はぁ〜

 わざとため息をついて向き直る。

「なに? 何か用?」

 神坂さんは緊張してるのか自分の机あたりでもじもじと手を擦り合わせていた。

 教室が暗くてどんな顔してるかまではわからない。

「……………」

 呼び止めたくせになかなか言い出さない神坂さんをムッとしていたら、しばらくすると耳を疑うようなことを言ってきた。

「ぁ…きょ、今日も……しな、いの?」

 恥ずかしさからか、神坂さんはしきりに目をしぱしぱさせて時折、ちらと私を見てくる。

 こんなこと言われるなんて思ってなかったから一瞬呆気に取られたけどすぐに神坂さんに寄って行って言葉を返した。

「なに? して欲しいの?」

 嘲笑というわけじゃないけど、そんな雰囲気を声に含ませた。

 そんなことあるわけないだろうけどね。

「そ、そんなわけないじゃない!!

 ほら。

でも、否定してるわりには真っ赤でどうも説得力がわかない。

「っていうか、どうしてそんなこと聞くの? 別に神坂さんからすれば、されないに越したことはないんじゃない?」

あれかな? このところ私がしてないから逆にそれが不安に思われちゃった? 嵐の前の静けさ、みたいに。

「…………………………………だ、だって………き………から」

 神坂さんは長い間沈黙したかと思うと、もごもごと聞き取りづらい何かを言った。

「ん? なに?」

 

 

「菜柚のことが好きだからして欲しいの!!!」

 

 

 ……………は?

 神坂さんはこれ以上ないほどに羞恥に頬を染めて、言っちゃったという顔をした。

 一方私は

「な、なにいってるの? 冗談、きついんだけ、ど……」

 心の底から本気なわけないって思ってるくせに、あまりに神坂さんの顔っていうか纏ってる雰囲気が真剣な感じでして乾いた声しかでなかった。

(わ、わけ、わかんない……)

 今までのこと思い返しても、神坂さんに好かれる理由なんて一個も見当たらない。あるはずもない。

 いきなりファーストキス奪って、人に言えないことをいいことに、脅すような真似をして、自分の寂しさと退屈を紛らわすためにただ、遊んで……

 なのに、好き?

「……どうして黙るの? まさか、本気とかいわないよね?」

「……………………」

 涙をこらえるようにしながら、ゆっくりと今言った自分の言葉を噛み締めるように頷いた。

「あ、はは……な、なんで? 私のどこが好きだっていうの?」

 ど、どうせまた変なことでも考えてるんでしょ? 前にだって変な強がりしたことあったし、私のことからかおうとしてるんだよね? 

 う、うん。そうに決まってるよね?

「そ、そんなの私だってわかんないわよ! けど、いつのまにか好きになってたの! されるのが嫌じゃなくなっちゃったの! 気づいたら皆咲さ……菜、柚のことしか考えられなくなってたの!!」

 心の中を吐露するように神坂さんは思いっきり叫んだ。それは教室中に響きわたって、私の耳から胸にしみてきた。

 そ、そんな見え透いた嘘に騙されるわけない、よ。

「………………本気?」

 嘘だってわかりきってるのに、こんなことわざわざ聞く必要すらないのに。どうしてこんなこと聞いてるの?

「………うん……」

 再び頷く神坂さんの様子はとても嘘やからかいなんて見えなくて、本気なんだって理屈じゃなくて心で思い知らされた。

「な、菜柚も…わた、しのこと、好、きなのよ、ね? だ、だから…して、くれてたんで…しょ?」

 潤みきった瞳で私のことを見つめてくる。確信があるわけじゃなさそうで、ものすごい不安そう。

 ふ、ふふ…な、なに言ってるの? 今までのあれが愛情表現だったっなんて思ってるの? この前縛ったときの、【する理由の自分で考えて】と【私の気持ちを考えて】を【私が神坂さんを好きだから】とでも考えたの?

 フラ……

 立ち眩みがして倒れそうになった。

 ど、どうかしてるんじゃないの? どうやったらそんな風に思えるのよ? 頭おかしいの!? 

 だから、家に呼んだりなんてしたの? 抵抗しなくなって私のいうこと何でも聞くようになったの? 

 私のことが好きだから? 本気で好き、だから?

 頭が疑問符で埋め尽くされる。

(……………………………………………バカらしい)

「…………じゃあ、もういいや。もう私に近づかないで」

 私は冷ややかに、凍える風のように言い放った。人生で一番冷たい声だったかもしれない。

「…………………………………え?」

 神坂さんは何を言われたかわからないって顔をする。

「もう私に寄らないでって言ったの」

 二回言っても、神坂さんは呆けている。耳では聞こえていても、頭と心じゃ理解できてないみたい。

「え? ぇ? わ、私なにか、した?」

「別、に」

 強いて言うなら、私のことを好きになった。

「そういうこと、だから。さよなら」

 まだ私の言葉を受け入れられていない神坂さんを無視して背中を向ける。

「ま、待って!

