まず何よりも驚いた。

 だって、穂乃果は私がここにいるのなんて知らないはずで、そもそもみんなと出かけたはずで。

 会いたいとは思ってたけど、こんないきなり現れるなんて思ってなくて。

「な、なんでここにいるのよ!?」

 私は動揺した心と体を隠すこともできずに真っ赤になった顔で穂乃果に問いかける。

「んーと、なんとなく。真姫ちゃんがここにいるような気がして」

 穂乃果はいつものようにあっけらかんとしている。

「こ、答えになってないわよ。だ、大体私は用があるって言ったのになんでここに来るのよ」

 自分で言ってて妙な話だけど、普通あんな言い方をしたら学校に残ってるなんて思わない。

「あ、そういえばそうだね。でも、ここにいるような気がしたから」

「なにそれ。意味わかんない」

「うん。そうだよね。けど、会えた」

「っ!!?」

 嬉しそうな笑顔を見せる穂乃果。

(な、なに笑ってるのよ)

 穂乃果にはそんな理由ないじゃない。

「だ、だからなんなのよ。みんなとどこか行くんじゃなかったの?」

 そう、そもそも私が聞きたいのはこれ。自分から誘ってたくせに当の本人がなんでここにいるのかっていうこと。

「うん。そのつもりだったんだけど私も用事が出来ちゃったから」

「なにそれ? なら初めから誘わなければよかったじゃない」

「違うよ。あの後用事ができたの」

「あの後?」

 先生に呼び出されたとか? 補習を忘れてたとか?

 なんて、無礼なことを考える私の耳に

「真姫ちゃんのことを心配するっていう用事」

 望外の答えが響いた。

(は………?)

 心配? 心配してくれた? わざわざみんなと出かけるのをやめてまで? みんなのことよりも私のことを心配してくれた?

 まずはそう思って心の奥に灯をともす。

 けれど、それの意味するところに気づいて

「何よ……心配って」

 浮き上がった気持ちを必死に沈めた声を出した。

 心配するということ。それは私の様子がおかしいのに気づいたということ。

 その理由までは知るわけないって思うけど、穂乃果はその理由を探りに来たってことでしょ。

 私が、穂乃果を好きだっていうことを。

「最近真姫ちゃんの様子が変だったから」

「何よ変って? 別に普段通りよ。練習だってちゃんとしてるし、この前のテストだって百点取ってるし。何も変わってないわ」

 少なくても今は気持ちを伝える勇気のない私はそうやってなんともないふりをする。

「んと、どこがって言われると困っちゃうんだけど……うーんと」

「何それ。言葉にできないって言うことは、気のせいだってことよ」

「そ、そんなことないよ。真姫ちゃん変だよ」

 ……意味は分かるけど、まるで私がおかしな人間みたいな言い方ね。穂乃果らしいと言えばらしいけど。

「大体、私が変だったからって何? 穂乃果には関係ないことじゃない」

(あ………)

 言ってからしまったって思う。

 気持ちを探られたくなくて思わずこんな言い方をしたけどすぐに後悔した。

 もし、頷かれでもしたら……

「そんなことないよ」

(っ)

「な、何が関係あるって言うのよ」

「だって私真姫ちゃんのこと好きだもん」

 好き。

 これは私が穂乃果に思う好きじゃない。穂乃果にもらいたい好きじゃない。

 それはわかっていても好きな人からの好きという言葉はやはり嬉しくて

「い、いきなり何言ってるのよ」

 なんて、必死に声が上ずりそうなのを抑えた。

「え? 何か変なこと言った? 私真姫ちゃんのこと大好きだよ? 真姫ちゃんのピアノも、音楽も、作る曲も歌も全部大好き」

(あぁ……あぁああ)

 やめ、やめなさいよ。

 ただでさえ穂乃果の二人きりになって動揺してるのにそんな何度も好きだなんて言われたら、私の好きとは違うってわかってても、わかってるのに……

 ……駄目。

 顔が熱い、きっと赤くなってる。穂乃果がみんなよりも私を優先してここに来てくれたっていうのも嬉しかったけど、こんな風に好きだなんていわれたら

「前も言ったけど、真姫ちゃんにはすごい感謝してるの。だから真姫ちゃんが悩んでたりしたら力になってあげたい。真姫ちゃんのために何かしたいの。」

(あぁああああ………)

 ……もう、穂乃果は……穂乃果は……もう!

