「ユニ」

 小雪を送り届けた私は早足で家へと向かい、部屋に戻ると鋭く声を出す。

「……もう帰ってきたんだ」

 ユニは私のベッドに寝転んでいて顔をだけをこちらに向けた。

 悪魔に誠意と期待するのもなんだけど、あまりそういったもの感じない姿だ。

「ゆうべはお楽しみでしたね、ってなるかと思ったのに」

 私が近づいて見下ろしても悪びれもせず言ってくるが、何かおかしい気もした。 

「そんなことあるわけないよ。家まで送っただけ」

「ふーん。家までは行ったんだ。今日は家に誰もいないのってなんなかったの?」

 妙にテンションが低い。ユニの性格やこれまでの行動からして、「そういうこと」を期待したのならはしゃいいてもおかしくないのに。

(いや今はそれより)

「そんなことより小雪に何をしたの? 余計なことするなと言ってたはずだけど」

「べっつに。楓恋のこと好きにさせたわけじゃないし。ただ、エッチな気持ちにさせてみただけ」

「…それも駄目に決まってる」

 そんな感じはしていた。

 私に対する感情というよりも、劣情が抑えきれないという感じではあった。

「なんでそんなことをしたの」

 見下ろす私の目には批難とか糾弾とかそんな感情がこもる。

「……………」

 人間の感情には疎いとは言え、私の態度の意味くらいは理解できるはずでしばらくは沈黙をする。

「………ドキドキしてる時に相手を見ると好きになっちゃうんでしょ」

 言いよどみながらも出てきたのは耳を疑うようなくだらない理由。言い訳にしては言い訳になっていないのでこれはおそらく真実なのだろう。

「……吊り橋効果を狙ったってこと? そんなことで。小雪に何かあったらどうするつもり」

「私には『そんなこと』じゃないし。それに楓恋だからいいでしょ」

「あのね……」

 冷静さを欠いているし、言葉にいらだちが入っている自覚がある。

 だが、けんか腰にまでならないのは。

「…なんでそっちが不機嫌になってるの」

 ユニの様子がおかしいから。

 これまでのことからしてあまり罪悪感という意識があるようには思えないけれど、眼下のユニはこちらと目を合わせようともしなければ、心なしか表情も陰っている。

「別に不機嫌じゃないし」

 そんな投げやりに言われてどう信じろと。

「不機嫌に見えるなら、楓恋にだって自覚があるからなんじゃない?」

「……何言ってるの?」

 私に落ち度があることを私が知っているような言いざまだが、心当たりなどあるはずもない。

「じゃあ楓恋がいつまでも恋を教えてくれないからじゃない? ………せっかく相手だっているのに」

「だから、小雪とはそういうんじゃないって言……」

 何度も繰り返した説明を再びしようとして別の思考を巡らせた。

 ユニの行動は矛盾してない?

 吊り橋効果を狙ったとして、なんで急に小雪をもとに戻したの? ユニの性格ならキスでもさせて既成事実からの恋もあるとか考えてもよさそうなのに。

 私を試すつもりで最初から途中でもとに戻すつもりだったのかもしれないけど、それにしてもその先を見ずに図書室を出て行ったのはおかしい。それこそ小雪の家までついて行ってその先を期待してもよさそうなのに。

「……とにかく、小雪は友達だよ」

 違和感はあっても腑に落ちる答えはでずそれを繰り返した。

 どうせそれがいつか恋に変わるんだ、なんて根拠もなく今までなら言ってきていたのに。何故かユニは

「………あっそ」

 と投げやりに言ってゴロンと私に背を向けた。

(理解をしたって、こと?)

 あくまで友情だということを。

 だが、意気消沈としているというよりは何か別の言葉の方が適しているような気もする。

 先ほどの違和感と似ている気はするのにここでも、その違和感は具体的な形を作ってくれない。

「………………ごめんなさい」

「っ」

「約束破ったのはそうだから、謝っておく」

「…うん。これからは気を付けて」

 本当はもっとはっきりと怒ったり柄にもなく説教をするつもりだったがその意外なしおらしさにそれ以上の言葉が出なかった。

(……ユニは、どうしたの?)

