまま茶化してくるが、それが逆に余裕のなさにも感じられる。

「慌てなくていいよ、まずは落ち着いて」

 背中に手をまわして抱き留めて、そう声をかける。

 また慌てて倒れられても困る。

「っ! それっ…、ちょ……と…やめ…」

「ん?」

 気を使ったはずの私の行為に小雪は何故かびくっと肩を震わせると不明瞭な声を出す。

 やはりおかしい。

「…はぁ……は……楓恋、先輩……」

 胸から顔を覗かせて私を見上げてくる小雪。

(何…?)

 小雪が私を見ている。

「…んっ…」

 喉を鳴らした小雪のとろんとした瞳が私を離さない。

「こ、ゆき……っ?」

 陶然とした様子の小雪は何も言わないまま椅子に手を突くと体を寄せてきた。

「はぁ…あ」

 意味のある言葉は出ずあるのは熱っぽい吐息ばかりでそれが私の頬にかかった。

 つまりは、もう本当に目の前に小雪がいるということ。

(さすがに…これは)

 キスでも出来そうな距離に人の顔があるのには心臓が早鐘を打つ。

(……キス?)

 その言葉を頭によぎらせた瞬間何かが引っかかった。

「楓恋、先輩……」

 小ぶりな唇が私の名前を甘く紡ぐ。

(……普通の様子じゃない)

 火照った顔と潤んだ瞳、濡れた唇に熱い体。触れた肌はわずかに湿っていて。

 調子が悪いというよりも、扇情的とか……もっと言うなら発情とかそういう言葉が適している様子だった。

 幼さの残る小雪には不釣り合いな艶姿。

 明らかに異常なことで。

「……っ!?」

 その原因は察した瞬間、小雪の身体が私の太ももに乗り上げて、さらに距離が……

「っ……」

 密着する体が熱く、臀部の感触にはさすがに戸惑う。

 「人間」にここまで迫られるのは生まれて初めてで、頭が上手く働いてくれない。

 引き?がすべきとわかってはいても、実際には動いてくれず抱きしめる形のまま。

 もしこれ以上迫られたらどうなっていたかわからないが。

「楓恋せんぱ……」

 小雪が再び蕩けた声で呼んだかと思うと。

「っ!!」

 我に返ったかのようにはっとして後ろにのけぞった。

「うわっ……と!」

「小雪!?」

 だが、私の腕が小雪を抑えており、反動で再び顔を胸に飛び込ませてきた。

「あ、はは…なんか、あれ……えっと……とりあえず楓恋先輩の胸がおっきくてよかった、です」

 胸に顔を埋めて同じ感想を漏らす小雪には先ほどのような艶めいた様子はない。

「……とりあえず、落ち着いて」

 私も同じ言葉を返しながら今度は視線を図書室の中に散らした。

(……ユニ)

 すぐに探していた相手を本棚の間に確認して、この事態の原因を予測する。

 ただ、妙な気はした。

 ユニが小雪に何かをしたのだとして、これまで力を使って私への好意を持つようにしても悪びれた様子など見せなかったくせに今は。

「っ……」

 バツの悪そうに顔をそらすと、

「ぁ……」

 そのまま図書室の窓をすり抜けていったのだ。

(なんか、らしくない気が)

 それは疑問だが

「あ…ふぅー。あはは、もう大丈夫、です」

 今の小雪を放っておくこともできない。

 それを受けて力を緩めると私の手から逃れ立ち上がる。顔は赤いままだがその足取りはしっかりとしてはいる。

「一応送っていくよ、何かあったら困る」

 ユニのせいだったのならもう大丈夫かもしれないが、間接的には私にも責任がある。

「……ありがとうございます」

 まだ照れたような小雪の礼を受け止めながらも私はすでにあの悪魔の事を考えていた。

 

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