琴子をあたしのものにしたい。

 琴子の一番があたしでない時が来るかもしれない。それを自覚してから、琴子をあたしのものにしたいと強く思うようになっていた。

 誰にも渡したくない。

 あたし以外の相手と一緒にいさせるもの嫌。あたしがいない場所で笑ってるのが嫌。

 あたしは琴子と一緒にいたい。去年一緒にいたようにじゃなくて、もっと一緒にいたい。いつでも一緒にいたい。これからだってずっと一緒に。

(そう、思ってるのに!)

 あたしは、掃除用の竹ぼうきを手にしながらある一点を見つめる。

 その視線の先にいるのはもちろん、琴子。とあの二人。

 今は清掃の時間で手も足も動かさなければいけない時間なのにあたしはこうして竹ぼうきを握り締めながら三人を見つめることしかしていなかった。

 あたしをそんな気分にさせているのはほんの数分前のことが原因。

 以前は、楽しみにしていた琴子と同じ校舎裏の清掃の時間。複雑な気分でそこに来ていたあたしは、琴子と気軽に話せていたことを思いだしていた。

 そこに琴子は一人でやってきて、あたしに話しかけてきた。

 内心嬉しさはあったものの、この前、【デート】を断ったことと、今の自分の気持ちを持て余していることもあって、あたしは琴子の言葉に適当に相槌を打つくらいしかできず、琴子もやっぱりこの前のことは気になっていたみたいで、少し距離の空いた会話でそれはあたしたちが初めて体験するものだった。

 でも、琴子はあんなことを言った後でもあたしのことを親友だと思ってくれてるんだろう。だから、今日も一緒に帰ろうと誘って来てくれた。

 それはこの間のことを聞こうとする意図でもあったのかもしれないけど、あたしはそんなことを考えることもなく

「……ごめん」

 と言ってしまう。

 さらには、明日でもいいという琴子に、それも無理だと言ってしまうほどあたしはまぬけだった。

 琴子がそれに傷つかないはずはないというものわかったけど、琴子が欲しいと思いながらもどうすればいいのかわからないあたしは逃げるようにその場から離れるのが精いっぱいだった。

 そして、後からやってきたあの二人と琴子が話しているのを遠くから見つめた。

(……笑わないでよ)

 琴子が数分前にあたしにそっけなくされたのを気にしていないはずはない。悲しんでるはず、あたしがどうしてこんな態度をとるのか気になって仕方のないはず。

 でも、笑ってる。

 それに理由をつけることはできる。というよりも友だちの前で仏頂面をし続けているほうがおかしい。だから、琴子のしていることはわかる。おかしくないこと。

 大半はあたしのことで占められているはずでも、目の前にはいるのはあの二人なんだから。

「っ……」

 その事実にあたしはぎゅっと箒を強く握りしめた。

 清掃の時間が終わってもあたしの不機嫌な気持ちが終わることはなく、三人を見るのがいやだったあたしは足早に校舎裏を去って、荷物を取りに教室に戻っていった。

 することがあるわけでもなく、どこかに行く予定があるわけでもない。ただ、学校にいるのが嫌なあたしは、清掃が終わり自分と同じように荷物を取りに来るものの多い教室でふと、固まってしまう。

「ねー、これからどっかいこーよー」

「じゃあ、ひさしぶりにあそこいこっか」

「今度の休みだけど……」

「そういえば、あの人が………」

 教室中央のあたしの席。そこに来ると自然と周りの声は拾いやすくなる。聞こえてきたのは当たり前の会話。

 友だちであればいつでもするような会話たち。

 それはあたしが久しくしてないもの。

 去年までなら違った。琴子とはもちろん、クラスにも仲のいい友達は他にもいて、こんな風にあたしも毎日話していた。

(…………………バカじゃん。あたし)

 嫌なことに気づいたあたしは、心の底から自分をそう思う。

 本当はこのことにだって気づいていた。でも、琴子のことばかりを考えてあえて見ないふりをしていたんだ。

 このクラスの中であたしは、一人だっていうことを。

 話せないわけじゃない。誰とだって、それなりに当たり前の会話はできる。でも、休みとか放課後とかに一緒にいたいと思う相手はいないし、実際休みの日に遊んだことは一度もない。

(………………)

 その現実にあたしは、ふらふらと窓に近づいて行った。ここからはさっき掃除をしていた校舎裏を見ることができる。

 別に琴子のことを意識したわけじゃない。でも、なんとなくそこを見てしまって。

「っ………」

 唇をかみしめる。

 そこには、清掃の時間は終わったというのにまだ三人がいた。

 去年まであたしがいた場所にあの二人がいて、あたしはどこにもいない。あたしの居場所はどこにも、ない。一人だと自覚してしまったあたしは、そんな錯覚を受ける。

 それでも琴子のことをあきらめるなんて選択肢は生まれさえせず、行き場のない思いにあたしは

(こと、こ………)

 涙を流すのだった。

 

 

(………………)

 あたしは校舎裏の校木に寄りかかりながら空を見上げる。

 以前、琴子を好きだと気づいた時にもこうしていた。

 けど、その時と今とではあまりに違う。

 琴子とは何も変わってないけど、違う。

 あの時は、戸惑いもあったけどそれでもまだ何かがあった。前を向ける何かがあった。

 でも、今のあたしにはそんなものはない。

 琴子への想いと、【一人】の現実に打ちひしがれて、意味もなく空を見上げる。

(………お腹、へったな)

 今は昼休み、お弁当はあるけど食べられる気分でもなくてでも、教室にいると嫌なことばかりが目にも、耳にも入るからふらふらとここに逃げてきた。

 そして、時折近くの渡り廊下を通る生徒たちに奇異な目で見られながらも、もう何十分とこうしている。

 その間考えるのはもちろん、琴子のことで。

(……なんで、あんなこと言っちゃったのかな)

 特に今はこのことを考えていた。

 それは、始業式の時クラスで馴染めていなかった琴子を家に誘って言ったこと。

 友だちを作れ。

(あんなこと言わなきゃ、よかった)

 言わなかったからって、きっと関係ない。あの二人とは友達になっていたのだと思う。でも、もしかしたらそんなこと言わず、あたしだけを頼ってと言っていればこうはならなかったかもしれない。友達にはなっても、それでもいつもあたしのことを見ていてくれたかもしれない。

 そんな都合のいい妄想をするしかない。

 それくらいあたしは追い込まれてる。

 もう琴子とは一週間以上もまともにはなせていない。

 三人でいるところは見たくすらないし、琴子からも話しかけてはくれない。

 たまに廊下ですれ違ったり、見たくない三人でいるところを結局見つめてしまっていつのまにか目が合うということはあっても、あたしは逃げるように去っていくだけ。

 琴子を好きだとわかって、自分のものにしたいと思うのにしてるのは真逆のこと。

 このまま疎遠になっていくんじゃ……そんなことすらあたしは考え始めていて、そんなことを考えれば考えるほど泣きたくなっていく。

「っ……ことこ」

 じわりと浮かんだ涙にうつむいて、好きな人の名を呼んだあたしは。

「みつき、ちゃん……」

 決して手放したくない大好きな相手の声を聞くのだった。

 

 

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