あれ? ここはどこなんでしょう。

 意識を持った私は、自分が真っ白な世界にいることに気づきました。

 右も左も前も後ろも、上も下も三百六十度が真っ白な世界に私はぽつんと立っています。

 ここがどこかわからないのはもちろんですが、どうしてここにいるのかもわかりません。

「ふふ、緊張してる?」

「っ!!?

 急にどこからかわからない声が響いて思わず肩を震わせます。

「ほら、力抜いて」

 最初は誰の声かわからなかったですが、二回目でそれが誰だかを察します。

(深雪、さん)

「っ!!!!???

 そう、心で呟いた瞬間、周りの風景が変わりました。

(これ、は……)

 五階建ての背の高い校舎。そこに囲まれるように作られた緑の芝生と、桜並木。

 そう、ここは学校の中庭です。

 そして、声の主、深雪さんはこの中庭の隅、この前キスを目撃した場所でまた誰かと一緒にいます。

 あまりにも不可解な状況ですが、私はもうその不可解なことよりも目の前の事象に目を奪われてしまいます。

 相手のほうは深雪さんの影に隠れて顔は見えませんが、背丈は私と同じくらい、でしょうか? 制服姿で彼女の抱擁を受け入れています。

「ね、目、閉じて」

 彼女との距離は離れているはずなのに不思議なほど声ははっきりと聞き取れてしまい、彼女が何をしようとしているところなのか察してしまいます。

 彼女は相手の女の子の頬に手を伸ばすとこの前見たように顔を自分のほうへと向けさせました。

 女の子は深雪さんの手に自分の手を重ね、まるで彼女を受け入れる合図をしたかのようでした。

 そして、深雪さんは徐々に頭を女の子へと近づけていきます。

「あ………」

 この前覗き見をしたときと同じく、鼓動がスピードをあげ、全身がかぁっと熱くなってしまいます。

 それは、彼女が私に近づいてくるのに比例して大きくなっていき……

(えっ!!!!???

 い、いつの間にか私の目の前には深雪さんがいて、彼女の手が頬に触れていて、その手に手を重ねていて……

 それはつまり……私がさっきまで見ていた深雪さんの相手になって、いる……?

「……好き」

 甘く蕩けるような声が全身に響いて

 彼女の、唇が………

 

 

「はぁ……」

 ため息を、つきます。

「……はぁ」

 また。

「はぁ〜」

 今日何度目なのか、考えるのもバカらしくなるほどにため息をついてしまっている私はお昼休みにある場所へと足を運んでいました。

 そこは、最近意識してしまうことの多い中庭です。

 お昼休みということもあって周りのベンチなどでは楽しそうにお昼を取っている人たちもいますが私は、とても食欲など出ずにその喧騒から少しはなれたところに立っていました。

(……あんな、夢を見るなんて……)

 それはもちろん、今朝見たあの夢のことです。

 私が、……私が……彼女に、キスを、されるという。

 ありえない夢です。

 夢は深層意識の現われだという話を聞いたことがありますが、そんなこと絶対に迷信だといえてしまうほどありえない夢でした。

 だって、私は……

「キス、なんて……」

 自然に触れていた唇からポツリと呟きます。

 そりゃ、私も女の子ですしキスにまったく興味がないというわけではありません。小説やドラマのようなキスに憧れを抱いたことがあるのは事実です。

 しかし、同時に私はキスに関し複雑な気持ちを抱いているのも事実で、興味や憧れはあっても、してみたいとは思っていません。

 そう思ってなどいないのです。いないはずなのです。

(……なのに……)

「はぁ〜」

 今朝見た夢が忘れられません。というよりも、数分、いえ下手すると一分のうちに何度もその光景を思い出してしまいます。

「……キス、なんて」

 もう一度私は、自分の中をめぐる色々なものを否定するためにそう呟きます。

 彼女にキスをされる。

 抱きしめられ、頬に手を添えられ、あんな風に好きと囁かれながら……彼女の唇が……

(はっ!!?? ま、また……)

 彼女にキスをされたいなど思っていないはずなのに想像が止まりません。

(そういえば……)

 彼女は私にはそういうことを一切してきません。耳たぶを噛んだり、ほっぺを擦りつけたりはしてきますけど、キスをされるようなことは一度も……

(って!! 何考えてるんですか!!