 それは一年以上ユニと過ごして初めてみる姿だった。

 

 ◆

 

 あのことがあったからといって小雪に特別懐かれたり、様子が変わったということもない。

 翌日こそ礼を言ってくる時には恥ずかしがってて、それだけ。

 普通はそんなもの。ユニが何かを期待したとして、恋の種がなければ花が咲くこともないということ。

 代わりに変化をしたのは。

「楓恋先輩、ここ、教えてください?」

「えぇと…これは……」

「………………」

 ユニのほうだった。

 今は課題にわからないことがあるというから図書室の隣り合って教えてあげてる所だが、こんないかにもなんてシチュエーションなのに茶化したりもしてこない。

「あ、なるほど。楓恋先輩、さすがですね」

「一年の勉強が分からなかったらまずいよ」

「かもですけど、教え方もわかりやすくてよかったです。テスト前には専属の家庭教師になってもらいたいくらい」

「テスト前は私も自分も勉強あるんだけど」

「ですよねぇ」

 どこにでもありそうな先輩と後輩の会話。

(やっぱり、おとなしいな)

 あんなものにも恋を期待していたユニが今は遠巻きに私たちを見つめるだけだった。

 

 ◆

 

 今までなら興奮していたことにこんなことにさえ、ユニの態度は変わってしまった。

 移動教室の時、たまたま向かう階が同じで並んで歩いていた私たちは

「それで、今度新しく連載がはじまるらしくて……」

 話をしながらだったせいか小雪が階段を踏み外して。

「小雪!」

 転びそうになったのを引き寄せ、抱き留めた。

「っふぅ。気を付けてね」

「あ、はは……あ、ありがとうございます」

 これもまたユニが近くにいた時に起きた定番のことなのに。

「…………?」

 喜ぶどころか、心なしか冷めた目をしていた。

(ユニ、どうしたの?)

「楓恋先輩? そろそろ離してくれるとありがたいっていうか……このままだと恥ずかしいっていうか」

「っ、ごめん」

(やっぱり、反応がない)

 さらにはお約束の追い打ちまでしたというのにやはりユニは無反応で。

「あのー? 楓恋先輩?」

「っ……」

 後輩を無意味に抱きしめ続けてしまうなんて失態があっても。

「………」

 ユニはやはりいつものような反応をしなかった。

 

 ◆

 

 さらにはこんなことも。

「あ、楓恋先輩も今帰りですか?」

 ユニと帰ろうと校門を出たところで小雪に声をかけられた。

「途中まで一緒に帰りません?」

 いいよ、と口を開く瞬間に。

「楓恋、漫画見に行きたいー」

 そんな茶々が入る。

(急だな)

 直前までなんにも言ってなかったのに。

「……ごめん、今日は本屋行くんだ」

 逡巡の後、最近様子のおかしいユニを優先してそう答える。

「あ、じゃあ一緒に行きますよ。私もちょっと見たいと思ってたのあるし」

 なんて結局一緒に本屋に行くことになり、そこでもつまらなさそうになっていた。

 これも今までなら放課後デートだってはしゃいでいただろうに。

「楓恋先輩、最近何かおすすめのってあります?」

「そうだね……なら」

「あ、私のおすすめのやつがあるんで、勧めあっこしません?」

「…それ、小雪が読ませたいだけなんじゃない?」

「バレました?」

「露骨だしね。まぁいいけど」

「わかってても乗ってくれるなんて、楓恋先輩ってば優しい」

「っ。…ちょっと……」

 腕に抱き着かれた。小雪からすれば看破されたことの照れ隠しのようなものだろうけど。

 私は照れとか、そういう小雪への感情よりも。

「………………」

 これまでしたことのないような表情で私たちを見つめるユニが気になっていた。

 

