その日は結局無断外出がばれてしまい瑞樹は会社へ報告されそうになった。
しかし、紫苑が自分の責任だといって聞かず、それを信じてくれたのか、あえてだまされたのかはわからないが紫苑が翌日以降の自由行動を禁止となり、瑞樹自体はお咎めなしとなった。
どうせ予定もありませんからといって笑いながら去っていったのを見たのが瑞樹の見た最後の姿だった。
二人はそれ以降最終日まで会うことはなく、帰りと最後の観光へとバスに乗った際、二日ぶりに会った瑞樹と話をしたかったが、乗車で後ろが詰まる中では少しでも感謝を伝えたく笑いかけるのが精一杯だった。
さらにはその日、なんとか二人で会話がしたく紫苑はその機会を探したがなぜか瑞樹は別の生徒といることが多く、また紫苑自身も自分の友人と過ごしていたのでその機会を見つけられずついには最後の場所となってしまった。
(ど、どうしよう……)
紫苑はその降りた先で一人戸惑っていた。これまでは仲直りをした友人と一緒だったが今はあえて一人で瑞樹との機会を探っていた。
今瑞樹のいる場所はわかっている。というよりも、今このバスの裏手でなにやら神妙な面持ちのクラスメイトと話している。
もう自由時間はほとんどなく、さらにはここを逃してしまえばあとは駅で新幹線だ。そっちは時間が完全に決まっているので話す機会などもてない。
(…………)
話なんてすぐにおわるだろうと紫苑は先ほどから遠巻きに様子を伺っているが中々瑞樹は解放されない。
(……そばにいったら気づいてもらえるかな?)
ある程度特別だという自負はある。いくら今話している最中とはいえ、それなりに時間はたったし瑞樹の方から話しかけてくれるかもしれない。
(このままお別れなんて、嫌だし。いけ、私)
紫苑はそう自らを鼓舞すると一つ深呼吸をして瑞樹のもとへ歩きだした。
「っ」
と、紫苑が近づいていってすぐに話は終わったらしい。
が、
「……すみません、でした」
「ううん、ごめんね。でも嬉しかったよ」
「……失礼します」
話していたクラスメイトは泣きそうな声を出して瑞樹に背を向けると紫苑のほうへと歩いてきた。
(え? ない、てる?)
すれ違ったとき、赤い目をしているのが見えしかもそこには透明な雫まで見えた。間違いなくないている。
「あ、紫苑ちゃん」
「っ」
思わず泣いていたクラスメイトを目で追った紫苑の背中に瑞樹の声がかかる。
今までのことから、いたいけな少女を泣かせるような人には思えないが、目の前の現実に紫苑は多少狼狽する。
「あは、見られちゃった?」
瑞樹も気まずそうに紫苑に近づきそういった。
「今、どうしたんですか?」
「あ、えーとね……誰にも言わないでよ」
「は、はい」
「告白されちゃってたの」
「…………………え?」
瑞樹の唇から紡ぎだされた言葉に紫苑は言葉を失う。
「女子高とか引率するとたまにあるの。なんでかこの年頃の子たちにもてちゃうみたいなんだよねー。あたしってそんなに魅力的?」
「えっと……」
返答に困る質問ではあったが、内心紫苑は肯定する。
紫苑自身もその魅力のおかげでこの修学旅行もいい思い出とすることができたのだから。
「でも、学生に手を出すのはさすがにね……。怒られちゃうし」
「あ、はは」
(あぁ、こんなこと話してる場合じゃないのに)
心ではそうあせるが、瑞樹の口は閉じられることなく、次の言葉に紫苑は衝撃を受けることになる。
「あと、アドレス教えてって言われるのことも結構あるけどあれは一番困っちゃうかな」
(っ!?)
何気なく言った言葉であろうが紫苑はそれに頭に金だらいでも落とされたようしょっくを受けた。
なぜなら、それこそが紫苑の目的に一つだったのだから。ここで話すだけでなく、もっと話をしてもらいたいと思っていた、このほとんど嫌な思い出しかない町の素敵なところをもっと教わりたいと思っていた。
紫苑は挫折感に打ちひしがれ俯いてしまうが、瑞樹はそれに気づくことなく続けていく。
「個人的には教えてあげてもいいんだけど、会社から禁止されてるんだよー。お客さんに教えたっていう例を作られちゃ困るって。あたしって何でか知んないけど、結構会社に目を付けられちゃってるし……」
なんとなくそれはわかるような気がした。
というよりも紫苑はその理由の一端を体験している。初日にあんなところに連れて行かれた際、今回こそ紫苑が庇ったがそういうことをすること自体問題極まりない。似たようなこともしているかもしれない。
「あ、そうだ。そんなことより本題、本題」
瑞樹はいつのまにか愚痴を紫苑に告げているということに気づきそう言ってポケットから紙切れを取り出した。
「はい、これ」
「?」
話そうとしていたときの元気もなく消沈していた紫苑だったがそれを受け取って首をかしげた。
「あの、これ?」
そこにはメールのアドレスと思われるものが書いてあるのだが、先ほどの話から考えると瑞樹のではないはずなので意味がわからない。
「ん、あたしのアドレス。よかったらあとでメールして」
「え? でも……」
気のせいじゃなくさっき教えられないと言っていたはずなのだが。
「お客さんには教えられないけど、友達に教えるなんて普通でしょ?」
そういう瑞樹の笑顔はいたずらっぽく、なんだかずるい大人というものを見たような気になったが、【友達】といわれたことに胸を暖かくさせる。
(友達、か)
今はそれでいい。つながりが持てたのだから。
「はい! ありがとうございます! 必ずメールしますね」
「うん。絶対してよ? アドレス教えたのに何にも返してもらえなかったら悲しいんだから。あ、それと他の人には内緒ね」
「あはは、はい」
(内緒)
いい響きだ。
紫苑は大嫌いだったはずのこの町でまた一つ大切な思い出を作れたことを瑞樹に感謝するとともに自らの胸の淡い気持ちを改めて確かめるのだった。