そう、どうせ望と恋人になどなれるはずはない。

 告白する勇気すらないが、たとえ告白が出来たところで望が自分を、同じ女の子の沙羅を受け入れてくれるはずがない。

 拒絶され、嫌悪され、嫌われるだけ。

 どうせ、嫌われてしまう。

 それか永遠に今の地獄の中に居続けるしかない。

 どちらを選んでも、自分に待ち受ける未来は絶望と地獄でしかない。

 ならば、どうなってもいいんじゃないだろうか。絶望しかまっていないというのなら、その前に自分の欲望をかなえようとして何がいけないのか。

 地獄の中に居続けるか、どうせ嫌われしまうだけ。

(……そう、そうよ)

 そんな未来しかないのなら、自分の望みをかなえてしまえばいい。それで例え望に嫌われたとしてもそんなのはただ時期が早まるだけだ。この地獄に耐えられなくなる日は必ず訪れる。

 そして、必ず嫌われる。

 必ず。

(なら……)

 一度だけでいい。

 望のすべてを奪ってしまいたい。望のすべてを自分で埋めてしまえばいい。望を……自分だけのものにしてしまえばいい。愛して、穢して……染め上げてしまえばいい。

 それで最後には嫌われてしまうのだとしても! 望を傷つけ、悲しませたとしても! 

 一度だけは、望みが叶うのだ。望の特別になれる。

 それは、このまま耐え切れない地獄に身を置くことより、告白してただ嫌われてしまうだけよりもはるかに救いのある、………ことのはずだ。

 それが唯一の救いなのだ。

 だから…………

(私は……)

 そうして、どす黒く歪んだ心を沙羅は胸に宿していった。

 はずなのに。

「沙羅」

(…………っ!!!??

 朝の喧騒の中、自分の机で俯いて禁忌の思考に及んでいた沙羅は、その相手がいきなり現れたことに驚愕する。

「望、何?」

(あ、……あぁ…あ………)

 癖のようになってしまった態度で友達としての返答をした沙羅だったが、心ではメッキがすさまじいはやさではがれていくのを感じていた。

 望を無理矢理にでも、自分のものにしたい。

 そう決意を固めていたはずなのに望の姿を見ただけで、好きな人の声を聞いただけで………恐ろしくなった。

(いや、……でも、……けど……)

 ここで引いてしまえば、繰り返すだけ。望のいないところで、何かしらの決意を固めたところで、望のあまりにも強すぎる光にとかされてしまう。

 しかし、引かなければ……沙羅にまつのは死よりも辛く苦しいこと。

「あのね………」

「ふふ、なんだ、そんなこと……」

 いつの通りに地獄を歩いてしまう。ここはまだ地獄の表層。耐えられる地獄、望みをかなえてしまえば、永遠に這い上がることの出来ないような煉獄へと落とされる。

「あ、それで……」

「ふーん、まぁそういうこともあるかもね」

 しかし、今歩く地獄は着実に下へと向かっていていつしか耐えられなくなる事は明白で……

 しかも、

「あ、そうだ。今日、放課後部屋に来てもらってもいいかな?」

 その時は唐突にやってきた。

 

 

 望の部屋に来るのはもう何回目かと数えられる回数ではない。

 友達となってからはもちろん、好きと自覚してからも幾度となく訪れた。

 ……今の気持ちを芽吹かせてからですら来た事はある。

 しかし

「っ……!!

 唇を、かみ締める。

 望から見えない位置で腕に爪を突き立てる。

 そうして、気を紛らわせなければ今この空間に居ることが耐えられそうにもなかった。

「今回もありがとう」

 誘われた理由はなんてことのない理由。ただ、テスト前に勉強を教えたことのお礼がしたいとのことだった。それ自体もめずらしいことではなく、そのお礼と称して軽いお茶会や今しているようなおしゃべりをすることはもはやお決まりとなっていた。