 ◆

 

 ユニの様子は明確に変わってはいた。

 小雪といてもはしゃぐこともなく静かになった。

 それだけなら小雪に対して負い目があるからとか、いつまでも恋にならないので小雪との関係に飽きたとかそんな所だと考えてはいた。

 だが、やけにくっついて回られるようにもなっていた。

 これまでは恋を期待するからと、一緒にいることも多くはあったけれど自分の興味も優先して飛び回って別行動のあったのに。今は恋の期待も出来なさそうな授業中にでさえ一緒にいることが多い。

 ただ家に帰ればこれまで通り漫画やアニメの話をするところは変わっていない。

 外で静かな分むしろ余計に話すことが多くなった気すらしている。

 だから、ユニに何かあるとしてもそれが大きなことだなんて考えていなかった。

 

 ◆

 

「今日先に帰ってて」

 その日の昼休みユニにそんなことを言った。

「え、なんで?」

「図書室で本読んでいきたいの」

「それなら私も一緒に行く」

「昨日買った漫画はいいの? 授業中も気にしてたじゃん」

「むぅ…」

 前までなら普通にあった放課後の別行動なのに不満そうだ。何がそうさせているのかは知らないが。

「……はぁい」

 表面上、私が気を使った形になりユニは断る理由が思いつかなかったのか頷いてくれた。

 そして、放課後私は図書室のいつもの席に陣取って読書の時間を過ごした。

 ユニとした会話が偽りだったわけじゃない。

 本を読みたいのは事実。もちろんユニがいてもよかったし、家で読んでもよかった。

 ただ、ちょっと疲れていただけ。外で物静かなくせに一緒にいるというのは多少なりとも居心地の悪さを感じていたから。

 たまの一人の時間が欲しく……気を使う体で追っ払ってしまった。

 当然、今から起きることも予定してたことのはずはない。

「……ふぅ」

 夕暮れもせまる中、本を読み終えて一息をつく。

 読んでいたのはもともとユニに勧められていたライトノベルのシリーズ。映画ももうすぐだし、良いタイミングになった。

 罪悪感はあるし、早めに帰ろうかと思っていたところで。

「あ、楓恋先輩」

 もう一人、この作品について話せる相手がやってくる。

「小雪」

「図書室にいたんですね。今会えるなんてラッキー」

 言葉だけならユニが喜びそうなだけど、探していたのではなく手には本を抱えているし図書委員の仕事中か。

「何か話でもありそうだね」

「はい、そうなんですよ。ちょっとお誘いっていうか、お願いっていうか」

 小雪は持っていた本を机に置くと可愛らしくというかあざとくというかもったいぶるように体を揺らして座る私と視線を合わせてかがみこんでくる。

「そういう小芝居はいらないから用件を言って」

「あはは。来週からこれの映画やるじゃないですか」

 ちょうど机にあった小説を手に取って帯にある映画の情報を見せつけてくる。

「あぁ、そうだね」

「今日来場特典の発表があって〜」

「自分が欲しい特典があるから一緒に行って欲しい、とか?」

「わ、先輩鋭い」

「これまでの行動を考えればわかるわよ」

 最初に出かけたコラボカフェですらほとんど初対面の状態で似たようなことをしてきたのだ。気軽に話す間柄になればなおさらだろう。

「いいよ、どうせ見ようとは思ってたんだ。小雪が行くときに合わせる」

「ありがとうございます!」

 強引な所もある割にこういう時には純粋な笑顔を見せてくるのだから恐ろしい。

「特典もらうお礼にポップコーンでも奢りますよ」

「そんな気を使わなくていいよ」

「いいですって。その代わり特典は当ててくださいね」

「…それは努力のどうしようもないね」

 そうして私は小雪と二回目のお出かけの約束をするのだった。

 それがユニの逆鱗に触れることも知らずに。

 

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