 悲嘆にくれた声が去ろうとする私の耳に届いた。

「まだ、なにかあるの?」

 あからさまに不機嫌な声を出して一応振り返る。

「わ、私が何か、菜柚の気に触ることしたならあやまるから、菜柚を怒らせたのなら、あやまるから………」

 どうやら、神坂さんは本気で私が、神坂さんのことを好きでキスとか色々したんだと思い込んでるらしい。それで何かして私のことを怒らせちゃったって。

「せ、先週のこと? あ、あれは……その、違うの。嫌だったんじゃなくて、いきなりだったから驚いただけで……」

う、ううん……嫌じゃないよ……ちょっとびっくりしちゃっただけ』

 神坂さんの口から発せられるどこかで聞いたようなセリフに私は心が沈んでいくのを感じた。でもそれを顔に出すのは必死に抑える。

「私にできることならなんでも、する、から。だから、許して」

「……なんでも?」

 これと似たようなことを私は大好きだった人から聞いたことがある。

 私のお願いを聞いてくれるって。

(……おねえ、ちゃん)

 それを思い返して、そんな自分を鼻先で笑い飛ばす。そして、唇の端を吊り上げた。

「じゃあ、服、脱いで見せてよ」

「え……?」

「何でもするんだよね?」

 いつも神坂さんにお願いするときのように目線をキツくして見つめたけど、神坂さんは一向に動こうとしない。

 当たり前だよね。できるわけないもん。

 けど、ここまで言っておけばいくらなんでももう引き止めたりしないよね。

 私は三度振り返って今度こそ教室を出ようとした。

 パサ……

 ドアに手をかけると同時に、布が床に落ちるような音が耳に飛び込んできた。

(は?)

 と思って振り返ってみると。

「………!!」

 う、そ……

 目を疑った。

 張りのありそうな美しい肌。しなやかな腕、薄い青色をしたブラ。そこに見えたものが現実の光景として受け入れがたかった。

 神坂さんは制服の上を脱いで、スカートのホックに手をかけていた。

「ちょ…っと……何してるの!!?」

 私は全速力で駆け寄ってスカートに手をかけていた腕を掴んだ。

「あ……」

 怯えたような、びっくりしたような、親を失った小動物みたいな顔をしている。

「え? だ、だって……こうすれば、許して、くれるのよ、ね?」

 は? あ…はは、本気で言ってるの?

「そ、そんなの嘘に決まってるじゃない!!

「………………ぇ?」

 どうしたらいいのかまったくわからない様子で私の顔を見つめてきた。

「じゃ、じゃあ、どう、したら……」

「い、いいから制服着てよ」

 床に落ちていた制服の上を拾い上げると強引に神坂さんに着させた。髪に引っかかっちゃったけどそれは気にしないでおく。

 神坂さんはさっきから変わんないで私の言葉、指示を待つような顔をしていた。

(………………な、なんなのいったい?)

 神坂さんの頭の中も真っ白になっちゃってるんだろうけど、私も神坂さんと同じ、ううん、それよりずっと真っ白でわけがわからなくなってる。そもそもわかるはずない。あまりにもおかしすぎて、真っ白どころかどうにかなっちゃいそう。

「と、とにかく! もう私に近づかないで! さよなら!

 もうそれしかいえなくて、私は教室から逃げていった。

 今度は呼び止められることはなかった。

 

 

 ど、どうしてこんなことになってるの?

 好き? 好きなの?

 神坂さんが私のこと? 本当に、本当なの?

 なんで、どうして? わけわかんないよ。

 そりゃ普通はキスなんて好きな人とするものだろうけど、わ、私は神坂さんが好きだからしてたんじゃない。お姉ちゃんのことを言われて頭にきて、むかついて……初めてして。

 退屈しのぎとちょっとの楽しみのために色々なことした。普通なら、脅迫とかで訴えられてもおかしくないようなことばっかり。

 それが神坂さんには愛情表現だったの?

 本気で私が神坂さんのこと好きだなんて思い込んでて、されてる内に私のこと好きになっちゃったの? そんなのおかしいでしょ!? 

 ……いくらおかしくてもありえないことでも、神坂さんが本気で私のこと好きなら、もう……いらない。

 いらない、いらない、いらない!

 私のことを好きだなんていう人はいらない。

 私は、そんなの……もう

 

 いらないっ!!

 

 

 

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