掃除が終わると一端教室に荷物を取りに戻ってから、また改めて下駄箱から外に出る。

 琴子と掃除場所が一緒なのだから、一緒に帰ればいいけど今は一人だ。

 一人で教室に戻って、一人で下駄箱を過ぎて、一人で校門を出て、今は閑静な土手をとぼとぼと歩いている。

(っ!)

 って、なにがとぼとぼよ! 別に落ち込んでなんかないんだから、普通の歩き方よ!

(……琴子……今頃どうしてるのかしら……)

 様子は確認していない。掃除の時間が終わったらあたしは即教室に戻ってそのまま、今こうしている。

 今思い返せば一緒に帰ろうと誘えばよかったが、ほとんど無意識のうちに一人でここまで来てしまったのだ。

(……まだ、あの二人といるのかしら?)

 ふと、足を止めてあたしは土手の上から夕陽に染まる川辺を見つめた。

 ほとんど人のいない川辺、川面は夕暮れの迫った陽を反射してきらきらとしている。

 綺麗な光景ではあるけど、夕陽というだけで胸が切なくなるのは十数年生きてきて植えつけられたイメージなのだろうか。

 それとも……

(それとも?)

 それともってなによ。夕陽以外のどこに寂しくなる要素なんてあったのよ。ない、ないわよ!

「仲、いいの、かしら……」

 それでもその場から動くことの出来なかったあたしは、また自分でおかしなことを呟く。

(琴子、だって)

 あたしが琴子って呼ぶようになってからまだ半年だって経ってないのに。

 琴子って、最初は呼ぶのも恥ずかしかったし、タイミングもわからなかったし、ずっと神田さんって呼んでたのに。

 なのに、もう琴子。まだ一ヶ月だって経ってないのに。

(……………………………………おもしろくない)

 何が面白くないのかわからないけど、そのわかんないのも面白くない。

(ほんっと、おもしろく……)

「あ、美月ちゃん」

「っ!?」

 川面を見つめたまま半ば金縛りにあったような状態だったあたしの耳に意中の相手の声が聞こえてきてやっと体を動かせた。

 声のほうを見ると、そんなに距離が開いていたわけでもないのに小走りにやってくる琴子が見える。

 一人の琴子が。

「……あの、二人は?」

 目の前にやってきた琴子にいきなりそう聞いてしまう。

「? 理沙ちゃんと由香ちゃんのこと?」

「……そう」

「うーん、と、どこか寄るところがあるんだって」

「二人で?」

「うん。そうみたい」

「……そう」

(そう、なんだ。二人で)

「でも、ひどいよ美月ちゃん」

 何故か妙に安心したような心地になったあたしの胸はまたドクンと跳ねる。

「っ!? な、何が」

「だって、せっかく今日から美月ちゃんと一緒に帰れるって思ったのに先に行っちゃうんだもん」

「え……?」

「でも、よかった。ちゃんと会えて」

「あ、ご、ごめん。明日からはちゃんと待ってる」

「うん」

(あ…………)

 嬉しそうに微笑んでくれる琴子を見てあたしは、何を心配してたんだと自分を笑うのだった。

 

 

 その日からは毎日琴子と一緒に帰った。

 掃除はまだあの二人といることが多いけど、それが終われば琴子のほうからよってきてくれるし、休みも久しぶりに二人で遊びに行ったりもした。

 まるで去年のころに戻ったように琴子と二人で楽しい時間を過ごせていた。

 だが、

「っ………」

 唇が痛い。

「っ……………」

 当たり前だ。自分で噛んでいるのだから。

 行き場のない感情をもてあまし、最悪な形で自分にぶつけている。

 あたしは唇を噛み、腕に爪をつき立てて、土手の芝生で体育座りをしながら焦点の合わない目で川を見つめていた。

(……なに、これ……)

 胸に渦巻くのは得体の知れない感情。

 体が熱くなるような、心細くなるような、頭が沸騰しちゃいそうな、何がなんだかわからないそんな不思議な気持ち。

 思えば、今年になってからたまに感じることのあった思い。

 心の一部にあったのに、目を向けようとしてこなかった思い。

 でも、まだ靄がかかったようにはっきりとは見通せない思い。

(………琴子)

 その正体のわからない思いの中心にいる相手のことを思い浮かべて、あたしはそれを意識することになった一日を思い出す。

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 学校で二番目に嬉しいチャイムの音を聞いて、学校で二番目に大きい開放感を感じながらあたしは教室を出て、琴子の元へお昼を誘いに行こうとしていた。

「あ………」

 けど、すぐ隣の教室を覗いては残念そうに声を上げた。

 あたしが見たのは自分の席でお弁当を広げる琴子と、その側で同じくお弁当を広げる【由香ちゃん】と【理沙ちゃん】。

(……………)

 あたしは、チャイムを聞いてすぐというわけではなくても、それなりにすばやく教室を出てきたつもりだ。今この時すでにお弁当を広げているということは、たぶん事前に約束があったのだろう。

 同じクラスの友達として、それは決しておかしなことではないのだろうけど。

(…………)

 笑っている琴子を見てはあたしはすぐにその場を離れた。

(まぁ……【友達】なんだから)

 あえて心でそう呟いてからあたしは何故か不機嫌になるのを感じながら。

 お昼の現場を見たときには少しショックを受けていたものの、原因のわからない感情をそのままずっと引きずるということもなく、あたしは放課後になると今は清掃場所の変わってしまった琴子を誘うために琴子の教室を訪れていた。

「琴子」

「美月ちゃん」

 幸いに琴子も教室に荷物を取りに来てたところで荷物をまとめながらあたしを迎えてくれた。

「もう帰るんでしょ?」

「あ……」

「一緒に帰ろ」

 初めからそう決めていたあたしは、琴子が何かを言おうとしていたのにも気づかないで誘いをした。

 しかし、

「えっと、ごめんね。今日は約束があるから」

 琴子が申し訳なさそうな顔でそういって、あたしは頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。

「そう、なんだ」

 乾いた声でそれをひねり出して、愛想のない笑顔になる。

「あの、二人と……?」

 そして、わざわざそれを確認してしまう。

「あ、うん」

 屈託なくそれにうなづく琴子。

「そ、っか。まぁ、クラスの付き合いも大切だもんね。部外者はおとなしく退散するとしますか」

「ごめんね、美月ちゃん」

「謝ることでもないでしょ」

「う、うん」

「まぁ、楽しんできなさいな。じゃね」

「うん、また明日」

「また明日」

 すでに琴子に背を向けていたあたしは軽く手を振りながら教室を出て行って、

「っ!!」

 琴子から見えなくなった瞬間に、小走りで逃げるように去って行った。

 

2/4

ノベル/ノベル その他TOP