時が経つのは早いものでもう進級して最初の一ヶ月が終わろうとしていた。
お昼休みのチャイムがなるのと同時にあたしはそそくさと教室を抜け出す。
もちろん、琴子に会いに行ってあげるためだ。
毎日というわけではないがけど、お昼休みには大体まず琴子の様子を見に行く。そこで琴子が一人であれば、どこかに誘ってお弁当を食べたりもするがこれも絶対ではない。
本心では毎日でも一緒に食べたりという気持ちはあるが、そんなことをすれば琴子はますますあたしに頼るだろうし、あたしがいつもいては琴子が【友達】を作る機会を奪ってしまうことにもなる。
なんだかんだでクラスが異なれば、そこは異質な空間なのだ。いくら友達や顔見知りはいたとしても目に見えない壁は存在するもの。
もっとも、様子を見に行って琴子が誰かといたことなんてないが
昨日は一緒に食べなかったし、今日は誘ってあげようかななんて考えていたあたしは教室の外から人の多い教室中央の琴子の席を確認する。
「っ!」
そして、思わずその場に固まった。
それもそうだろう。
なんと、琴子が誰かと話していた。
二人組みで琴子の机を囲んではなにやら話をしている。
(誰、だっけ?)
顔に見覚えはあるが、名前は思い出せない二人組み。クラスはもちろんのこと、行事や委員会などで一緒になった覚えもない。となれば、琴子も知らない相手(まぁ、クラスメイトなのだかろうから知らないわけはないだろうが)だろう。
二人ともお弁当の包みらしき持っているということは、普通に考えれば琴子を誘っているのだろう。
「………………」
見た限り強引にというわけではないらしい。
声を拾うことはできないが琴子の顔を見る限り困っているという感じではない。
(ここは、退散しようかな)
琴子が嫌がっていないだろうということを感じたあたしはそう思う。
せっかく琴子にこんな機会が巡ってきたのだ。ここで琴子に気づかれたら琴子はこっちに来てしまうかもしれない、一緒にいて欲しいというかもしれない。
それはせっかく琴子を誘っているあの二人の厚意に水を指すことになりかねない。
(ま、いい傾向か)
と、あたしはその場を去っていった。
琴子がお昼に誘われていたのを目撃した日は、放課後に琴子を誘って話をした相手のことを聞き、由香ちゃんと、理沙ちゃんなる名前だということは知ったが、その時は琴子もまだそこまで親しいわけではなくその程度認識だった。
次の日には一緒にお昼を取ったし、お昼以外でも琴子を気にすることは多かったがその二人と一緒にいるところはほとんど見なかった。
だから、そこまで気にすることもなかったし、どこか安心もして放課後や休みに琴子と去年までと同じ時間を過ごしていた。
その二人を意識するようになったのは、初めてあの二人といる琴子を見てから二週間ほどたったころだ。
(あ、今日から琴子と掃除場所一緒か)
週明けの月曜日、教室背後の掃除用具のロッカーにある掃除当番の予定を見ていたあたしはそんなことを思う。
今日からは裏庭の掃除だ。裏庭の掃除は二組合同となっていて、丁度それが琴子と一緒なのだ。
(ま〜た、一人でぽつんとしてるんだろうし、助けてあげなきゃね)
と、あたしは前一緒だったときの琴子を思い出す。
前のときなど、ほとんどが友達としゃべりながら適当に手を動かしてるに過ぎなかったのに、琴子と来たら無言でせっせと掃除をしていた。あたしが担当の場所からそっちに行ってあげると嬉しそうに笑って、「よかった。美月ちゃんも裏庭なんだ」と言い出したものだ。
それからは毎日掃除の時間が嬉しいなど、言葉だけを聞けば妙なことを言い出すようにもなっていた。もっとも、それはこちらとしても同じだったが。
普段会えない分(というほど会っていなくなどないが)、会えたときにはいつも以上に密度の濃い時間が過ごせるような感じがしてそれはそれで楽しくもあったものだ。
今日から、また掃除を嬉しく待てるななんて思いながらあたしは裏庭に着くと
「あ………」
と、思わず声を上げる。
(琴子……)