 そもそも私は彼女の友達ではありますけど、恋人ではありません!! キスをされなくて当たり前です。それが当たり前なのです。

 大体、キスなんて言うのは本当に好きな人とするものであって、私と彼女はそんな関係、では……

 でも、それも人によって違うでしょうか。外国では挨拶代わりにキスをしたりもするみたいですし、彼女にとってキスは恋人とだけするものではないのかもしれません。

 それなら、あんな風に毎回違う相手とキスをしているところを見るはずがありません。彼女にとってキスはもしかして、親愛の証でしかないのかもしれません。だから、この前だってした後でもあんな風になんともなく私と話せたりしたのかも。

 でも、それなら私……い、いえ!! もっと他の友達とかにもしてもよさそうなのに。

 って! 違います、い、今のは気の迷いだったというか、その……

「……はぁ……」

 おかしく、なっています。あんな夢一つに翻弄されて、一日中こんなことを考えるなんて。

 そもそも、そんなキス。嬉しく、ないです。

 キスっていうのはもっと……

(……って、だから!!

 わ、私は何を考えているんでしょう。あんな夢を見たからと言って、ここまで意識する必要ななんてないのに。

 あんな夢一つでこんなことまで考えるなんて、私ってもしかして……

(……………もしかして、)

 もしかして、本当にもしかしてではありますけど。

(私って、もしかして……もしかして……)

 彼女のことが……好き、なんでしょうか。

「……………………………………そんなわけないですよね」

 一瞬気の迷いのように頭に入ってきた考えを私はあまりにもばかばかしく否定して、やっとその場を歩き出します。

 中庭を抜けて渡り廊下へと近づくと

「……好き」

 また、ふつふつと頭に響いてきてしまいます。

 あ、ありえないですよね。あんな夢見たこと自体気の迷いで、異常なことで、大体夢は夢でいくら彼女にキスをされる夢を見たからと言っても、彼女が好きということには繋がらないはずです。

(でも……まったく考えてないのに、そういう夢を見るものなんでしょうか……)

 い、いえ夢はあくまで夢ですよね。変な夢をみてしまうことはあるものです。

 大体、仮に、もし本当に万が一、彼女が好きだとして彼女のどこを好きだというのですか。

 私は基本的には彼女のことを快くは思っていないのです。あんなあけすけで、だらしなくて、誰にでも可愛いなんていって、むしろ私は彼女のほうが可愛いと思うし、不真面目だし、授業中に寝てたりだってするし、嫌いになれるところはいくらでもあります。

 そ、そりゃ気になってしまっている部分はありますよ。あの時どうして、あんな悲しそうに教室を見つめていたのかは今でも解けていません。

 でも逆に言えば、それだけで他には彼女のことを好きになる理由なんて……大体あれだけで彼女を好きになるなんて一目ぼれじゃないですか、あ、いえ、初めて見たわけではないですから一目ぼれとは言わないのでしょうか? ただ、とにかく印象には残っていて今でもその姿は鮮明に思い出せるのも事実で……

 もしかしたら、それは好きっていうことかもしれなくて……

「ふざけてるんじゃないわよ!!

「っ!?

 一向にまとまる気配すらなかった思考の中でいきなり怒鳴るような声が聞こえてきて私は思わずビクっとします。

 おずおずと声のほうを見ると

「っ!!?? 深雪さん……」

 先ほどまで私を悩ませていた相手が壁を背に誰かに詰め寄られている光景が目に入ってくるのでした。

 

 

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