「……なんか、用?」
あたしは、一瞬だけ顔をあげ琴子を見つめるとまたうつむいてそういった。
避けてはきたけど、喧嘩をしたわけでもない。こうして面と向かわれれば会話くらいはできる。
「……うん」
できる、はず。
「え、えっと……」
「用があるなら、早くしてよ」
「あ、ご、ごめんね」
言いながらあたしは心の中で自虐的に笑う。琴子をこうさせているのはほかでもないあたしだというのに。
「美月、ちゃん………何か、怒ってる?」
(そうくるの)
まぁ、そう見えなくもないと思う。琴子を見るときは厳しい目をしていた。
「……別に、そんなことない」
「………でも。じゃあ、どうして、私のこと……避けるの?」
「………………」
「避けて、る、よね。私のこと。私だって、そのくらい、わかるよ」
「……そ」
ほとんど一言でしか返せない。何を言えばいいのかもわからない。今までこんなことなかったのに、琴子との過ごし方がわからない。
「私、何かしちゃった? それなら、謝るから」
琴子とまともに話せないことと、琴子がまるで悪くないのにこんなことをいうこと、それはどちらもあたしを苛立たせてくれた。
「………この前は楽しかった?」
そして、あたしはなぜかそんなことを口にする。
「え?」
「この前、あの二人と買い物行ったんでしょ」
「い、今は、そんな、こと……」
「楽しかった?」
「え? ……え?」
琴子は何を言われているのかわからずに混乱している。
……昔なら、こんな風な琴子を見るのも楽しかった。……昔ならと考えるところがあたしがいかに追い込まれてるかをわからせてくれる。
「答えてよ」
だからあたしは有無を言わせず、琴子を追い込んだ。
「………た、楽しかった、よ」
「………ふーん」
予想通りの答え。もっとも、それ以外は答えようがないのだろうけど。
琴子はあたしがいなくても楽しいって言える。言わせたのだとしても、それはあたしにとってつらいものだった。
そうやってあたしは自分を傷つけ、その傷ついたということを免罪符にする。
「琴子」
「な、なぁに?」
「また、私と前みたいになりたい?」
「う、うん」
あたしの雰囲気が普通じゃないことに気づいている琴子は身構えるような声をだした。でも、そんなものを吹き飛ばすくらいあたしはひどいことが言えた。
「なら、もうあの二人ともう話さないで」
「…………え?」
今日は琴子にひどいことを言ってばかりだけど、これはあたしが今まで琴子に言ってきた中で一番ひどい言葉だろう。琴子なんて何を言われているのかわからないって顔してる。
「【理沙ちゃん】と【由香ちゃん】とはもう話さないでって、言ったの。そうしたら前みたいにしてあげるから」
「な、何言ってるの、美月ちゃん。なんで、理沙ちゃんと由香ちゃんのことが関係あるの?」
「そんなのはどうだっていい。あたしと、あの二人、どっちが………」
大切なのかと言ってしまおうとしたとき
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終了を告げるチャイムがなった。
「……………」
一度さえぎられたことで、もう一度口にする勇気はないあたしは黙ってしまう。
「ほ、ほら美月ちゃん、いこ? 授業、始まっちゃうよ」
一方琴子はあたしが何を言おうとしてかにも気づかずそう常識的なことを言って、軽くあたしの制服を引っ張った。
「………………」
あたしはまだまだ琴子を見れないまま、うつむいて悔しさを噛みしめていた。
(なんで、言えなかったのよ!)
言ってしまいたかった。言って、楽になりたかった。どっちが大切かというのは、どっちが好きかって意味。
あたしが琴子を好きだって伝えるのと一緒だった。
結果がどうであれそうなれば楽になれることだけは確かだったのに。
「美月ちゃん?」
もう一度琴子はあたしを引く。さっきよりも少し大きな力で。
「……………」
うんと小さくうなづこうとしたあたしの言葉はまた遮られる。
「ことこー」
「!!!?」
それは、確か【由香ちゃん】の声。渡り廊下の方角から聞こえてきた。
「そんなところでなにやってんのー、次移動教室だよー」
「あ、うん。すぐ、行くから」
「早くしなよー」
校舎の影になっていることもあたしのことは気づかないらしく、琴子の答えを聞くとそのまま去っていく足音が聞こえた。
(……………)
今のが大したことなわけじゃない。でも、さっきの不完全な告白と【由香ちゃん】に呼ばれ、背を向ける琴子がとてつもなく遠くに感じて、それがあたしに……
「……………」
あたしに。
「琴子!」
「え? 美月、ちゃ……!!?」
あたしに、したかったことをさせた。