夕陽に染まる裏庭の校木の下、琴子がいる。
(っ………)
ただし、一人ではない。
あたしよりも背の高いウェーブのかかった髪の女の子と、琴子よりも背の低い二つに髪を結わえた女の子。
件の由香ちゃんと理沙ちゃんだ。話したことはないけど、たまに琴子と一緒にいるところは見るからそれくらいはわかる。
ずきん。
一瞬、胸に痛みが走る。
「?」
それが何故かわからず不思議な印象を持ってから
「琴子―」
と、少し大きな声を出した。
「美月ちゃん」
三人が一斉にあたしに振り向いて、琴子が声をかけてきて、あたしは早足に三人に近付いていった。
「美月ちゃんも、今日からここなの?」
話す距離まで来ると琴子はそう聞いてきた。
「え、あ………うん。そだけど」
あたしは若干詰まりながら答える。
(…………あたしは、覚えていたのに)
いや、正確には確認したことで思い出したのだが、琴子の性格なら覚えていてくれてもよさそうどころか、待ち望んでいてもいいのに。
(って、何だそれ)
自分でもよくわからないことを考えていたあたしは目の前の三人に気づかれないようにそれを否定する。
「あなたが【美月ちゃん】」
と、背の高い方が興味深げにあたしを見つめてきた。
「そう、だけど」
「そ、琴子からよく聞いてる」
(……琴子)
「美月ちゃん? どうか、した?」
あたしが何気ない言葉を過剰な反応をしていると、琴子は不思議そうにあたしを見ていた。
「な、なんでもない」
「そう?」
さすがに琴子にはあたしが何かを気にしていたということくらいはわかるのだろう。
「え、えっと、どっちがどっちなのかって考えてたのよ」
だが、内容まではわかるはずもなくあたしはとっさに適当な言い訳を口にした。
「あ、そっか。そういえば、まだ話したことはなかったんだよね。えっと、こっちが由香ちゃんで、こっちが理沙ちゃん」
「水見由香よ」
「平子理沙だよー」
背の高い方が由香ちゃんで小さいほうが理沙ちゃん。それはわかったが、あたしが気にしてるのはそんなことではない。
気にしてるのは、気にしてしまうのはこの空気だ。三人の間にある親しげな空気。
「で、この子が美月ちゃんだよ」
「わかるわよ。琴子がいつも話してるじゃないの」
「そうそう。いつも美月ちゃん、美月ちゃんじゃない」
(いつも………?)
それはどういう意味なのだろうか。いや、もちろん意味はわかる。いや、そういう意味ではなく。今あたしが思っているのは……
(……何? 何を考えてるっていうの?)
自分が何を気にして、何を思っているのかいまいちわからない。こんな気持ちは初めてだ。
「美月ちゃん?」
「あっ……宮原、美月。よろしく」
「よろしく」
「よろしくー」
どこでもされるような挨拶を交わし、あたしはその後に続ける言葉が見つからず妙に心細い感覚に襲われた。
それが何か今のあたしはにはわからず、黙って琴子を見ることしか出来なかったが幸い? してこの沈黙は数秒しか続かなかった。
「そこー、しゃべってないでちゃんとやりなさい」
琴子のクラスの担任が固まって何もしていないあたしたちに向かってそう注意する。
「っと、じゃあやりましょうか」
「はぁーあ。面倒だなー」
「だ、だめだよ。理沙ちゃん、ちゃんとしなきゃ」
「やんないとは言ってないじゃんー」
「じゃあ、美月ちゃん。また後でね」
(え!?)
行っちゃうの……?
「あ………うん。また」
三人並んで本来の担当場所に行く背中をあたしは呆然と見つめる。少しの間そうしているだけで胸の中に空虚な気持ちが芽生えて……
(って、別におかしいことはないってば)
ぶんぶんと首を振る。
確かに前は一緒に掃除をしてたけど、本来はクラス間で掃除の場所は離れているのだし向こうは同じクラスであたしは違うクラスだ。何もおかしいことはない。
(ない、けど………)
まだ三人から目が離せないあたしは無意識に唇を噛み始める。
(っ! だから何もおかしくないって!)
それの痛みを実感すると、心ではき捨てるようにしてやっとその場を離れられるのだった。