 穂乃果のまっすぐすぎる気持ちが私にぶつかってくる。それがいかにも穂乃果らしくて、その眩しさが私の閉ざそうとしていた気持ちを、隠そうとしていた気持ちを照らす。

「穂乃果……」

 勢いに任せて何かを言ってしまいそうだった私は

「それに……もうことりちゃんの時みたいなのは嫌だから」

 穂乃果の特別でもない言葉に口をつぐんだ。

「あの時は本当に私後悔したの。私がもっと気を付けていれば、ことりちゃんの気持ちに気づいていたらって」

 ことりの名前が出てくること。穂乃果が私を心配してくれること。

 それがつながっていることはわかってる。わかってるわよ。

 穂乃果が何もおかしなことを言ってるわけじゃないってことくらい。

(わかってるわよ!!)

「だから、今度はちゃんと話しを聞いてあげたいの。ことりちゃんの時みたいなことを繰り返さないために」

(…………)

 あぁ、何言おうとしてるのよ。今私が落ち込んでるのは私の責任じゃない。穂乃果に好って言われて、心配されて勝手に舞い上がってただけじゃない。

「………なにそれ」

 けれど、何かを期待してたからこそここでことりの名前が出るだけでも、嫌で。ううん、違うこんなのは………嫉妬よ。

「真姫ちゃん?」

「今はことりのことなんて関係ないじゃない。私のことを心配してくれて来たんでしょ。ことりのことを後悔してるから、私のことを心配するの?」

 やめなさいよ。何言ってるのよ。

「ことりのことがなかったら私のことなんて心配しないの?」

 違う。穂乃果はそんな意味でいったんじゃない。

「私はその程度なの?」

 こんなこと言ってどうするつもりよ。何にもならないじゃない。それどころか穂乃果を困らせるだけ。

「私はことりより下なの? どうして私のことを心配するのにことりのことを出す必要があるの? 今穂乃果の前にいるのは私でしょ。なら、どうして私ことだけを考えてくれないのよ!?」

 最初はことりへの嫉妬から、気づけばそれを穂乃果への不満にかえて私は一線を越えることを言っていた。

「ま、真姫ちゃん? ど、どうしたの?」

 当然穂乃果は私が怒っている理由も落ち込んでいる理由もわからずに当たり前のことを聞いてくる。

 今の私にはその鈍感さすら気に障って

「どうした? そうよ。どうかしてるのよ、穂乃果のせいでどうかしちゃったのよ」

 感情が溢れてくるのを止められない。

「私の、せい? え? な、なんで? ことりちゃんのことが何か関係あるの? どうして真姫ちゃんそんなこと言うの?」

 だから! ことりの名前を出さないでよ!

「っ。わからないの!? そんなの……そんなの決まってるじゃない。穂乃果が……」

(あ、嘘……私、何言おうと)

「穂乃果が好きだからに決まってるじゃない!!」

 …………言っちゃった。

 言っちゃった!! 嘘。嘘……本当に言っちゃった。穂乃果に告白しちゃったの?

 なんで? そんなつもりなかった。言える勇気なんてなかったはずなのに。穂乃果がことりのことばかりを言うのが嫌で、悔しくて止められなかった。

(……終わった)

 バカじゃないの私。何言ってるの? いくらことりのこと言われて悔しかったからって、なんで好きだなんて言っちゃったの? どうして今まで言えなかったのかわかってるでしょ。

 言っても無駄だからじゃない。こんなのはおかしなことで、望みなんて初めからなくて、告白したら【今】が壊れちゃうからじゃない。穂乃果と今までみたいに話せなくなっちゃうからじゃない。

 それどころか、もうμ’sにだっていられない。穂乃果と一緒のステージに立つことはない。穂乃果に私の作った曲を歌ってもらうことも、踊ってもらうことも。ここでこうして二人で会うことももう………

「……っ」

 嗚咽を上げるより先に涙があふれた。一滴、一滴、μ’sの想い出がそのまま流れていくようで

「ぁ……」

 ついで、声を上げようとしたところに

「そっかぁ……そうだったんだ」

 穂乃果の感嘆したような声が響いた。

 その場に似つかわしくない声に私は自分のことよりも穂乃果に意識を奪われてしまう。

「私ね、自分でも不思議だったの。どうして今日ここに来たんだろうって。真姫ちゃんが心配だったのはそうだけど、それだけじゃないって思ってたんだ」

「な、何? どういう意味、よ」

「今、真姫ちゃんに言われて気づいた。私もね、真姫ちゃんが好きだったんだよ。だから、いつも真姫ちゃんのこと見ると抱き着いちゃってたの。好きだからいつも真姫ちゃんの歌聞いていたいって思ったの。真姫ちゃんと二人きりで話をしたいから今日、ここに来たんだよ」