「そ、う」

 床に座る沙羅は、ベッドにいる望を見ることができない。

「……でも、いつまでも私を頼らないでよね。……一人でもできるようにならなきゃ」

 あさっての方向を見つめながら、醜い情動を抑えながら、それでも沙羅は望の友達でいられた。

 今にも決壊しそうな想いのダムを抱えたまま沙羅は望の友達でいようとしていた。

「……うぅ。わ、わかってるよぉ」

 望は今自分がライオンの前に立つ草食動物だということに気づかずテストの前には毎回しているような会話をして、呑気にベッドに腰掛けながら足をぷらぷらとさせている。

「でも、沙羅っていつもそんなこというけど、見せてくれなかったことないよね」

「…………」

 そんなの当たり前、じゃない。好きな人に頼られて断れるわけないじゃない。少しでもいいところを見せたいって思うじゃない。わずかでも望の中で私の比重を大きくしたいじゃない。

 望の言うことに反応することはいくらでもあるが沙羅はそれをほとんど表には出さない。というよりも出せないことばかりを思ってしまっているのだった。

 しかし、いつもなら何かしら軽いコメントを返すのにこの時の沙羅は自分の気持ちを抑えるだけで精一杯で、何一つ余裕なんかなくて、黙っているだけだった。

 何か反応をしていれば、もしかしたら次の望の言葉はなかったかもしれないのに。

「でも、そういう沙羅って好きだよ」

(っ!!!!??

 わかって、いた。こんなのはなんでもない【好き】だと。ただ、望がからかいの一環で言っただけに過ぎないと。あまりにも自分とは違いすぎる【好き】だと。

「やめてよ、そういうの……」

 沙羅はダムにひびが入るのを感じながらそれでもどうにか決壊を防いでいた。激情に支配されそうな体を抑えていた。

「え? どうして? だって、好きのは本当だよ?」

 テストが終わったせいか望は多少ハイになっており普段なら言わないようなことまでも言ってしまう。

 それが、不幸だった。少なくてもこの時の望と沙羅にとっては

「やめて!!

 一回目の好きは耐えた。

 しかし、心が不安定なつり橋よりも揺れていた沙羅に二度目の好きを耐える力は残っていなかった。

「っ!? さ、ら?」

 いきなり叫ばれた望はビクと体を震わせながら急に様子の変わった沙羅を見つめる。

「私のこと、なんて、なんとも、思ってない、くせに……」

 それでも、気持ちが溢れても、爆発してもまだ沙羅は耐えようとしていた。ここで、耐えなければ……

「ど、どうしたの? 沙羅? そ、そんなこと、ないよ。わ、私は沙羅のこと、好き、だよ」

 望のことは、好きだ。いや、愛している。

 だからこそ沙羅は望が憎たらしかった。望の無邪気な好きに沙羅の心は焼かれ、理性は彼方へと消し飛んでしまった。

 今、沙羅の体を支配しているのは望への、愛。

 そして、憎しみだ。

「うそ!! 望は私のこと好きなんかじゃない! 私のことなんて何とも思ってない!!

 好き。

 違う好き。

「そ、そんなこと……」

 ただの友達としての好き。

 求めている好きは違う。

 恋人としての好き。

 誰にも渡さないっていう好き。

 自分だけのものにしたいという好き。

 キスをしたい好き。

 抱きしめたい好き。

 ……………言葉にできないようなことだってしたいような好き。

「さ、ら……?」

 違う。望の好きは沙羅が求めているものと重なっていない。

 そんな好きをもらっても嬉しくない! いや、逆だ。

 そんな好きはいらない。

 こんな好きは苦しいだけ。辛いだけ。

「……………」

 沙羅は無言で立ち上がる。

 黒く歪んだ想いに体を支配されながら。

「沙羅……?」

 激しい情動に突き動かされて。

「あ、あの……………?」

 本能的に怯えた様子を見せる望に迫っていく。

「望」

 ベッドに手をかけ、望へと体を寄せる。

「ど、どうした、の……?」

(……教えてあげる。私がどう、望を好きなのか)

 胸に宿っているのは諦めと、昂揚。

 いかに自分が醜いことをしているかわかっているのに、沙羅はこれからのことに胸を高ぶらせていた。

(……ふ、ふふ、)

 そして、そんな自分を卑下するかのように笑う。

 こんなんじゃ叶わなくて当然だと。望に好かれる資格などありはしないと。

 だが、それでも、いや、だからこそ……

「好き……」

 沙羅は自分を止めることができなかった。

 

 

2/4

ノベル/ノベル その他TOP