「は、はぁ!? な、何言ってんのよ」

 う、嘘。こんな都合のいいことあるわけないわ。

「わ、私の好きは穂乃果の好きとは違うのよ!?」

 私の好きは、穂乃果を一人の女の子として好きっていうこと。穂乃果と恋人になりたいっていう好き。

 穂乃果の好きは

「ううん、おんなじだよ。私も真姫ちゃんが好きなの。友達としてじゃなくて、μ’sの仲間でもなくて、真姫ちゃんっていう一人の女の子が好きなの」

「っ―――」

 な、何よ。何よ何よ!

 何こんなことあっさり言ってるのよ。何嬉しそうにしてるのよ。私がどれだけ悩んで苦しんで……諦めたくだってなってたのに。

「な、何言ってるのよ。こんなの普通じゃないのよ。私たちは……」

 ……さっきからそうだけど私ってバカなの? 穂乃果に好きって言われたのに、夢にまで見たことが現実になってるのに、何自分で否定しようとしてるのよ。

「関係ないよ」

「っ!!」

「ううん、関係ないってことはないかもしれない。気にだってしちゃうかもしれない。でも、私は真姫ちゃんと一緒にいたい。真姫ちゃんのことが好きだから。大好きだから!」

 穂乃果のずるい笑顔。見る者に力を与えてくれるような眩しい笑顔。

 それは私が自分で作ってた壁を壊して、その中にある本音に陽を当ててくれる。

(……やっぱり穂乃果には敵わないわね)

 私が悩んで尻込みしちゃうことでも穂乃果は突き進む。それが普通じゃないとか、難しいことだとか関係ない。

(穂乃果はやりたいことだから進むのよね)

 その強さで穂乃果はみんなを、私をここまで連れてきてくれた。

(さすが私)

 見る目があるわ。私の好きになった人はこんなにも強くて、まぶしくて、暖かい。

 本当に太陽みたい。

「穂乃果………ほのか」

 好きな人を見つめながらうまく言葉が出てこないけど、きっとそんなものはいらない。

「大好きだよ。真姫ちゃん」

 こうして穂乃果が抱きしめてくれるのなら。

「ほのかぁ……」

 あぁ、涙があふれる。止まらない。

 穂乃果の好きが嬉しくて。

 穂乃果のぬくもりが嬉しくて。

 穂乃果の全部が嬉しくて。

(よかった。……穂乃果でよかった)

 穂乃果を好きになってよかった。

 そう心から思いながら私は穂乃果の胸の中で涙を流した。

 

 

 私が泣き止んだのはしばらくたってから。

 夕陽が差し込んできてるから結構な時間がたったのだと思う。

 私たちは寄り添いあいながらお互いの熱を感じていた。

「えへへ」

 そんな中穂乃果がしまりのない笑みを見せる。

「何よ。そんな顔して」

「真姫ちゃんって意外と泣き虫さんだったんだなって思って。泣いてる真姫ちゃんも可愛かったけど」

「っ。へ、変なこと言わないでよ」

「えー? 何にも変じゃないよ。だって、真姫ちゃんが可愛かったのはほんとだし。ますます好きになっちゃった」

「っ………」

 さっきに比べればましになったけど、穂乃果からの好きはやっぱり嬉しくて、けど恥ずかしくもあって。さっきまで泣いてた私にはいつもの生意気な口を利くこともできずに頬を染めるだけ。

「ねぇ、真姫ちゃん?」

「な、何よ」

「真姫ちゃんの歌が聞きたい。あの曲弾いて欲しいな」

 あの曲。

 それだけでも穂乃果が何を望んでるのかわかる。

「仕方ないわね」

 私はすぐに手を伸ばして鍵盤に指を乗せた。

「って、よりかかったままじゃ弾きづらいじゃない。離れなさいよ」

「やだ」

「やだって……」

「このままがいいの。このまま弾いて」

 普通なら弾けないから離れろって言うところ。けれど、今はこれが当然に思えて私はそのまま指を躍らせていく。

(最高の演奏ができそう)

 穂乃果の温もりを感じながら私はそんな確信を得て穂乃果への想いを歌へ込める。

 

 愛してるばんざい、と。

 

 

3-1/おまけ

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